毒と嘘8

 小柳は恐る恐る振り向くと凶器代わりに向けられた点滴の針が背から眼球手掛け刺さる寸前で止まる。


「葉加瀬って人は悪にして善。でも、アンタは悪にして悪。人を殺すなら善人巻き込まずってのが自分なりの気遣いってヤツなんすけど、アンタはそれすらもない他人に罪を着させて陥れる

 本来ならもっと調べて殺される寸前まで耐えようかと思ってたんすけど、歳上で人使い荒い旦那らが察したんすかね。スゲェー怒られやした。今もインカム代わりのヘッドフォンで言われてますぜ、さっさと半殺しにして連れてこいって。どうしやす? 自首するか、逃げるか」


 京一の言葉に小柳は余裕か。自首? そんなもの必要ない、と言いたげな顔。余裕綽々で怪我人ごときに何が出来ると訴え掛ける見下した目は恐れを知らない。


「君は怪我人。ボロボロなのに一人で何が出来るって?」


 見下す邪悪な悪役染みた嗤いに京一は悔しそうに唇を噛むも一瞬で笑顔に変わる。


「甘く見られたものっすね。アンタ、雇った殺し屋が強いからって……ナメんなよ!!」


 刺され、と腕に力を込めるも手首を掴まれ押し返される。痛む腹に蹴りを放たれ、うっと声を漏らしよろけると突き飛ばされ、だらしなく壁へ。ダンッと鈍い音が体に響くように痛みが走るとズルズルと凭れ、滑り落ちるが踏ん張りゆっくり立ち上がる。


「痛くねぇ……こんなの狂犬にボコられるよりまったく痛くねーんだよ。弱い、だらしない、めんどくさそう――そうっすねぇ。(間を空け)アハハッ――あぁ!! アンタを見てると臓器を抉り出したいほど苛つく!!」


 やる気のない、めんどく下がりな表情の彼が凶変。殺気満ちた目で今にも人を殺したいです、と訴えるほどの嬉しそうな、愉しそうな顔に小柳は恐怖を感じた。


 不利なくせに強がりやがって。そんなに死にたいなら死なせてやるよ――。


 恐怖が怒りに変わったが小柳は手に持っていた刃物医療用メスを京一に振るう。それを京一は受け止めるどころか掌で包み込むように深々と刺さるが痛みがあるにも関わらず表情の一つ、声すら出さない。


「気、済んだっすか? そろそろ本気で殺りまっせ」


 刃がめり込み、血が溢れるも無言。小柳の手に手が触れると反対の手に持っていた針を投げ捨て、拳を強く握る。顔面に一発。彼らしくない力任せな勝がやりそうな大振り。しかし、腕が短いか一歩のところで届かず、舌打ちするとバランスを崩しながらも小柳の腕を強く引き、鳩尾に京一の爪先がめり込む。スリッパだが関係ない、力込めていたか唾が飛ぶ。

 あまりの痛さと不意打ちに医療用メスが手から離れ、痛みそっちのけで引き抜くと膝を付く小柳の肩に刺す。痛みに裏返る声に京一はニターッと嗤うと肩を庇いながら逃げ出す彼に手を振った。


 痛みに振るえ、声出しながら抜く。


 赤く染まった肩を止血しようと強く押さえ、怯えながら階段を掛け降りるとレンズが割れたメガネを指に引っ掛け踊り場で立つ勝。闇に紛れ姿は見えづらいが、目を合わせなくとも感じる圧はただならぬもの。


「よぉよぉ、兄さん。ちょっくら話し聞こうじゃねーの。ナニナニ、苛めたって? そりゃあ、ねーよなぁ」


 殺すぞ、オラ。と言いたいだろうが、からかい嗤い半分の言葉。ヤバい、と振り向こうとするが両肩に手が乗る。


「どこに行くつもり? 俺の可愛い京ちゃん、苛めたのだーあれ」


 陽気な声だが殺気混じる。そして続くは針のように刺す冷酷な視線。ヒィッと情けない声が漏れると鈍い音が声を奪う。



         *



「京ちゃーん、ごめんね。俺はもう離さないから。何処にも行かせないから。だから、許してくれないかな」


 誰もいない廃墟の病院。壁が剥がれ、明かりもないはずだがやけに明るい。懐中電灯を手術室だったと思われる何もない広い部屋の隅に置き、和はよろめく京一を抱き締め、あっていた。

 頭を何度も撫で嫌がる京一を無理矢理腕の中に閉じ込め、ぎゅーっとするも急所を蹴けり逃げ出す。お前は子供か、と離れ見ていた兼二は呆れ、気絶し転がる小柳の隣で胡座かき、酒飲んでる勝はバカみたいに笑う。煩かったか、んっと意識が戻った声に反応し白ける。


「お目覚めかい、小柳先生」


 和の声に勝は顔を横に向け、小柳を見てニヤリ。兼二は警棒を振り伸ばすと手に平に叩きつけながら歩み寄る。逃げ回っていた京一は足を止め、人が変わったように睨み、体を起こす彼の背に後ろから抱きつく。


「逃がしやしませんで。だーんな」


 恐ろしく白け、異様な気配放つ空間に小柳は声を出さず、和を見る。


「小鳥遊、か」


「ん、あぁ。知ってるんだ。ガクちゃーんから聞いてたりする? それとも数日間の中で先生の知り合いたくさん死んだりしたかな。一、二、三、四――結構殺したよね、俺ら。先生の部下排除。葉加瀬診療所から頼まれててね。なんせ、お得意さんなもんで」


 ハハッと笑顔で見下ろすように正面に立つ。


「さーて、お楽しみの報復ターイム」


 突然、ニコニコ笑いだし勝が口付けた缶ビールを手に取ると棒を中に四本差し込む。シャカシャカ振ると少し残っているか、ピチャリピチャリと音が聞こえる。

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