第15話 「弄ばないで、おねーさん」
「藍の夢を叶えるんだよ」
ランさんは先輩のことを「夢を叶えたいって願いそのもの」だと言った。確かに、それも一つの手ではあるのだろう。でも……
「夢を叶えるって感情の落差が出来そうじゃないですか?」
夢は叶ったら嬉しいし、叶わなかったら悲しい。そういう連動したものだと思っていたのだが、夢と感情は切り離せるものなのだろうか。
「そこらへんは大丈夫だよ。夢は案外鈍いからねー」
「でも、現に先輩は覚めてるじゃないですか」
「今回はレアケースだよ」
「そうだと信じたいですけど」
ランさんのあの落ち着きようを見ると、何回もあったのではと勘ぐってしまう。明らかに一回や二回の反応ではなかったように思える。
もしくは研究をするとき、別の人で似たようなものを体験していたのだろうか。
「落差に弱いだけで感情が変わること自体は問題ないからね。パッと変わるのには弱いけど、グラデーションみたいにゆっくり変われば大丈夫だよ」
そこまで言うと、ランさんは組んでいた足を元に戻した。
姿勢を正して、僕の目を真っ直ぐに見据える。
「浅葱くん。君は、どーしたいんだ?」
真面目なトーンで、そう尋ねる。
答えを聞くまで動かないと意思表示をしているみたいだった。僕が校門の前でそうしたように。
「決まってるでしょう」
聞かれる前に、答えは決まっていた。
「先輩の夢を叶える手伝いをします」
「いーけどさ。それ、君にメリットあるの?」
「ありますよ」
「そんな即答するって……」
ランさんは一瞬だけ困惑した表情を浮かべたが、すぐにニタァッとした笑顔に変わる。
「ははーん、さては藍に惚れたな」
「それもあります」
「それも?」
「なんで先輩は僕に声をかけたんでしょうか」
「そりゃー藍も仲良くなりたいとかじゃないの?」
「だとしたら、きっかけがないんです」
以前、人と仲良くなる手順みたいなのを舞ちゃんと話した。
舞ちゃんは「その人とどうなりたいか」と考えながら交流すると言っていた。ようは目的が決まってるのだ。
対して僕は目的を決めずに仲良くなりたいと言った。でも「好きだから」って理由はあるんだ。
深瀬先輩は、どちらも不明だった。
理由も目的も、きっかけもない。
「それに言ってました。『ずっと前から浅葱くんのことを知ってるよ』って」
「へー」
ちょっと意外とも言いたげな相槌を打つ。
「ランさんは聞いてなかったんですか?」
「一応、夢を見る理由は聞いたけどさー『浅葱くんに会うの』しか教えてくれなかった」
「なるほど」
もしかしたらランさんから何か聞くことが出来るかもしれないと思ったけれど、一筋縄ではいかないようだ。
「そんなに藍のこと好きなんだ」
「好きですよ。でも、もう一つ理由はあります」
「好き以上の理由なんてある?」
ランさんは首を傾げた。
「寂しいじゃないですか、相手にされないのって」
そう思うのは、多分親との交流が少ないから。
父さんは何年も帰ってきてないし、母さんは仕事ばかりで家にいない。そんな幼少期を過ごしていたから。
中学高校と成長するにつれて不便さとか寂しさがなくなっていったし、友人が親子喧嘩したって聞くと大変だなとすら思える。
でも小学生からしたら、家に帰って学校のことを報告する相手がいないって結構寂しいんだ。疲れてるからってあしらわれるのは、結構ダメージが来るんだ。
無視されるって心が苦しくなるんだ。
中学に上がってからは友人に恵まれて、そう思うことはなくなっていったけど。
それでも自分と向き合ってくれないつらさを忘れたわけじゃあない。
「浅葱くんは優しーんだね、あたしのことは振り払ったくせに」
「変態は別です」
「振られちゃったよ」
はーあ、とランさんはわざとらしく肩を落とす。
「それに約束したんです」
「どんな?」
「先輩の青春を僕色に染めるって」
「うわー、くさいこと言うね」
「青臭くて結構ですよ」
「いやいや、良いじゃないかー若くて」
そう言うとランさんはトレンチコートのポケットから何かを取り出した。スノードームといい、何でも入ってるな。
「そんな浅葱くんに、おねーさんからプレゼント」
握った小さい何かを無造作に放り投げる。
僕は慌ててキャッチした。
「なんですか、コレ?」
「SDカード見たことないのー?」
僕の手には黒くて薄いSDカードが収まっていた。
「中身のことを聞いたんです」
「ジェーケーの秘蔵映像」
「警察呼びます?」
「ノーセンキュー」
「で、本当は何なんです?」
「藍が撮ってたビデオデータ」
確かに先輩は、デジカメでずっと何かを撮っていた。
卒業式の時も、一緒にお昼を食べた時も。
その時の映像がこの中に入っているのか。
「僕が貰っていいんですか」
プライバシーの侵害とかにならないのだろうかと心配になる。
「だって藍に夢を見せたいんでしょー? それなら必要だよ」
「ありがとうございます」
「いーってことよ」
先輩との思い出の結晶を失くさないようにしまおうとした時だった。
突然前から右手が伸びてきて、僕の手からSDカードをひったくった。
「ランさん?」
「やっぱやーめた」
「は?」
「浅葱くんが、いやらしい目をしたから」
ランさんはSDカードを持った右手をポケットに突っ込む。
「してませんよ」
「一度も?」
その質問はずるい。
だって好きってことは少なからず、そういうことを望んでる部分だってあるんだ。
そういう気持ちが漏れ出ていたのだろう。生暖かい視線が、真正面から注がれる。
「いやー、いいね。若者は正直だ」
ランさんの言葉を聞いて、顔が熱くなる。別にランさんって個人に知られる分には構わない。でも先輩の親族って見方をしたら話が変わってくる。
「帰ります!」
なんだか急に居心地が悪くなる。というか、恥ずかしさに襲われる。
謎も解けたし、やるべきことも分かったし、さっさと退散しよう。
リュックを背負いドアノブに手をかけたところで、ふとあることが気になった。
「ランさんって、なんで夢の研究とか、この店をやってるんですか?」
なんで、このタイミングで聞いたのか自分でも分からない。本当は早くここから出たかったのだから。
ランさんも、きょとんとした顔をしている。
まるで僕がそういうことを聞くこと自体が意外だとでも言いたげだった。
でも、すぐに答えてくれた。
「好きだからかな、夢が」
「へー」
「へーって軽いなー」
「好きとか嫌いに区分されるものなんだなって」
さすがは研究者。僕みたいな一般人とは違った見方をするのだろう。
「夢とは本当に素晴らしいんだぞ少年、なんせ見るだけならタダだからな」
前言撤回。さすがはランさん、ブレない。
「現実は生きるだけで金がかかるしなー」
「夢の欠片もない回答ですね」
「上手いこと言ったと思ってるでしょー?」
「別に思ってませんよ」
「まー頑張れよ、少年」
リュック越しにポンと押される。
多分、ランさんからしたら何気ない行動。でも、僕にとっては文字通り、後押ししてくれたように思えた。
もっと純粋に言うのなら、嬉しかった。
「もし先輩に会ったら伝えておいてくれませんか。『放課後、校門で待ってる』って」
「おうよ、任せとけー」
「やっぱやーめた、は許しませんからね」
僕の言葉に、ランさんは親指を立てる。
それじゃ、と僕は部屋を後にする。
扉が閉まる直前、「いってらっしゃい」と聞こえたような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます