サイシュウヘイキ殺人鬼リサ

紫陽_凛

第一章「平衡殺し」

第一話 兵器最終(つわのき・りさ)

 人生が灰色だって思ったことはないけど、これまでの人生は灰色だったんだって思わされたことはある。忘れもしない四月十日。クラス替えで誰もが新しい共同体の中に放り出され、距離をつかみきれずに愛想笑いを振りまいている。冷めた風呂みたいにぬるい教室の中に、去年から引き続き、とばかりクラス担任の教師の女が入ってきて、非常にありふれた自己紹介をした。

 それから彼女が教室に足を踏み入れた。僕には、風向きが変わったみたいに思われた。いうなれば天変地異みたいなもので、「今までの人生が灰色だったってこと」を実感した瞬間だった。単純な話、彼女は僕の理想のてっぺんから飛び出てきたみたいな女の子だったから。天使みたいに綺麗な指先がチョークを握ったと思うと「兵器最終」という四文字が黒板に刻まれる。名を書き終えて振り返る髪の流れに僕は目を奪われる。つわのき・リサです。彼女がそう告げた。

 リサ。僕はその日から兵器最終かのじょの虜だ。



知介しろうすけ

 窓の外から三回ノックが聞こえたら「リサちゃん、開いてるよ」と返すのがいつものパターンだ。兵器最終つわのきリサは僕の隣の家に越してきた美少女で、部屋も隣同士で、やろうと思えば屋根伝いに部屋を行き来できたりなんかする。役得極まりないが、これが事実であることと、現実であることはここに記しておく。僕の一目ぼれの日から六か月が経過し、今は秋のはじめ――金木犀香る十月だ。

「――ねえ、あんたの周りで『交通事故が多い』って話、聞かない?」

 そして僕の部屋に降り立つなり、リサはたいてい、突飛な質問をする。工場地帯に変な影がないか?とか。最近T先生の調子がよくなさそうにみえない?とか。僕が知るはずもないことについて、僕に尋ねてくるリサはとてもかわいい。非常にかわいい。

「いや、それはテレビの方が詳しくない?さすがに」

「こんな田舎の交通事故なんか、死亡事故でもない限りニュースにはならないよ」

 女神リサはため息をついた。「あんたは知り合いが多そうだから、期待してたんだけどなぁ」

「え、リサちゃん僕に期待してたの?」

「いつもしてるよ、いつも」

 マイスイートリサはまた大きくため息をついて、仕方なしに、とばかりに先週号のジャンプをあさる。僕は、リサの目的の大半が「それ」であることに気づいている。

「ナルト? それともワンピ?」

「うるさい、ネタバレ禁止、口出し禁止、覗くのも禁止」

 そうしてリサはジャンプを顔の高さに上げて読み始める。表情はうかがい知れないけれど、かわいい。とてもかわいい。リサは世界中のどんな言葉でも言い表せないくらい僕を魅了して離してくれない。

「リサちゃんが僕の彼女だったらいいのに」

 返事はない。ジャンプに熱中しているのかもしれない。ガン無視の可能性もある。それでも僕はめげない。いつか僕はリサと手をつないで下校するんだ。絶対だ。


 そんな他愛ない会話を交わした翌日、僕は交通事故に遭った。幸い大きなけがにはならなかったが、自転車ごと車にぶつかり横転し、頬に擦り傷、肩に打撲、ちょっとした打ち身の症状が残った。車を運転していた若いお姉さんは僕を睨みつけて、警察官に向かってこう言った。「この中坊が、道路にはみ出てきたんです」負けずに僕も言い返した。「まっすぐ走っていたつもりでした」

 話は平行線、警察が事故現場の痕跡を調べた結果、どういうわけか僕の自転車のブレーキ痕の位置から、という結論に達した。不可解な事故に警察もお姉さんも僕もすっきりしない。お姉さんに至っては、自分が悪くもないのに罰金を払う羽目になっている。

切符を切りながら、「名前は」と若い警察官が聞く。お姉さんはこう答えた。「ジェーン・ドゥ

「ドュビ?……免許証は」「ありません」「無免許運転じゃないか。人のこと言えないよ。身分証明書は?」「ありません」

 僕はぶったまげた。こんなめちゃくちゃな事故もあるんだなあ。感嘆とともに僕は救急車で運ばれていく。それ以上の情報は、聞けなかった。




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