第5話
11月の夜、学校内はとても寒かった。
部室まで、前やったみたいに小走りで階段を駆ける。
夕食をそのまま食べずにきたため、空腹が少し気になった。
部室をそっと開けると、いつだっかの淡い黄色い光がぼうっと部屋を照らしていた。
蓮見は、葵を見てふぅと息を吐いた。
「じゃあ、行きますか」
「行こう」
葵はそっと扉を閉め、天体望遠鏡を担いだ蓮見についていく。
「これ、見つかったら退学かな」
階段を登っている中、蓮見が言った。
きっと退学だね、と葵は蓮見に笑って言った。
3、と書かれたつき当たりに来たところで、蓮見が、葵、と呼びかけた。
今まで蓮見から、葵、と呼ばれることなどなかったため、唐突なそれに葵も少し驚いたが、葵も平然を装いながら、何?と返した。
「あの日、ごめん」
蓮見は前を向いて登ったまま、言った。
葵は、胸の中でずっと残ってた心のつかえがそっと取れたのを感じた。
「私こそ、ごめん」
蓮見はそれから3、4段ばかり登って、息を整えた。
「僕も、一人ぼっちは辛い」
5と書かれたつき当たりを迎え、もう少しで屋上だった。
「でも私達、もう一人ぼっちじゃないよね」
息を荒くしたまま、葵はそう言った。
「絶対に一人ぼっちじゃない」
あと、20段ぐらい階段を駆けあがりながら、蓮見は大きな声でそう言った。
ちょっと待ってよ、と葵も笑いながら蓮見を追っかけ駆け上る。
蓮見が先に階段を登りきると、葵の方を見た。
「星がずっと見ていてくれる」
蓮見は、そうやって葵に笑った。
蓮見は扉を開けた。
扉から勢いよく入り込んだ風が、とても寒かった。
寒い夜だった。
だが空気が澄んでいて、星は前来た時よりも綺麗に見えた。
「すっごいね。いつみても」
葵は、天体望遠鏡をセットする蓮見の横で呟いた。
葵がカーディガンを中に手を閉まっているのを見た蓮見は、葵、寒い?と聞いてきた。
「ちょっとだけ寒い」
「これ、着たら少し暖かくなるかも」
蓮見は、ひょいっと自分の着ていたブレザーを葵に投げた。
葵はそれを受け取ったが、今度は蓮見が寒そうにしていて笑ってしまった。
「自分が寒そうにしてるじゃん」
「思ったより寒かった」
蓮見は、そういって天体望遠鏡のセットを終わらせた。
葵はそのまま、蓮見のブレザーを自分と蓮見で覆って体育座りをした。
蓮見が少し驚いて、すぐ横の葵を見た。
「これで寒くないでしょ」
葵は、少し照れながら夜空を見て言った。
二人の身体が時々、蓮見の少し大きなブレザーの中で触れあった。
そのまま、葵は自分の言葉を流れに任せた。
「私さ」
「うん」
「この同好会に入った理由、父を亡くしたからなんだ」
無数の星が、二人をスノードームの中みたいに囲んでいた。
「あの時言えなかった理由って、このこと?」
「そう」
蓮見はただ、そうなんだ、と呟いた。
「私、父を亡くした時、どうして私ばっかが、って思ってずっと辛くて、何も考えられなかった」
ただ、と呟いて、葵は蓮見を見た。
「屋上で綺麗な星を見て、そうやって蓮と話して、喧嘩もしちゃっけどそれでも楽しかった」
蓮見の茶色の目に、自分が映って見えるまで近くても、その顔を葵は逸らさなかった。
蓮見もまた、葵の黒い目に映る自分が見えても、そのままにした。
葵は、自分の心がずっとざわついているのがわかった。
心拍数が上昇して、うるさいぐらいに胸が振動した。
体験したことない感情が、急に襲ってきた。
ただ、蓮見とこのまま離れたくないと思った。
ふと、蓮見は立ち上がった。
そのままスコープの中を覗いて、今日はよく見える、と言った。
蓮見は葵に、覗いてみなよ、と言った。
スコープの中を見てみると、かすかにわっかのようなもの囲んだ球体があった。
「これは?」
いつもみたいに葵が聞くと、蓮見は「土星」と答えた。
蓮見は葵がスコープから外れたら、望遠鏡の位置をずらして、スコープもう少し高くした。
蓮見は、また葵に見るように促した。
その天体はまた、一段と綺麗だった。蓮見は「カシオペア座」と言った。
そうやって位置や高さを変えて、二人は様々な天体を一緒に見た。
ぺガスス座、アンドロメダ座、オリオン座やカシオペア座。
二人はそうやって、沢山の星を見て、ずっと話した。
葵は、今日の事は忘れることはないと思った。
その夜のこと。
その帰り道で、蓮見が交通事故に巻き込まれたと聞かされたのは、それから2日後のことだった。
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