こちら、小鳥遊“報復”事務所
無名乃(活動停止)
捨て猫1
今でも覚えている。人間の焼ける不快な臭い。熱さでのたうち回る父親。泣き叫ぶ母親の声は炎に包まれ消えた。地獄の臭いと光景は何十年経っても忘れられない。
煙草を咥え火を点ける度に甦る記憶。いい加減にしてくれ、と外に出ると小さな声が聞こえた。
「あの」
「ん?」
早朝七時半ごろ。
駅から数分歩くとある四階建ての古びたビル。其処から靴底を鳴らしながらスーツ姿の四十代の男が階段を降りる。残り四段の所に赤いランドセルを背負いセーラー服を来た女の子。緊張しているのか不安げな顔して立っていた。
「おや、迷子かな」
どうしたの、と屈め頭を撫でる。
「あ、あの……
和は頷く。
「それは多分、
「ましゃる?」
首を傾げる女の子にアハハッと笑い返す。階段を見上げ、やれやれ、とゆっくり上がり、手招きしながら向かうは――。
四階
『
重そうな鉄の壁を押すと外観とは真逆なヴィンテージな空間。純喫茶を思わせる室内に女の子は目を丸くする。
「お店みたい」
「よく言われる。そこに座ってジュース持ってくる」
和は給湯室に入り、女の子の前にパックのオレンジジュースを置く。向かい合うようテーブル席に腰かけると足を組む。
「おじさんに話し聞かせてくれるかな」
それは子供らしい可愛らしくも悲しい話だった。
数日前から通学路に捨て猫が入ったダンボール。それを思春期・反抗期真っ最中の男子中学生が猫をイジメてる。かわいそう、と注意したところ突き飛ばされ手には擦り傷。
そのまま逃げるよう立ち去ったらしいが今も続き、怖くて助けられないからどうにかしてほしいとのこと。
「捨て猫ねぇ。俺、苦手なんだよな」
「お願い、カツって人からおじさんはいい人って聞いたから」
「
「ほんと!! ありがとーおじさん」
嬉しそうに立ち上がるとランドセルをテーブルに起き、五円チョコを五個置く。
「これ、お金」
「あぁ、お代ね」
いくらかな、と数えるふりして拾うと「ちょいと多い」と女の子の手を取り手のひらに置く。
「もう行きな。遅刻するぞ」
女の子の背中を押しながら階段まで送る。「おじさん」と振り返り越しに聞こえる弱い声に「キミが帰るまでやっておくよ」と手を降った。
タタタタッと小さな足音が遠退く。
和は溜め息をつくと大きな独り言。
「子供に此処を教えるのはどうかねぇ」
そう、ドア裏を覗くとスマホを弄ってる同年代の男の姿。
紺色のYシャツをスラックスに入れ、クセ毛ショートの紺縁メガネの如何にも見た目は真面目そうだが――。
「ハハッいい記事が書けそうだ。『おっさん、猫を助ける』ってな」
その言葉に幻滅する。
彼は
よいしょ、とドアから無理矢理出ると「取材」と手を出す。パンッとその手に手を乗せ
ると「いつ、何時」と背を叩かれる。
「中学って何時におわんの? そういうの勝るの方が詳しいでしょ」
和の言葉に一瞬白け。
「なに、地元なのに知らないのダサッ」
「だって俺、ジジィよ。何十年前の話だ。まぁ、この時期ならテスト期間だとは思うんだが……」
「なんだ分かってんじゃん。ほらほら、行こうぜ」
勝は和の肩に手を置くと『open』を『close』にひっくり返した。
時間まで野暮用を済ませ、昼過ぎ頃。
小学生・中学生が使う通学路にあるマンションの花壇に腰かけ、さりげなく守るように噂のダンボールを足と足の間に置く。中からニャーニャーと猫の聞こえ、蓋の隙間から顔が出る。それは傷だらけの血が乾いた痛々しい猫だった。
「かわいそうに」
和は子猫を抱き上げ膝に置き、隣に置いていたコンビニ袋から水とウエットティッシュを取り出すと汚れや血を擦り落とす。ミニャッと痛がる声に謝ると運動靴が視界に入る。
「おっさん、だれ?」
若々しい声に顔を上げ嗤う。
「ん、俺か。弱き者の大きな味方【小鳥遊“
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます