第19話 特別に『岩塩』をパラパラと

 開店して2時間程が経ち、やっと初めてのお客さんが来店した。



「なんだい、なんだい。随分しみったれてんじゃないか」



 この前とは違う、少しオシャレをした様な格好でトメさんがKIROの扉を開けて現れる。


 私服で会う事なんてなかったから、何か新鮮だ。



「いらっしゃい、トメさん」

「いらっしゃいませ」

「トメおばーちゃん! いらっしゃい!」



 俺達が笑顔で声を掛けると、トメさんは目を見開いた。



「あら、比奈も居るのかい?」

「最近仕事を辞めたから、此処の店長さんに雇って貰ったの」

「はーん……なるほどねぇ? 上手くやってるみたいで何よりだよ」



 少し微笑を浮かべながら、トメさんは俺の目の前のカウンターへと座った。

 先程の笑みが何処か意味深だったが……まぁ良い。そんな事よりも接客をしなければ。


 俺は座ったトメさんに対し、紙を差し出す。



「これメニュー表、良かったら頼んでよ」

「どれどれ……」



 トメさんは目を細めながら、紙を受け取る。



「何だいこりゃあ?」

「ごめん、だけどこれが今の精一杯」



 メニュー表に書かれている項目はハッキリ言って、そんなに無い。

 食べ物に関しては俺の得意……とまでは行かないが、自信のあるものを選出している。飲み物はまぁ、テキトーに決めてーー……



「そうじゃない、何だいこのオススメに書かれてるのは?」

「あー、何だそっちの事か」



 トメさんはオススメの欄を指差し、此方を睨む様にして眉を顰めている。何でそんなに怒っているのだろう?



「哲平さんにメニュー作りは任せてましたけど……」



 そのやりとりを見ていた比奈が、トメさんの後ろからメニュー表を覗き込む。


 因みにメニュー表の内容はこんな感じだった筈。





 ☆オススメ☆

 ・美少女が丹精込めて作った枝豆

 ・美女が搾った美味しい牛乳


 食べ物

 ・オムライス

 ・チャーハン

 ・ゆで卵

 ・フレンチトースト

 ・ホットケーキ


 飲み物

 ・コーヒー(無糖or微糖)

 ・コーヒーフロート

 ・コーラ

 ・コーラフロート





「いやー、どうせ書くなら頼んでくれそうな事を書いとこうかなって思ってな?」



 美少女、美女が作ったとなれば俺だったら頼みたいもん。



「比奈……」

「……はい。後で私が作り直しておきます」

「何故っ!?」



 何故だ!? 男だったらこんなメニュー見たら頼みたくなってしまうだろ!?



「その理由は自分がよく分かってるでしょ? それに牛乳のとこ何か少し……」

「何か言ったか?」

「死んで下さい」



 うむ、何故怒っているのか分からない。このお陰で売り上げが伸びるかもしれないと言うのに。



 ……あ、ちな、ラノベハーレム系主人公って良いよね?



