第15話 光の矢

「どうした、何が起きた!?」

 暗転した艦橋で手探りをしながらハル艦長はオペレーターの誰かから答えが返ってくることを期待して尋ねたが、返ってきたのは制御システムの無表情な非常音声だった。

「艦橋の制御系統の停止を確認。航法系全システムを自動制御に移行、バックアップ自動制御系の接続を確立。第二指揮所への人員充当を推奨します」

 ハル艦長は徐々にはっきりしてきた視界に通常照明がついた艦橋の状態を捉えた。オペレーターたちの意識はまだ回復しておらず、外部との通信もできなくなっている。艦内放送システムが使えることを確認すると、ハル艦長は艦長席前の床に放り出されたマイクを拾い上げて艦内への放送を開始した。

「こちら艦橋、艦長のハル。大半の艦橋当直員が行動不能となった。当直の救護班は速やかに艦橋に上がり、救護活動を開始せよ。非番の艦橋直員は非常交代準備に当たれ。艦内各区画の担当士官は可及的速やかに状況を確認し、艦長まで報告せよ。報告、はじめ!」

「右舷武装区画、FCSに異常発生!復旧活動が進行中です!」

「右舷貨物区画、異常ありません!」

「前部主砲区画、FCSに異常発生!復旧中ですがまだ時間がかかります!」

「後部主砲区画、FCS復旧完了。損害ありません!」

「居住区画、異常ありません!」

「電算区画、異常ありません!」

「機関制御区画、異常ありません!」

「左舷武装区画、FCSに異常が発生しています。復旧完了まであと数分を要します」

「こちら艦橋、状況を把握した」

 ハル艦長が言ったところで艦橋後部の扉が開き、救護班の面々が入ってきた。

「これはいったい、どういうわけですか」

「マハラーティの光線が強烈すぎたんだ」

「そんなことが……」

 救護班を率いてやってきた軍医は困惑しながらも救護班の面々を指揮し、失神したオペレーターたちを次々と艦橋から運び出していく。意識が戻った士官たちも、念のために医務室への移動を指示された。

「航空主任、聞こえますか?」

「前が見えん、畜生、何が起きた!?」

「それは後程説明しますのでとりあえず今はここから退避を。肩を貸します、立ってください」

「ああ」

 航空主任を最後に、ハル艦長以外の艦橋士官たちは全員艦橋から出て行った。非常交代のために駆け付けた非番の艦橋直員たちがそれぞれの担当席につく。慌てて階段を駆け上がってきたヴォロス副長が駆けこんできたとき、ハル艦長はよろめきながら立ち上がったところだった。

「ヴォロス副長、状況は」

「艦長、あなた以外の搬送は終わりました。ここは私に任せて治療を受けてください」

「交代の引継ぎがまだだ、それだけはやっておかなければ」

「承知しました」

「実験計画を読めば分かること以外……今回指揮系統が麻痺した原因を伝えておく。第一試射をしたところで射撃時の閃光を受けて艦橋直員が全員意識を持っていかれた。射撃前にすべての窓の透光性を最低にし、センサーの感度を最低に抑えておくべきだった。第二試射以降の射撃ではくれぐれも閃光に注意するように」

「わかりました。引き継ぎありがとうございます」

 ヴォロス副長の声を聞いたハル艦長は、コクリと頷いてゆっくりと艦橋を出て行った。救護班の兵士たちがエレベーターに乗ろうとする艦長の身体を支えながら歩いていき、エレベーターの扉が閉まる。それを見届けたヴォロス副長は、SPSプラマルからの通信に対して状況を説明するメッセージを打ち込みながら艦橋の士官たちに命じた。

