第38話 「ドーナツの穴は塞がらない」
「そんなことないのです」
「そんなことあるよ」
現に今、こんなざまだ。
きっと、これはバツなんだ。夢は叶わないものと答えた僕への。
「今の透くんはドーナツなのです」
舞ちゃんがぽつりと言った。
あまりに唐突に突飛なことを言うものだから驚いた。
深瀬先輩じゃなく、「冷」の具現化みたいな女の子が口にしたのだから。しかも真剣そのものの表情で。
「……僕は食べられないよ」
「そういう意味じゃなくて、形的なものです」
僕の前にイチゴドーナツを掲げる。
真ん中には、ぽっかりと穴が開いていた。
「自分でも気が付いてないだけで、そういうものだと決めつけて、真ん中に空いた穴を知らんふりしてるのです」
「ドーナツってそんなものでしょ」
「しかし、こういうものだってあります」
そう言って、皿に残っていたエンゼルクリームを見せつける。
「今の透くんは自分が思ってるよりもずっと視野が狭まっているのです。穴が空いていないドーナツだってあるのです。全てにおいて『そういうものだ』って固定観念が捨てられてないように見えます。深瀬さんと、もう会えないって言ったのだって……」
「そんなことないと思うけど」
「そんなことあるのです!」
舞ちゃんは、僕の言葉を即座に否定した。
「そうじゃなきゃ、そんな諦めきった顔をしないのです。そうじゃなきゃ、あんなお姉さんに噛みつくような言い方しないのです。優しい透くんが、声を荒げたりしないのです」
「見てたんだ」
「わたしは何でもお見通しなのですよ」
手に持っていたイチゴドーナツの穴から瞳を覗かせる。こんな子供っぽいことをするんだって意外に思った。湊がいるとツッコミに回るからか、こういう年下だって実感する機会がなかったからなのだろう。
あぁ、これも『そういうものだ』って考えが捨てられてなかったんだ。
思っている以上に僕は周りが見えてなかったのかもしれない。
こうするしかないって凝り固まった思考が邪魔してたんだ。
「本当にお見通しだよ。僕よりも僕のこと詳しいんじゃない」
思わず笑いが零れる。
おかしいんじゃなくて、その通りだ観念したーって感じの清々しいもの。
「ありがとうね」
「透くんのお役に立てたのなら何よりなのです」
舞ちゃんは誇らしげな顔をしてドーナツに齧り付く。お役御免になった糖分たちは、僕らのお腹の中に消えていった。凝り固まった考えと一緒に。
僕らはドーナツを食べ終えたあと、舞ちゃんは再びトングとトレーを手に取って列に並んだ。
「足りなかった?」
「いえ、二個も食べれば十分なのです」
そんなに物足りなそうな顔してました? と言われてハッとした。
無意識のうちに、女の子の食欲の基準が深瀬先輩が基準になっていたみたいだった。もう会えないとか言っておきながら、忘れられていなかった。
諦めきれていなかったって気が付いた。
「お兄ちゃんにも買って行きます。お土産です」
そう言って、舞ちゃんは二つ選んで買っていた。
ドーナツが入った袋を手に持ちながら、湊たちの家に向かった。
家に入る前、舞ちゃんに言われた。
「透くん、何かあったら言うのですよ。一人で抱え込んじゃダメですよ」
「うん、分かった」
「わたしもお兄ちゃんも、透くんの味方なのですから」
そう言い残して、舞ちゃんは玄関に入っていった。
家路に着く僕の足取りは少しだけ軽くなっていた。
その日の夜、僕はあることを考えた、深瀬藍は誰がベースになってるのかって。
夢ってことばかりに気を取られていた。
きっと、これが僕の見落としていたもの。
これが一番大切なものだったんだ。
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