隣の女子が性奉仕係に任命された

バリ茶

第1話


「なぁ。おまえ性奉仕係って、もう使った?」


 よく晴れたある日のこと。

 窓から差す暖かな日差しを感じながら、教室でコンビニ弁当を貪っていると、昼食を共にしていたクラスメイトから何の気なしにそんな質問を投げかけられた。

 本当にただ世間話を振るように聞かれたその言葉の意味を、白米を咀嚼しながら考える。

 性奉仕係。

 性奉仕係──うん。

 ……うん。

 なんだっけか、それ。


「おーい、柏城かしわぎ?」

「ん」

「何だよ、やっぱ聞こえてんじゃん。で、どうなん?」


 どうなん、と言われても。

 このクラスメイトの男子の態度からして、コレが至って普通の問いかけだということは察しがつくのだが、困ったことに俺の記憶領域には"性奉仕係"という単語が引っかかってくれるような過去が残されていない。

 少なくとも昨日までは聞き覚えのない言葉だったはずだ。

 ここ最近は高校へ行って授業受けて家に帰って、ゲームやって寝るという変わり映えしない毎日を送っていたため、新しい情報を仕入れる機会が少なかったのは事実だ。

 しかし仮に性奉仕係などという意味不明なパワーワードを耳にしていたなら、否が応でも印象に残っているはず。

 ここまで頭を捻っても思い出せないのであれば、そもそも知らないという可能性が高い。


「……」


 ゴクン、と咀嚼していたものを飲み込む。

 それまでに様々な思考が駆け巡ったが、結局答えは出ず俺は黙ったままだった。

 そんな様子を前に、彼は怪訝な表情で首をかしげる。


「どした? 急に会話ができなくなったな」

「……いや、おまえの日本語がおかしいだけだろ。なんだよ性奉仕係って」

「えぇ?」


 まるで俺がおかしな発言をしたかのような雰囲気だ。

 性奉仕係などという日常ではまず聞かないであろう単語を投げかけられた人間としては、徹頭徹尾まともな反応をしているはずなのだが。


「マジで言ってんの」

「その言葉、そのまま聞き返していいか?」

「うえぇ……どうしたんだよ柏城。──あっ、そっか。二週間前の全校集会んとき、おまえ休んでたもんな」


 彼の反応は解せないが、二週間前の全校集会、という部分は俺にも分かる。

 記憶が正しければ、別にその日は休んでなかった。

 たしか、話の長い校長がいつも通りためになるようでならない話題を語りつつ、最近は暗い時間帯に変な服を着た不審者が続出してるから寄り道せずに帰るように、といった内容の会だったはずだ。

 そもそも俺と彼は全校集会のときは隣同士。

 加えて教室へ戻る途中に『でも寄り道して帰りたいよな』なんて集会の内容を思い出しながらの会話すら交わしたはずなのに、なぜか彼の中では俺が欠席したことになっている。

 もしや別の誰かと勘違いしているのだろうか。


「ほら、先週からウチの学校でも施行されたじゃんか。性欲処理奉仕係」

「性欲処理奉仕係……?」

「そう、性欲処理奉仕係」


 性欲処理奉仕係。

 ……。

 …………?

 

「なにそれ……」

「お前マジか」


 その名称を省略して性処理係と呼んでるんだろうな、ということしか理解できなかった。

 性欲処理奉仕係イズ何。

 成人向け雑誌に出てくる淫猥なワードかなにか?

 少なくとも大勢の生徒が一堂に会する教室の中で、当たり前のように発していい言葉ではないことは確かだ。


「ニュース見てないのか? そうじゃなくても、SNSとかで流れてくるだろうに」

 

 なんで俺が常識を疑われてる空気なんだ。

 妙な発言で公序良俗に反することをしてるのはそっちじゃないのか。

 普通こっちが糾弾する立場だろう。


「放課後にニ号棟の一階行ってみろよ。予約が埋まってなけりゃ使えるはずだぞ」

「はぁ……」


 言われるがまま、流されるがままに時は流れて放課後。

 グラウンドで大きな声を張り上げている野球部を一瞥しつつ、理科室や部室が点在している二号棟に足を運んだ。

 ここに答えがあるとのことだが、せっかくならこちらへ赴く前に概要を教えて欲しかった。

 情報を知るために所定の場所に向かわないといけないなんて、そんなRPGみたいなことしなくても──


「あっ」


 性処理室、という表札を発見して足を止めた。

 一般的な公立高校ではまず目にすることが絶対にない単語の羅列だ。

 例の淫猥ワードの大元はこの部屋だと見て間違いないだろう。

 それにしても、性欲処理奉仕係、とは。

 いつからこの学校はこんなトチ狂った部屋を作っていたのだろうか。

 出席したはずの全校集会で俺をいなかったことにするクラスメイトや、この突如湧いて出てきた性欲処理奉仕という奇妙な概念といい、違和感が拭いきれない。

 俺の記憶がおかしいのか、もしくは世間知らず過ぎたのか──何もわからない。

 ので、進む。

 一旦この部屋に入れば、違和感の元凶を知ることはできるはずだ。


「……本日の奉仕は終了」


 部屋の中は机と椅子が一つずつ。

 その机の上に紙が一枚貼られており、今日の奉仕活動が終わったという旨の内容が記されていた。

 教室内は無人。

 答えはおろか説明してくれる人間すら不在の状況は、まさに無駄足という言葉がよく似合った。

 性欲処理奉仕というくらいだから、何か間違いでも起こるんじゃないか、などと良からぬ心構えをしていたバチが当たったのか、今回の調査は徒労で終わってしまったようだ。

 結局何も分からなかった。

 軽くため息をつき、教室を出ていく。

 ここに留まっていても意味はないし、明日改めてあのクラスメイトの男子に概要を質問しよう。

 わざわざこの場所へまた移動するのも面倒だ。

 とりあえず今日はもうこの事は考えないことに決め、駐輪場から自転車を出して寄り道せずまっすぐ自宅へと帰っていった。

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