 俺は比奈の言動に心の中で少し親指を立てながら、顎に手を当てて首を捻る。

 そうすると、呆れたのか比奈は空いている席に座ると、メニュー表を作り直し始める。



「これ! これ!!」

「んー…メマちゃんは枝豆を頼んで欲しいのかい?」



 そんな中でメマはトメさんの隣でメニュー表を指差していた。


 トメさんには牛も譲って貰ったし、最初からメマも懐いていた。自分が頑張って育てた枝豆を食べて欲しいんだろう。



「うん! 食べてみて!!」

「じゃあ、枝豆にしてみようかね。哲平」

「少々お待ちをー」



 そう言うと俺はカセットコンロの上に鍋を置き、枝豆を茹で始める。



「畑の隣……見させて貰ったよ」



 茹で始めると同時に、トメさんは神妙な顔つきでカウンターに肘を立てて口元を隠して言った。

 畑の隣は牛の小屋がある所だ。店に入る前に、声がしたとかで見に行ったのかもしれない。



「あー、元気だったでしょ?」



 今日も今日とて、普通の牛とは違うあの巨体。いやー、元気に大きな声で鳴いていたよ。



「元気というか……いや、もう、何か色々可笑しいと思わないとダメだよ。アンタはもう少し」



 トメさんはメニュー表を作り直している誰かさんと同じ様に、呆れた表情で首を横に振った。


 これでも28歳まで何だかんだ生きて来たんですけど。子供の時は大人って凄いなぁって思ってたけど、大人になれば意外にまだまだ子供だなぁって思ってますけど何か?


 トメさんの言葉に俺は無言で片方の口角を上げ、それにトメさんが睨みつけて来る。

 KIROの中では異様な空気が流れていた。



「でも! いつもおいしい牛乳を出してくれるよ!?」



 しかし、そんな空気の中、メマはカウンターから乗り出し心配しているかの様な顔で叫ぶ。



「ははっ、そうかい。それは何よりだよ」



 ポカンっと鳩が豆鉄砲を食ったような顔になったトメさんは、数秒後に優しく微笑んだ。


 メマの一言にさっきまでの空気は霧散し、俺は枝豆が茹で上がったのを確認すると提供する準備を始めるのだった。








「お待たせしました〜。塩は自分で調整してね」



 此処は田舎、老人が多い。だから塩分の摂り過ぎとか気にしてる人がいるかなぁっと思っての気遣いに、俺は少し深い皿に枝豆、小皿に塩を入れ、トメさんの前に差し出した。



「へー、これは美味しそうだねぇ」

「食べてみて!!」



 隣に座るメマに笑顔を見せながら、トメさんは一つまみ塩を振り掛け、枝豆を口に含んだ。



「これは……!!」



 トメさんは目を見開き、口を押さえた。



 その反応、どうやら予想以上に美味しかったらしい。いやはや、作った身からしたら嬉しい事この上ないな。



 俺が鼻の穴を広げながらニヤニヤとトメさんを見ていると、トメさんは俺に気付き、大きく咳き込んだ後に姿勢を正した。



「ま、まぁまぁじゃないか。哲平が料理したとは思えない出来だよ」

「えー……」

「あ、いや、枝豆自体は美味しかったよ? だけど多分哲平の料理の仕方が悪かったね」



 おい。それはあるかもだけど。

 そう思っていると、メマが唸りを上げている中、何かを閃いたかの様に立ち上がった。



「そうだ!! おとーちゃん!! アレ掛けて! アレ!!」

「アレ?」

「白いの!!」



 白いの? あー、『岩塩』の事か。確かに、アレを振ったら最後、俺達は自我を抑えられなくなった。



「メマのオススメだけど……どうする? 掛けてみる?」

「いいさね」



 俺はタッパーに入れてあった『岩塩』を枝豆に振り掛ける。

 そしてトメさんはそれを口に運ぶ。



 その瞬間からーー…



「な、なんだいこれは!!?? 美味すぎる…!!! それに何だか体調が……膝の痛みが消えたよ!?」

「やったーーっ!!」



 トメさんの枝豆を取る手が止まらなくなってしまった。



「ただの『岩塩』だよ。体調良くなったと感じる程に美味しかった?」



 痛みがなくなるなんて、そんな訳がないのだが……そこまで美味しく感じてくれたのは嬉しいかもしれない。



「……ただの岩塩? 本当かい?」

「うん」



 俺が頷くと、トメさんは少し考え込んだ後に肩をすくめた。


 

「いや……まぁ、岩塩で膝の痛みが消える訳ないしね。普通に考えれば私の勘違いかもね」



 でしょ? やっぱり『岩塩』って普通の塩よりも美味いんだな。



「やっぱり……アレはどういう……」



 俺が1人で頷いていると、窓際に居た比奈が何かを呟いていたが……流石の難聴系主人公ではない俺でさえ声が小さ過ぎて何も聞こえなかった。

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