第16話:うちの時計は止まらない

「ムキになってもいいことなんてない。俺は大人になったんだ山中さん」

「そうなれるといいね」


 悲劇の休日から開けて翌週。二度と視聴者とベクスなんてしないと誓い、枕を涙で濡らした夜を超え俺はまた一つ大人になった。大人ってのはどれだけの苦味を飲み干したかだってマサヒロが言ってた。だからコーヒー貰いに来た。牛乳? うん、入れて!


 結果はひじょーーーーに腹立たしい事に俺の時間切れで負けになったが、配信自体はとても盛り上がった。途中から参加者の間で初心者みたいな実力の俺をいかに殺すか・殺させないかの戦いになってた気がするけど、楽しんでもらってたみたいだからいいかなって。ヒモヒモフクロウは許さんが。絶対見つけてひっぱたいてやる。


「ん?」


 スマホが振動。着信の合図だった。相手はカッコイイおじさんこと村木さんだ。珍しいというか村木さんから連絡が来るの初めてだ。


『メイジ。今通話するだけの時間取れるか』

「タケシんちで遊んでるだけだから特に用事ないよ」

『よし。なら念のため周囲に人がいない場所に移動してくれ』

「おお! 秘密の会話だ! 分かった!」

『……それを口にしないともっとよかったのだが、まあいい。頼むぞ』




 人の家の中で通話するのも悪いかなと思ったので、ちょっと早かったけど桐原さんとの待ち合わせ場所まで向かっていた。


『話というのは注意喚起だ。お前、念動力という力について知っているな?』

「うん。使えるけど」

『使えるのか……まあいい。では先日、桐原あやかという女がお前のもとに現れ、今も足しげく通っているな?』

「え、うん。何で知ってるの?」

『対策課がマークしていた念動力者だからだ。公安経由でこれまで一切外出しなかった人物が急に活動的になった連絡があれば警戒するのは当然のことだろう。お前のことだからそれほど心配していないが、一応何を目的としているのか聞かせろ』


 い、意外とちゃんと仕事してたんだな対魔特別対策課!

 あ、桐原さんだ。手を振って挨拶。身振り手振りで通話中であることを示すと、察してくれたのかベンチの端の方に寄ってくれた。やべ、今の完全にシティボーイの立ち振る舞いだった。俺も染まってきちまったぁ……くぅ。

 にしても本人の目の前で本人についての話題が進行するのってなんか凄い変な感じがする。

 けど何って言われてもね。念動力の暴発で悩んでて、制御できるようになりたいから訓練を手伝ってただけだし。


『ほう。お前そんなこともできるのか』

「魔術と違って念動力は1から練習したから人に教えられるしね」

『ふむ……まあ今はいい。桐原あやかはついでだ。本題はここからだ。

 ジョナサン・モストという名前に聞き覚えはあるか? A国人の念動力者だ』

「いや全然。外国の知り合いなんて配信経由でしかいないなぁ」


 というか外国に念動力者が居るのか。なーんだやっぱ人が多ければそれだけそういう奴がいるんじゃん。


『コイツはA国のエージェントで危険度Sの賞金首だ。今日本国内に潜伏中で対策課の魔術師が既に4人やられている』


 賞金首とか実在するんだ。てか危険度Sってカッケェ……俺も言われてみてえ。


「やられちゃった魔術師ってどの程度の人だったの?」

『俺を10として7か8の連中だ』

「へー。じゃあ結構しっかり戦える人がやられちゃったんだ」

『ああ。どのような方法で行われたのかは不明だが、やられた4人は何れも抵抗する間も無く戦闘不能になっている』


 抵抗もできなかった? まあそれはいいとして、どうしてそれを俺に伝えるの?


『メイジ。この国で今一番所在の分かりやすい魔術師は誰だと思う』


 俺以外には魔術系Utuberって居なかったから、たぶん俺……あーそういうこと。

 坂をゆっくりと登ってくる夏なのに白いファーコートの外国人。


「もしかしてさ、そのジョナサンって人、髪の毛緑色に染めてて白いファーコート着てる?」

『何? そうだが、まさかもう現れて――』

「あとで掛けなおすね」


 通話を切って立ち上がる。

 ジョナサンって人は勿体ぶって――いやたぶん上り坂で息が上がってるから普通に疲れてるんだなこれ。とにかくゆっくりと俺と桐原さんの前に立ちふさがった。


「キサマがメイジとタケシの――」


 あ、その確認だるいから割り込もう。


「そのメイジだよ。何か用かい――ジョナサン・モスト」

「ムッ……我が名を知るか、小僧」


 やるなコイツ、と思わせるムーブ(かっこいい)の一つ、名乗る前に名前を言い当てる、だ。完全に決まった。今の俺はたぶんめちゃくちゃ格好いい。

 てか相手の喋り方もなんかめっちゃかっこいいな。てか日本語上手いな……なんなら俺より言葉知ってそう……。


「ならば我が要件も既に知りえているな。我と戦い、敗北した暁には我が糧となるがよいぞ」

「糧とかよく分かんないんだけど、具体的にどうなるの? 俺が貴方に食べられるの?」

「そのような事をするわけがあるか! 我が勝利の暁には、敗北を素直に受け入れ、我が勝利を称えよということだ!」


 やっぱよく分からないけど、負けたら勝った奴をリスペクト(覚えた)しろってこと?

 対魔対策課の人がやられたって言ってたからてっきり死人が出てるのかと思ってたけど、もしかして俺の早とちり?


「同じならいいよ。負けた方が勝った方をリスペクトする。どう?」

「否やはない! ではそこなボーティなガァールよ。戦いの合図をするのだ」

「えっ、えっ、えっ?」

「ええい、その辺の石を宙に向かって投げよ」

「わ、わかりました。その――えいっ」


 宙に舞った小石が地面についた……地面についたら開始だよね?


「――タァーイム・ストップッ!」


 時間と念動力が共鳴し周囲のありとあらゆる動体の時間進行が停止する――


「ククク、情報部の話では対策課の村木を正面から倒したとかいう触れ込みだったが、所詮は子供よ。やはりこのジョナサン・モストの完全な能力『タイム・ストップ』の前では全て無に帰すのみ。時間の進行が停止させられた人間はその中を自由に動ける人間、つまりこの我に対して完全に無防備! どれだけの修練も、どれだけの能力もこの力の前には完全に無力なのだァ! 対人戦闘で我に敵う存在などいない。フハッ、フハッ、フハァァァッハッハァ! 痛ぶる趣味もない。一撃で終わらせてやほぎゃぶべらぁぁぁ!」


 なんか隙だらけでペラペラ喋りながらスタンガン片手に歩いてきたから何かと思って様子見てたんだけど、殴ってよかったんだよな?

 ――停止していた時間が動き出す。


「えっ?」

「えっ?」

「えっ?」


 最初の「えっ」は桐原さん。桐原さんが驚くのは分かる。たぶん桐原さん目線だといきなりジョナサン・モストが吹っ飛んで転がっていたと思う。いきなり人が吹っ飛んで転がったら驚くのも無理ない。分かる。

 で、次の「えっ」。ジョナサン・モストだ。殴られた顔を抑えながら、なんか有り得ないものを見るような目で俺を見ている。

 最後の「えっ」は俺だ。びっくりされた事にびっくりしている。


「な、なんで?」

「なんでって……なんで?」

「いやだって俺、時間止めていたはずで……?」

「いやそりゃ、止められてたら外すし……?」


 時間停止系の術や能力なんて止まったの確認してから解呪するの、基本じゃない……?


「ま」

「ま?」

「参りましたァー!」


 なんかよく分からないけど、勝ったらしい。

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