「総員、艦橋機能を回復せよ!」

 その言葉とともに艦橋のシステムが息を吹き返し、通信系とコンソールのチェックが開始される。

「SPSプラマルより入電、システム回復の確認後に艦長席に回します」

 ヴォロス副長は頷くと、チェック結果の報告を促した。各部署のオペレーターたちが結果を読み上げ、主任士官に報告していく。

「航法副主任より報告。船体制御系、全項目問題なし!」

「砲術主任より報告、FCS全機能回復、射撃統制関連項目全て問題なし!」

「観測主任より報告。外部光線強度、全て平常値。センサー展開完了、映像回復します!」

 艦橋のスクリーンにセンサーからもたらされる情報が次々に映し出された後で窓が徐々に透光性を取り戻し、外に広がる光景が艦橋に飛び込んできた。

「おお」

 射撃標的となった山は赤熱するクレーターとなり、蒸気を上げている。と、無線機がけたたましく騒ぎ始めた。

「……ラ号、聞こえますか?こちらSPSプラマル、実験責任者のレヤル。アヴァターラ号応答願います」

「こちらアヴァターラ、副長のヴォロスです。通信感度良好、事故発生により指揮系統が一時的に停止していました。実験再開の準備はすでに完了しています」

 ヴォロス副長の応答を受けて、レヤル研究員は状況説明を求める。

「……という事態が発生し、結果として処置を受けることとなった艦長より私が指揮を引き継ぎました」

 ヴォロス副長の説明を受けたレヤル研究員は頭を深々と下げた。

「貴重な情報の提供、感謝します。それではヴォロス副長、よろしくお願いします」

「了解。総員、対閃光防御態勢用意。計画通り第二射撃実験標的を実験計画書中の動目標に設定せよ。照準を確定し次第、射撃出力十パーセントで射撃準備を完了し射撃せよ」

 ヴォロス副長の命令に従って射撃準備が整えられると、秒読みが開始された。閃光防御のために窓が白く変色し、光を遮断し始める。センサーがオフラインになった直後、再び光線が発射された。

「マハラーティ、エネルギー放射を完了!」

 その声とともに、稼働していたレーダーの表示が回復する。先ほどまで探知されていた射撃標的は消えていた。

「射撃目標のロストを確認、外部光の強度は正常値まで下がりました!」

 その報告とともに、窓の遮光率がゆっくりと自動的に低下して外が見えるようになる。窓の外では相変わらず第一射で破壊された山がぐつぐつと音を立てて煙っていた。

「砲術科、照準系センサーを展開し外部映像をメインスクリーンに投影せよ。機関科各員、SPSプラマルからの許可が下り次第マハラーティの照準を第三射撃実験標的に合わせられるように準備を急げ」

 ヴォロス副長の指示に従って準備が進む中、SPSプラマルから通信が入る。ヴォロス副長が通信を受けると、レヤル研究員は思いがけないことを言った。

「十分なデータは集まりましたので、射撃試験は先の第二射で終了とし、結果の精査に移るよう実験計画を改訂します。お疲れさまでした、この拡張空間を出てください」

 ヴォロス副長が首を傾げながらも士官たちに命令を飛ばしていると、艦橋後部の扉が開いた。

「さっきはすまなかった。副長、状況は」

 士官服に身を包んだハル艦長は、艦橋後部の扉を抜けるといつも通りの凛とした声でヴォロス副長に質問する。

「艦長、回復したとはいってもまだ……」

 船で一番の腕利きと言われているラタン軍医長がハル艦長を追って艦橋に入ってくる。

「ああ、もちろん安静にはする。ただ、艦が予定外の針路を取ったのが気になっただけだ」

 ハル艦長はそう言ってヴォロス副長を見つめた。視線に耐えかねたヴォロス副長が実験の終了を伝えると、ハル艦長は驚いた表情で無線のマイクを掴んだ。

「無線手、SPSプラマルにつなげ」

 ヴォロス副長が全てを察して命令を下し、無線手は回線をつなぐ。

「こちらアヴァターラ、艦長のハル。SPSプラマルへ、レヤル研究員との通信を要請する」

 ハル艦長の通信にSPSプラマルの無線手はしばらく沈黙していたが、やや間があってから了解とだけ応答した。レヤル研究員が挨拶をすると、ハル艦長は堰を切ったように話し始めた。

「レヤル研究員、久しぶりだな。ハル・カランベリ元研究員だ。素人質問で恐縮だが、この実験計画の要綱は少なすぎるのではないか?何か理由があるのであれば良いと思うが、今のところやったことと言えば二千立方メートルの岩石の塊とその周辺にあった土砂をえぐり取って溶かし、廃艦とされた三世代前の空中戦艦を蒸発させただけだ。研究者として提言する、実験を継続するべきではないか?」

 アヴァターラ号の艦橋に詰める士官たちは艦長の様子に気圧されながらも副長の下した命令に従ってアヴァターラ号を拡張空間から出そうとする。レヤル研究員はしばしの沈黙の後に、先の質問に対する返答をした。

「その件については問題ない。新たな計測技術によりデータ収集は完全に行うことができた。詳しくは竜王城址製造都市の港に入ってから個人的に話すからそれまで待ってほしい」

 ハル艦長はその言葉を聞いて頷くと「わかった」と言って無線のマイクを置いた。拡張空間から出たアヴァターラ号は竜王城址製造都市の直通港への入航路に乗り、なんとか一通りの修理が終わった直通港の戦艦補給用桟橋がある大型艦停泊区画を目指す。上空を飛び交う遠距離護送船団の流れが落とす小さな影の群れを過ぎたアヴァターラ号は、ゆっくりと直通港の桟橋の間に船体を埋めた。舫をかけ、船体を固定具で支持する作業が完了すると、ハル艦長はラタン軍医長の検査を受けて足早に医務室を出る。桟橋に上がり、検問を通ったハル艦長はSPSプラマルを訪れた。SPSプラマルではレヤル研究員が待っていて、彼女はハル艦長を視界に認めると手招きをしてついてくるよう促す。ハル艦長は会釈をして彼女についていった。

