おまえんちヒールないの?

野井ぷら

1章

第1話:うちには電気がない

 おかしいな、と気付いたのは中学に入ってからのことだった。

 人里離れた山の奥、家族とボケたじーさんばーさんしか居ない集落でくらしていれば、常識なんてものはその範囲内で通用した話になってしまうもんだろう。


 お前も中学に通う年齢だ、いつまでも村にいてはいけないねぇ。なんて言葉と共に都会(もっと後になってそこが都会でもなんでもなくクソ田舎の地方都市だと知った)の学校へ送り出された訳なのだが、割と初日から衝撃の事実の連続だった。それはもう色々とありすぎて都会は凄いとしか思えなかったわけだよ。


 まずどうやら俺の暮らしていた集落。田舎暮らし通り越して原始的らしい。

 明かりと言えば薪とか蝋燭だと思い込んでいたんだが、都会には電気なんてものがあるらしいではないか。初めて電灯の明かりを見たとき、どんな魔術かと思ったぐらいだ。この話したら級友に笑われちまったし。おかげで仲良くなれたから、結果としちゃ悪くはなかったのだが。


 ていうか電気。

 電気すごい。

 俺も雷神の息子なんて呼ばれてたけどこんなにずっと雷を出し続ける事なんて出来ないぜ。

 スイッチ押したら明かりが点くし。テレビもなんかすげーし、車もなんかすげーわ。そういうの全部電気で動いてるっていうからもう凄いよ。凄い凄い言い過ぎて全部すげーわ。


 同じ言葉話してるのにこんな違うかーと感心しきりだったね。


 翻ってね、俺の暮らしていた集落はなんと閉鎖的で原始的な暮らしをしていたのだろうと思うのだよ。疑問にすら思わなかった俺も俺だが。


 集落の外に興味はなかったのかってよく聞かれるんだが、それもなかったんだよな。魔術の訓練とか色々やること多かったし楽しかったからさ。一回だけ親父の手伝いで遠出したことがあったけど、それもずっと山ん中歩いて目的地もわけわかんねー塔だったしな。それ以来二度とついていくかって思ってたんだけど、こんなことならたまに買出しに行く父親についていっときゃよかった。


 そんでもって今は友達になったタケシの家で遊んでいる。

 タケシの家はすごい。

 まずでかい。俺のとこの集落の畑くらいの面積全部が家だ。

 そんで変わったもの(俺基準)がいっぱいある。

 意味の分からないガラス細工だったり、なんかゴテゴテした時計だったり(時計は知ってるぞ)、仕組みがさっぱりわからん機械だったりとか。あと家事の手伝いしてくれるおっぱいの大きいフワフワした服きたお手伝いさんとおっぱいの大きい可愛い母ちゃんがいる。

 それより凄いのが「ぱそこん」だ。

 タケシの家に行くと毎回「ぱそこん」を触らせてもらっている。

 俺は教えればすぐに覚えて要領がいい子供だと父親や母親にもよく褒められている。その要領のよさは「ぱそこん」にも発揮できたのは僥倖だった。

 コイツは俺の至らない知識を全て補完してくれる。分からない事があればコイツで調べれば全部教えてくれる。凄い奴だ。


「なータケシー。この「ぱそこん」くれよー」

「あげてもいいけどさ、君の家電気ないだろ」

「そうだった……あっ、じゃあさ、スマホは? タケシめちゃくちゃ一杯持ってるじゃん。一つくれよ」

「あげてもいいけどさ、君の家電波届かないんじゃないの」

「そうだった……」

「大体人に物をタカるのはよくないよ。お小遣い……は厳しそうだから、ご両親にお願いしてみたら?」

「それは望み薄だぜ。貨幣という概念がうちの集落にあるのか疑わしい」

「さすがにお金の使い方くらいわかるでしょ……」

「この服とか親父が買出しにいって持ってくるけど、物々交換していたと言われても俺は驚かないぞ。というか割と最近までそうしているのかと思っていた」

「君って本当に面白い奴だね」

「もしかして褒められてる?」

「うん。とっても」

「あーーーーーぱそこん欲しいーーーーせめてスマホほしいーーー」


 駄々をこねてみると、タケシが何か思いついた顔になった。


「そうだ。メイジくん。Utuberになってみない?」

「なにそれ」

「スマホで動画を撮って、それをサイトに投稿する人たちのことをそう呼ぶんだ。ほら、いつも見てる動画サイトあるでしょ。ああいうの」

「『ためにならない』奴とか、そういうあれか。でもそれがどうスマホに繋がるんだ?」

「動画で再生数を稼ぐとお金がもらえるんだ。メイジくん元気だし、最初は僕のスマホを貸してあげるから、それでお金を稼いでみなよ」

「タケシ! お前は凄い奴だ! よし、やるぞ、目指せスマホだ!」





 とは言ったものの「何か面白いことやれ」といわれて「はーいじゃあ面白いことやりまーす!」とやれれば苦労しない。

 結局投稿する動画の内容までタケシに相談することになった。


「僕に相談するまで三日かかるとか、どんだけ悩んでたんだよ」


 タケシ的にはすぐに相談しに来るものだと思っていたらしい。

 ということは、タケシにはアイディア(覚えたての言葉)があるということだ!


「君ってさ運動能力凄く高いじゃない。体育の授業とか結構人間離れした動きとかするしさ。そういう所を動画に撮影すれば、きっと皆楽しんでくれるんじゃないかな」


 俺にはピンとこなかったが、詳しく聞いてみるとそういう他人が運動している所を見るのが好きな人という層があるらしい。やはりタケシは凄い。俺では思いつけないところだった。

 しかし運動かあ。


「運動って言われても何すればいいんだ?」

「パルクールでいいんじゃない? 学校の敷地とか使ってさ」

「まずパルクールを教えてくれ」


 こういうの、とタケシが見せてくれたスマホの動画では、都会(ここではない本当の大都会)のビルやオブジェクトで壁蹴りをしたり宙返りをしたり、飛び移ったりしている動画だ。


「凄いな。こんなデカい建物が都会にはあるのか」

「そこ?」

「まあこういうのでいいなら普通に出来るけど」

「すごいね。じゃあ最初は学校の塀でやってみようか」


 タケシの母ちゃんとお手伝いさんにお礼を言って、タケシの家から学校へ移動。

 放課後だからあまり人も居ない。以前、うちの学校は部活をするほど人が多くないからそういう活動も多くないとタケシが言っていた。でも楽器の音がしているから、吹奏楽部は練習しているみたいだ。邪魔しないように大きな声は出さないようにしよう。楽器できるやつとかマジリスペクト。(こういうと格好いいらしい。マサヒロが言っていた)


「ここの塀とかいいんじゃない? 僕等の身長より高いし、ジャンプしてギリギリ手がかかるくらいだ。これを軽く登って、塀伝いに走って向こう側で飛び降りる。みたいな忍者ムーブ?」

「そんなんでいいの?」

「まあ試しにやってみようよ。撮影は僕がやるからさ」

「ふーん。んじゃ合図頼むわ」


 始め。

 合図が来たのでとりあえず壁に向かって走り足をかける。

 正直登るも何も無いような高さなんだが、動画の感じだと捻ったり飛んだりするのが面白いのか?

 壁を踏み台に垂直跳躍。とりあえず膝を抱えて球みたいにくるくる回って、いい感じの高さになったら足を伸ばして塀の上に着地。体育の授業で習ったロンダートから後方倒立回転跳び、足が下のタイミングで大きく跳ねて、また膝を抱えてくるくる回りながら地面に着地。


「どう?」

「メイジくん凄い。よくそんなことできるね」

「練習すれば誰でも出来るんじゃね?」

「まあそりゃ……いや、どうだろう?」


 お互いに首を傾げる。

 確認したところ動画は着地まで撮れたらしい。自分の動きを第三者視点で確認するのって、何か物凄く変な感じだ。


「これ稼げるか?」

「イケるとおもうよ。このクオリティで動画を上げ続ければかなりの再生数稼げるんじゃないかな」

「うーん。折角だし、もうちょっと面白い奴撮ろうぜ」

「えっ、いいけど、何をするの?」

「MARUTOのエドテンの真似」


 漫画を読んで結構練習したから、実はこの物まねには自信があるのだ。

 もうちょっと広いところがいいかなと、校庭の端に移動する。


「じゃあ撮影よろしく。いくぞー」


 エドテンというのは、MARUTOという漫画の中に登場する忍術だ。雑誌って凄いし漫画って凄いよな。魂を呼び出して肉体に縛り付けて言う事聞かせるなんて、凄いこと考えるよな。お話の中とはいえ、これこういう術が本当にあったからお話になってるんだよな……俺にはそんなこと出来ないので棺桶っぽいものを地面からせり出させる所までだ。

 えーと地術だから、オド、イル、メ、カイ、カイ、ゼン、と。

 印を結んだら術の発動に必要ないけど、それっぽく地面にぱーんとして発動!

 ゴゴゴと背後にそれっぽいものが出てきたところで


「エドテンの術ぅ~」


 しわがれ声で言ってやれば完璧だ。どうだ決まっただろ。

 ん? なんだ? タケシってば口あいてるぞ。ちゃんと動画撮れてるんだろうな。


「メイジくん。やっぱり君、面白いよ」


 そういったタケシの瞳はキラキラ輝いていたような気がする。

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