第27話 牛乳が進化した
「多分だが、俺の友達がまた来る事があると思う。その時はテキトーに対応してやってくれ」
「それは良いけど……あまり大物を連れて来られてもテキトーには対応出来ないよ?」
「大物なんかじゃねぇよ、アイツらなんか。天峯とそう変わらん」
いや、大物ですやん。それ。
俺達は源さん、右京さんを入口で見送る。
「それじゃあね、メマちゃん」
「……ん」
「またのお越しをお待ちしておりますね」
右京さんはメマに小さく手を振るが、メマは俺の足の後ろから小さく返事をするだけ。さっきまであんなに大きい声で一緒に騒いでいたのに。
「メマ、ちゃんと挨拶しろよ?」
「……ありがとうございました」
小さくだがメマが返事返すと、右京さんは少し眉を八の字に変え笑った。
「ま、一歩前進かしらね」
「すみません。後でちゃんと言い聞かせておくので……」
「何で謝るの? 私に非があったのだから仕方ないわ。それに、子供に人の好き嫌いを強制するのは酷だわ。大人になったら嫌でも経験していくのだから、今ぐらいは自由に生きさせてあげて」
そう言うと右京さんは、源さんと共に帰って行った。その後ろ姿は何だがさっきよりも小さく見えた。
因みに、泊る所はこれから探すのもなんだと、源さんの家にお泊りさせて貰うらしい。
これから毎日来る……また固定客GETだぜ!
まぁ、固定客よりも沢山の人に訪れて欲しいが。
____________
「ふぅー……まさかの一日だったな」
「はい。まさか源さんの友達が『桜花』の女将だとは……」
閉店作業を行い、ゆったりとした時間が流れる中、俺と比奈は窓際で空に浮かぶ満月を眺めながら向かい合って座り、ひと休みしていた。
「『桜花』の女将にあそこまで話せる比奈も相当だとは思うけどな」
「いや、私なんてまだまだですよ」
「そんな事ないって、もっと自信持てよ」
「……そ、そうかな? えへへ……」
比奈は少し恥ずかしそうに両の手を足の間に入れ笑う。
比奈は昔からそうだ。純日本人と言うべきなのか、謙虚。謙虚なのは悪い事ではないのだが、良い事であるかと聞かれればそうでもない。
「比奈、お前は出来る奴だ。自信を持った方が良いぞ。お前ならなんにでもなれる!」
言い放ち、親指を上げると比奈は此方をじっと見る。
「でも中々目指しててもなれないものもあるんだよね。なんだと思う?」
「ん? 比奈がそう思うのがあるのか?」
比奈が目指しててもなれないってなると、相当な難易度って訳だ。
「何だ? 医者とか? 弁護士? まさか総理大臣とか……」
「ふふっ、哲平さんには多分一生分からないものだよ」
「わ~っ!?」
そんな話をしていると、さっきまでそこで寝ていた筈のメマの叫び声が、外から聞こえて来る。
「何かあったのかも。もしかしたら扉から魔物が……早く行きましょう」
「お、おう!」
俺は焦って立ち上がる比奈に続き、店を出て声の聞こえた方。牛の飼育小屋に向かった。
飼育小屋の方まで行くと、最初に出迎えたのはエースさんだった。
ぷるっ
ふむ。どうやら、メマの叫び声にいち早く反応して来たらしい。
エースさんには何か異変があった時、いつであっても外に出て来て欲しいと頼んではいる。あの『異世界の扉』がある以上、何が起こってもおかしくはないから。
「それで何があったか分かるか?」
ぷるる
「エースさんも今来た所だったのか。じゃあ一緒に行くぞっ」
ぷるっ
俺達が気持ちを引き締めて入ると、そこに居たのは牛の乳房辺りでへたり込んでいるメマの後ろ姿。
どうやら魔物に会ったとか、そういうものではないらしい。取り敢えずは安心、だな。
「メマー、どうしたんだー?」
俺はメマに歩いて近づきながら問い掛ける。すると、メマは凄い勢いで振り向く。
「ぎゅ、ぎゅーが美味しい牛乳を出したの!!」
「ぎゅー?」
「話の流れ的に、牛の名前ですかね?」
いつの間に名前を…。
「えーっとだな、ぎゅーは今日の朝に美味しい牛乳を出してるからあまり無理させたらダメなんだぞ?」
「でもぎゅーがどうしても出したいって!!」
メマは俺に訴えて来る。
どうしても出したいって……何を思って分かったんだよ。メマにはその、ぎゅー?の言葉でも分かるのか?
メマの目の前には、乳を搾る時に使うバケツが置いてある。
俺がバケツを覗き込むと、そこにあったのはいつもと変わらない白くキラキラした牛乳。
しかしーー
「なんか……良い香りがしますね?」
「なんか、さっぱりしてるっていうかな……」
俺達は牛乳を手で掬い、口に運んだ。
「!!! フルーツ牛乳か!!!」
「絶妙なサッパリさ……おいしいぃ~……」
ま、マジでか!? 牛からフルーツ牛乳が出て来るとか、体どうなってんの!? ど、ドッキリとか!?
と思い、比奈の方を見るが、比奈は余りに美味しいのか惚けてふわふわとした雰囲気を放っている。メマがそんな事しない……つまりは牛、もといぎゅうーさんから出た事になる!
「これ勇樹さんにやったら……勇樹さん泣いて喜ぶだろうな」
俺は飼育小屋から見える満月を見ながら、そう思うのだった。
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