第278話 なにも感じない



 ……あれは、誰だろう。


 ノットの背後をとり、体当たり……もとい抱きついた女性。獣人、か。見た感じ、ノットと同じくらいの年齢だろうか。それに、顔見知りの様子。


 ただ、どういう関係なのかはわからない。仲間……というわけではなさそうだが、敵対しているわけでもなさそうだ。少なくとも、あの獣人は。多分。


 というのも……離れているせいもたるんだろうけど、あの獣人がなにを考えているのか、まったく読めない。ノットに対する懐かしさ……それだけは、確かに感じるのだけど。


 他の感情を、感じない。嬉しさも、悲しさも、怒りも……なにも。


 どうしよう。二人がどんな関係か知らないけど、なんかノットは動く様子がないし、このまま二人もろともに攻撃してしまおうか。あの獣人が誰であろうと、私にとっては関係ないし。


 なにを話しているかよくわからないし、興味もないけど……話に夢中になってる、今のうちに……



「で……そっちの誰かさんは、誰なのかなぁ?」


「っ……!」



 攻撃をくらわせてやる……そう、思っていたところへだ。急にあの獣人が、こちらを向いた。ノットにだけ向けていた顔は、なんの前触れもなく私の方を見て……


 目を見開き、じっと……私を、見る。どうしてだろう、ただそれだけなのに……どうしようもない、恐怖とは別の、恐怖と似た感覚を覚える。


 獣人の、その目は……世界に絶望した目、か? 私はこの世界に戻ってきてから、自分の顔をそんなに見ていないけど……私もあんな目をしているのか、というくらいには、世界そのものをどうでもいいとでも思っているかのような目だ。



「私は……」


「そういえば、さっき、ノットを殺そうとしてたよねぇ。それって……」


「……くっ」



 このまま話をしていたら、なんだか相手のペースに呑み込まれてしまいそうだ……だから、私は指パッチンをして、獣人へと炎を放つ。


 あいつが何者かは知らないけど、ただ者の雰囲気ではない。こちらに危害を加えられる前に排除しておいた方がいい。もしこの炎が効かなかったら、別の手段で……



 ボゥッ



「っ……かふっ……」


「あれ……?」



 あの得体の知れない雰囲気。それとは対称的に……あっさりと炎を受け、獣人は倒れる。あれ、てっきり……あの異様な佇まいから、大抵の攻撃は通用しないくらいに思っていたのに。


 体が燃え……というより、爆発した彼女は、口から煙を吐きながら……倒れる。なんで、爆発……? いや、正確には、燃え上がった炎が、そのまま燃え広がるではなく爆発した、だ。



「ろ、ローニャ……」


「あふっ……げほっ、うぇ……」



 ローニャと呼ばれた獣人は、私がやっといてなんだが、見ているのもつらいくらいにぼろぼろになりながらも……ゆっくりと、立ち上がっていく。


 炎は燃え広がらなかったとはいえ、あの爆発をまともに受けて……立ち上がるのか? たいして丈夫そうな体じゃないし、それに魔力で防いだ、なんてこともしていないのに。



「っはぁ……今の、痛かったよ……多分。でも、ね、意味ないんだ私には。もう痛いのも、苦しいのも……そういうの、なにも感じないんだ」


「……」



 ……ローニャがなにを言っているのか、よくわからない。痛いのも苦しいのも、なにも感じない? そんなことが果たして、あるのだろうか。


 どんなに鍛えても、痛いものは痛いし、苦しいものは苦しい。はずなのに……その言葉には、妙な説得力がある。


 なにより、それを聞いたノットが、青ざめている。やはりあの二人、なにかあるんだ……



「お前……なにが、目的だ。ここで再会したのは、偶然だろう。けど……私を、どうしたいんだ。恨んでないとは言ったが……言っとくが、私はあの時あんたを見捨てたことを、詫びるつもりはない。なにをすれば罪滅ぼしになるとか、そんなことを受け入れるつもりもない。再会して混乱してたが、もし私の邪魔をするなら、あんたを……」


「だぁかぁらぁ、違うんだってば。ノット、私はね……言ったよね、ノットを恨んでないし、今幸せだって。言ったよね?」


「……じゃあ、なにがしたいんだ」


「また、昔みたいにさ、二人で、一緒に過ごそうよ」


「は……?」



 ……二人がなにを話しているか、さっぱりわからないが……なんだ、この違和感は。


 ローニャのあの目……目が、泳いでるっていうか。焦点が、定まっていない? 話の順序が、まるで立っていないようにも、感じる。


 それに、炎を放った私は、もうすでに眼中にないようだ……



「お前、なに言ってる……?」


「そんなにおかしなこと、言ってるかなー? 昔みたいに、二人で一緒に、ね? 今こ私の飼い主様なんだけど、いい人、なんだよ。ノットもきっと、気に入ってもらえるよ。右腕がないし体は所々凍傷の痕があるけど、そういうの、気にしない人だから、ねぇ?」



 ただ、ノットだけを見て……自らのぼろぼろの体も気にした様子はない。ない、が……



「あぁ、でも……せっかく日々お手入れしてきたのに、体をこんなにされちゃって。ちょーっと、傷つくなぁ」


「っ!」



 痛みや苦しみより、体を傷つけられた……その事実を確認するように、ローニャは自らの体を撫でる。多少なり火傷もしているはずなのに、痛がる素振りもなく。


 なん、なんだこの女……



「お前……もう、私の知ってるローニャじゃないな。完全に、おかしい」


「あは、おかしい? ノットがそれを言うんだ? 私を見捨てた、ノットが」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る