「歩きながらで悪いね、ハルちゃん。ずいぶん印象が変わったようだけれど、元気でやってる?」

 レヤル研究員はそう言ってハルを見やる。ハルは「お互い様じゃないですか?」と敬語で言おうとして、途端に違和感を覚えた。自分がどんな口調で十歳以上離れた研究室の仲間と喋っていたか一瞬分からなくなって、時の流れを実感する。

「……お互い様じゃないかな、レヤルさん。あなたも結構変わったよ」

「そうか。まああれから八年も経ったんだから当然と言えば当然だね」

 レヤルは少し寂しそうな顔で、白髪がわずかに混じった髪を左手で払ってため息を吐いた。

「考えてみりゃあ私なんてもう四十近い歳なんだし、三十一、二の時分から何も変わってないほうがおかしいんだけどね」

 そう言って一瞬黙ったレヤルは、すぐに話題を転換した。

「そうそう、データが取れてるのかって話だけどね」

 レヤルの言葉を聞いたハル艦長の雰囲気が、研究者のそれに変わる。

「ちゃんと取れてるんだよ。実は第一射の時点で動目標の捕捉能力以外すべて確認できている。あの拡張空間は私が開発した技術で、空間内で発生した事象のほぼ全てを電算機上にデータとして記録できるようになっているんだ」

「それは凄いね、一度データを見てみたいよ」

「残念ながら最高機密さ、ははは」

 まるで他愛のない話のように語る二人は、一見するとただの年の離れた友人のようである。製造都市の港に面した、多層に入り組み複雑に道が絡み合う商店街の最上層にあふれる人混みを分けて、二人は国内最大手の喫茶店「カフィール茶店」系列のしゃれた店に入る。二人は冷たいコーヒーとサンドイッチを注文して、大通りに面した露天デッキになっている席についた。空を見上げれば、どんよりとした密雲が空中大地の底を隠している。一雨来るかもしれない空模様に、二人はパラソルの下に全身が入るような前かがみの姿勢で思い出話を始めた。

「そうそう、ハルちゃん。今の船の副長はヴォロスくんなんだ?」

「ああ、うん。研修とスカウトのために来ましたー!って言ってたあの頃が信じられないくらい優秀で助かってるよ」

「そりゃあね、あの子の本業なんだから当然っちゃ当然でしょ」

「まあそうかな。ヴォロス副長がいなかったら着任後二週間くらいで途方に暮れてた自信があるよ。あと今年の八月にあった例の事件のときなんて、正直ヴォロス副長なしであんな対応はとてもできなかったと思う」

「うまいことやってるんだね、羨ましいよ」

「最近は何かうまくいってないの?」

「そうね、空中艦隊との共同任務なんかの時に財団の研究内容を共有するのが大変なんだよ。数年前に過去から来た男の事件があったじゃない、文明崩壊前の人がコールドスリープから目覚めるかもしれないって言われたやつ」

「ああ、保存状態のいい冷凍死体でしかなかったっていうあれか」

「それそれ。あのおかげでカジュアルに偏見が蔓延ってて説明が大変すぎるんだよ」

 ハル艦長が口を開こうとした瞬間、大通りにサイレンの大音響がこだました。風を切って軍警の警戒車両があっという間にカフェの前を通過する。

「何かあったんだろうか」

 二人が警戒車両が走り去ったほうを唖然としながら眺めていると、屋根を水滴が叩く音がして、瞬く間に土砂降りの雨が降り始めた。前かがみで座っていた二人を、吹き始めた風に流される雨が打ち付ける。二人はたまらずコーヒーを飲み干すと屋内の席に避難し、残しておいたサンドイッチを机の上に置いた。遠雷のような音とともに、市内にジメジメとした空気が流れ始める。ハル艦長の持つ軍用端末が振動し、連絡が来たことを伝えた。発信元はヴォロス副長で、ハル艦長はすぐに口元を手で覆いながら通話を始める。

「副長、どうしたんだ」

 ハル艦長の問いかけに、ヴォロス副長は慌てた様子で問い返す。

「艦長、いまどちらにいらっしゃいますか」

「ああ、商店街最上層の大通りに面したカフィールだ。レヤル研究員も一緒にいる」

「わかりました、迎えに行きますのでそこを動かないでください」

 ヴォロス艦長はそう言って通話を切った。ハル艦長はサンドイッチを口に詰め込み、手元のメモ帳を切って「何か非常事態らしい、ヴォロス君が迎えに来る」と書いてレヤルに渡す。レヤルはメモに目を落とした後、頷いて席を立った。

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