誰でもよかった
@MeiBen
誰でもよかった
普通だった
男は普通の家庭で育った
父も母も穏やかな人だった
男に対して何かを押し付けることもなかった
虐待や両親の不仲などもなかった
学校でも普通だった
中学校まではどちらかというと友達は多かった
毎日、友達と遊んだ
高校に入ってからは勉強ばかりだった
頑張って良い大学に行かなくてはいけない
大人たちはみんなそう言った
男は素直だった
だから素直に頑張って勉強した
その結果、ある程度の大学に合格した
大学ではサークルに入った
他の大学生と変わらず、男も全然勉強しなかった
遊んでばかりいた
友達もたくさんできた
就職した
良い大学に通っていたおかげで、優良企業に就職できた
男は素直に生きてきてよかったと思った
仕事は辛くなかった
失敗ばかりだったけど、上司も同僚も優しかった
給料もよかった
生活は何不自由なかった
でも男は物足りなかった
恋人はできたが一年ぐらいで別れた
結婚したいと言われたから面倒くさくなった
新しい友達はできなかった
面倒くさかったからずっと家で寝ていたかった
新しい趣味は探さなかった
面倒くさかったから
休みの日は一日中、ネット動画を見ていた
ゲームはしなかった
面倒くさかったから
なるべく休まず仕事に行った
面倒くさかったから
面倒くさい
男の人生を倦怠感が包んでいた
男は何かを変えたかった
今までは素直に生きていれば誰かが次にすべきことを教えてくれた
でも、もう誰も何も教えてくれなくなった
自由にしていい
自由にしてよかった
自由な時間もあった
お金もあった
でも男は何もできなかった
男は考えた
生まれて初めて考えた
どうすればいいのか?
自分はどうしたいのか?
自分はどうなりたいのか?
初めて考えた
男は単純な結論に達した
面倒くさいことを全部なくそう
自分の人生から面倒くさいことを取り除こう
男は気づいた
面倒くささの源
それは、楔(くさび)
つまり自分と何かとの関係
それは社会との関係
友達との関係
家族との関係
男は会社を辞めた
簡単だった
そもそも重要な人材ではなかった
送別会をひらいてもらった
面倒くさかったけど、最後だったから参加した
それで終わりだった
友達との関係は簡単だ
連絡先を全て消した
携帯電話を解約した
SNSのアカウントを全て消した
それで終わりだった
一番難しいのは親だった
親との関係は切れなかった
母はずっと男と連絡を取ろうとした
男の会社に電話したり、男のアパートに行ったりした
男は諦めた
親が死ぬのを待つしかなかった
でも運が良かった
ほどなくして父も母も揃って交通事故で死んだ
それで終わりだった
男は嬉しかった
ようやくだ
面倒くさいことは全てなくなった
貯金は貯まっていたから、贅沢をしなければ5年以上は何もせず暮らしていけそうだった
男の目的は達せられた
男に繋がれた楔は全てなくなった
男は自由になった
男に干渉するものは何もなくなった
男は透明人間になった
一日中、ネット動画を見た
暇すぎたからネットの掲示板を使ってみた
つまらなかったけど暇つぶしにはなった
あっという間に一年がたった
男の願い通り面倒くさいことは何もなくなった
男は透明人間だった
誰も男に干渉しなかった
もちろんコンビ二の店員なんかは男に反応する
でもそれはゲームのNPCと同じ
同じセリフを繰り返すだけの存在だった
社会システム上も間違いなく存在する
戸籍も残っている
人口統計の中の一人ではあった
でもそれだけだ
男は試したくなった
自分が本当に透明人間なのか試したくなった
男は人通りの多い通りに行った
そして大声で歌ってみた
道行く人に聞こえるように大声で歌った
誰も男を見なかった
男は電車に乗った
電車の中で大声で喋ってみた
男は一人で喋り続けた
誰も何も言わなかった
本当に透明だった
路地で小便をした
何も言われなかった
ゴミをあちこちに捨てた
何も言われなかった
通りかかる人に怒鳴ってみた
何の反応もなかった
本当に透明だった
男はもっと試したくなった
自分がどこまで透明なのか試したくなった
男はホームセンターで包丁を買った
人通りの多い交差点に行った
通りかかる男を刺した
男が倒れた
でも誰も反応しなかった
もう一人刺してみた
また倒れた
ようやくみんなが反応した
女が悲鳴をあげた
男が何かを叫んだ
ようやく男の行動に対して世界が反応した
男は透明ではなくなった
ホッとした
本当は透明人間をやめたかった
それだけだ
人を殺したいなんて思ったことはなかった
ただ透明人間をやめる方法が分からなかった
色々なことを試したけど透明なままだった
だから思いついた方法を試してみた
でも本当はずっと頭の奥にあった
やらなかっただけ
やってはいけないと分かっていた
自分は透明人間なんかじゃないと分かっていた
でも、だんだん分からなくなった
本当に透明なんじゃないかと思うようになった
だから頭の奥からそれを取り出した
そして試した
それだけだ
結局、透明じゃなかった
それが分かってホッとした
でも悲しかった
すごく悲しかった
みんな騒いでいる
怯えた目で見つめている
そうじゃない
そうじゃなかった
欲しかったのはそれじゃない
それじゃない
じゃあ何だ?
自分で楔を外したくせに
じゃあ何が欲しかった?
楔を外したのはお前だ
父と母がつけてくれた楔を
友達がつけてくれた楔を
社会がつけてくれた楔を
全て外したのはお前だ
透明になろうとしたのはお前だ
お前は何を望んだ?
何を望んでそうなった?
分かってるだろ?
認められないだけだろ?
かけっこで一番になりたかったのはなんで?
頑張ってバットの素振りをしたのはなんで?
テストで一位をとろうとしたのはなんで?
みんなを笑わせようとしたのはなんで?
分かってるだろう?
褒めて欲しかった
すごいって言って欲しかった
お前には敵わないって言って欲しかった
オレの心を満たすためにはそれが必要だったんだ
オレの心はそれがないと満たされないんだ
大人になった?
歳をとっただけだ
大人になった?
どう振る舞うべきかを学んだだけだ
大人になった?
諦めることを覚えただけだ
じゃあ何でダメになった?
楔が外れたからだ
本当に本当に誰もオレを見なくなった
だからオレはこうするしかなかった
だって元々オレには何もないんだ
こうするしかなかった
他に思いつかなかった
ダメだって分かってた
でもどうしようもなかった
そうしなきゃ心が壊れるから
みんなオレを見てくれた
嬉しかった
ホッとした
でも悲しかった
すごく悲しかった
オレは透明なんかじゃなかった
終わり
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