第17話 「夢でも君が好きだから」
無料送迎バスが停まる駅前ロータリーで深瀬先輩を待つ。
現在時刻は午前十時三十分。集合時刻は十一時ちょうど。
うん、早く着きすぎた。
心に余裕が出来ているつもりでも、僕の身体は正直だった。
……どうしよう、そわそわが止まらない。
待て待て、自分で自分を緊張させるような思考に陥るな。
僕が一人脳内でてんやわんやの大騒ぎをしていると、後ろから「お?」と聞き覚えしかない声がした。
「あれ、早いね」
「二十五分着の電車で来たんで」
「じゃあ、私と一緒か」
振り返ると、階段から深瀬先輩が降りてきていた。時刻は十時三十五分。
僕と出来た五分の差は一体何をしていたのか気になるが、先輩の服装を見てどうでも良くなった。
大きめのパーカーにショートパンツ。大胆な足見せに、僕の頭は早々にキャパオーバー。
「可愛いですね」
視覚情報が脳まで届く前に脊髄から言葉が飛び出る。
「えへへ、おだてたってなにも出てこないよ?」
「先輩が出てきます」
「じゃじゃーん、深瀬登場~!」
と胸を張ったはいいものの恥ずかしかったのか、えへへと頭を掻いた。
なんだ、この可愛い生き物は。
本当に僕、この人と出かけるなんて許されるのか? 自分から誘っておいてなんだけど、バチ当たらない? 今日死ぬんじゃない?
出会って一分、心拍数は既にピークを迎えている。ヤバいって。このままじゃ今日一日もたないって。
心を落ち着けるために周りの風景を見渡した。
駅前にはイオンと電話ボックス、少し離れたところに地図が貼られた看板、営業しているのか分からない店……うん、とてものどかで良い場所だ。話のきっかけにするには少々物足りなさを感じてしまうが。
何話そうかななんて考えていると、海洋生物のイラストが描かれた青いバスがロータリーに入って来た。
「あ、バス来ましたね」
ナイスタイミング、助かった。
停留所に停まってドアが開くと、先輩は逃げるようにバスに乗り込んだ。
「ねぇ、浅葱くん」
窓際の席に腰掛けるや否や、先輩は口を開いた。さっきまでのとろけた表情が一変し、真面目な視線を僕に向ける。
不安と戸惑いと迷いの混ざった複雑な顔をしている。
「なんで、何も聞かないの?」
恐る恐るといった様子で、先輩は言った。
「何もって、何ですか?」
言いたいことは分かってた。
でも、僕からそれを口にしたところで良い方向に転ばない気がした。
「とぼけなくていいよ。私について疑問ばっかでしょ」
「聞いてほしいんですか?」
「だって、あんなことがあったんだから気になることばっかりにならないの? 不思議じゃないの?」
「そりゃあ目の前から消えた時は驚きましたけど」
「気味悪いとか、得体が知れないとか、思わないの?」
「いや、特には」
いなくなった理由とか、あんなに動揺していた理由とかに気がいっていた。それもランさんに教えてもらって、残っているモヤモヤなんてほとんどない。
強いて言うのなら、呑気かと思われるだろうけど、一緒に帰れないのかって落胆くらい。
「それとも、ランさんから全部聞いた?」
「全部がどのくらいかは知りませんけど、先輩が夢だってことくらいは」
「そう。で、どう思った?」
先輩は目を伏せて言った。
目を合わせたくない、現実を見たくないって遠回しなメッセージみたいだった。
わざと突っぱねるように、吐き捨てるように言う。
「どうって……」
「何かしら思うことはあるでしょ?」
「さっきも言った通り、驚きました。でも……」
「でも?」
深瀬先輩は視線を少しだけ上げた。そのお陰で、僕らの視線は交差する。
僕は微笑みながら口を開いた。
「先輩には変わりありませんから」
恋した女の子には変わりないから。
「……そっか」
深瀬先輩は窓のほうに顔を向けた、照れ隠しするみたいに。本人が気付いてるか分からないけど、黒い髪の隙間から覗かせる耳が真っ赤になっていた。
僕らの後に家族連れが二組と学生らし女の子が四人、カップルが一組乗ってきた。バスが動き出すと、車内は楽しそうな小声で満たされていた。何を話しているのかは聞き取れないが、皆がわくわくしてるってことは伝わってくる。
僕と先輩は一言も話さなかった。先輩はずっと窓の外を見ていて、僕はそんな先輩を見ていた。黙っているのに、それが幸せだって感じたんだ。
揺られること十分ちょっと。今回の目的地にたどり着く。
シャチのオブジェが待ち構えている、水族館に。
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