荒蝗神様の黄泉送り

登美川ステファニイ

荒蝗神様の黄泉送り

 きっかけはSNSでみた誰かのつぶやきだった。

 荒蝗神こうごうじん黄泉よみ送り。

 ぎょっとするような文字列に俺は目を奪われた。もともと地方の珍しい祭りや伝承に興味を持っていた俺はその単語を検索する。

 しかしネットではいくら調べても詳しい事がさっぱり分からない。そこで図書館に行ってしらべたところ、ようやくその手がかりを得た。

 N国の東の離島。それがその荒蝗神の黄泉送りを行なっている場所だった。

 その儀式は、かつて島が蝗害こうがいにあったことに端を発する。島全体が蝗に襲われ作物が不作になり、少なくない島民が飢餓や病気で亡くなったそうだ。それ以来島では荒ぶる蝗を神に見立て、その貪欲な食欲を収め静かに立ち去ってもらう。具体的には蝗を捕まえて餌を与え、満腹になったら焼いて荼毘に伏すというものだった。

 場所が分かればあとは早い。そして都合のいい事に儀式はちょうど夏休みの期間に行なわれる。俺は同級生たちと連れ立ってその離島に向かうことにした。


 島の人口は五〇〇人余り。観光以外の産業と言えば漁業とサトウキビによる製糖業くらい。訪れる観光客も少なく、祭りの時期だというのに俺たち以外には誰もいなかった。

 俺達はガイドのウェイカさんを雇い街の中で聞き取りをしたり資料を見せてもらったりしていた。しかし儀式の詳細については誰も語ってくれず、どうやらよそものには秘密のしきたりらしい。

「でも、一つだけ方法があります」

 困っていた俺達にウェイカさんがいう。

「儀式を手伝ってくれるなら一番いい席で見る事が出来ますよ」

「本当ですか」

 渡りに船だった。俺達は二つ返事で手伝いを引き受けることにした。


 そして当日、案内されたのはうすぐらい掘っ立て小屋だった。

「おいおい、観光客の皆さんはこっちの席へって……なんだこりゃ。鉄の檻?」

「本当だ。暗いし、一体どうなってんだ?」

「おーい、ウェイカさーん!」

 俺達が不審に思ってガイドさんの名前を呼ぶと、少し離れた所から声が返ってきた。ウェイカさんは鉄格子の向こう、外側から俺達を見ていた。

「はーいここにいますよ! 皆さんもう少し前へ。ドアが閉められませんからね」

 アロハシャツにパンチパーマのおじさん、ウェイカさんが手招きする。

「ドアを閉める? どういうこと?」

「こういうことです!」

 ガチャン!

「あっ! 入ってきた入り口がしまったぞ!」

「えー何々? サプライズ? 何なの?」

「これは鉄格子? 有刺鉄線まで巻いてある! どういうことなんですか、ウェイカさん!」

 閉じ込められたのはまるで牢屋のようなスペース。四方には頑丈な鉄格子と有刺鉄線。天井は低く鉄板がはめ込まれている。

「はははは! 心配いりません。これも儀式の一つですからね。皆さんが楽しみにしてた荒蝗神こうごうじん黄泉よみ送りの準備の一つです」

「荒蝗神って……俺達が何の準備に関係するんですか?」

「え、怖いのやなんだけど」

「カメラ持ってきてないよ~先に言ってよ」

「カメラ、ビデオはご遠慮ください。何せ島の外に知られると中々厄介なことになってしまいますからね。あ、ほら、始まりましたよ」

 俺達を鉄格子の中に閉じ込めたまま儀式が進んでいく。仮面をつけた白い装束の人が巨大なたいまつを持って近づいてくる。赤い炎と煙がもうもうと立ち込め、俺達のいる鉄格子の中にまで流れ込んでくる。

「ゴホゴホ! うっ、なんだこれは」

「喉が痛い! 目も見えないぞ!」

「やめてくれよ何なんだよこれ!」

「荒蝗神様を追い出す煙です。興奮するように唐辛子が混ぜてあります。ゴホゴホ! 私はちょっと離れますね。むせるので」

 そう言いウェイカさんは俺達をおいて離れていく。

「聞こえますか? ここからは無線でお伝えしますね。荒蝗神様がいらっしゃる準備が終わりました。御開帳です」

 ガチャン!

「何が起きたんだ? ドアが開いたのか?」

「違う、ゴホゴホ! ドアじゃない、反対側が開いてる!」

「何でもいいよ、出口だ!」

 煙で視界はほとんどなかったが、俺達は音と感覚を頼りに開いたドアを進む。足元が凸凹している。それに体中に何かが纏わりついて来る。

「うげ、何だこれ! 何かいる! いてっ! 何かいるし噛みつくぞ!」

「きゃー! これ、これ……虫よ! バッタ? 一〇センチくらいあるわよ!」

「しかも凶暴だ! あー! 指を、顔も、そこらじゅう噛みついてくる!」

「ひー! 助けて!」

「みなさま、聞こえていますか。それが荒蝗神様です。神代の昔から繁殖を続け変異に変異を重ねた島特有のいなごです。狂暴ですから取り扱いには注意を必要とします。また現在は唐辛子入りの煙で極めて強い興奮状態にあります。目につくものはなんであろうとかじってしまいます!」

「ふ、ふざけるな! 出せ、てめー」

 蝗をかき分けながら鉄格子を掴む。押しても引いてもびくともしない。そうこうしている間にも蝗たちは俺達の体を食い千切っていく。

「く、くそ! 戦うしかない! バッタをやっつけないと!」

「無理だ! ぎゃー! 数が多すぎ、むぐ、舌を噛まれた! もうダメりゃ~!」

「おいウェイカ! お前ふざけんな! 今すぐここから出せ!」

「あっははは! だめだめ。皆さんは大事なお客様です。そこから出ることはできません。あっ、正確に言いますと。生きては出られません。儀式の最後にはですね、その蝗を全部捕まえて焼いて佃煮にして私たちみんなで頂くんですよ。それをもって荒蝗神様の黄泉送りの完了となります。その時には皆さんの亡骸も片付けさせていただきます。過去の事例から言いますと、大体骨になっていますね。片付けも簡単です、はい」

「うげあー! ひー、ぐうぅ! だ、だせー! ここから出せー!」

「あーあーあんまり暴れない方がいいですよ。もう内臓が出そうになってますよ」

「ちくしょーぶっころ、ぎぃぃ、たすたすけてー」

「あー出ちゃってる。ぶるんぶるんしてる。まあ遅かれ早かれバラバラですし、結果は同じですね」

 無慈悲なコメントが続く中、会場アナウンスが鳴り響く。

「さあ皆さん。犠牲になってくれた観光客の皆さんに感謝しましょう! これから同好会による民謡の発表です。メイン会場で13時45分から開始です」

「くそ、ふざけるな! うぐぅ、誰か、誰か助けて……」

 俺達はなす術もなく蝗たちに食いつくされていく。こうして、俺達の夏は常夏のこの島で終わった。

 とっぴんぱらりのぷう。

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荒蝗神様の黄泉送り 登美川ステファニイ @ulbak

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