第213話 氷の攻防



 金属がぶつかるような、鈍い音。しかしそれは、わずか数回で終わりを迎える。



「よっ、と」


「ぅ、おっ……離せ!」



 ユーデリアの、額から生えた氷の角を掴み、軽々持ち上げる師匠。いくら体格に差があるとはいえ、獣状態のユーデリアを、片手で持ち上げるなんて……


 ユーデリアはまだ十二歳……氷狼にとってそれがどれほどの年齢なのかはわからないが、人間で言えばまだ子供だ。相応に小さいし、それは獣型でも同じこと。過去に見た、大人の氷狼とは大きさが一回りも違う。


 とはいえ、片手で持ち上げられるほど小さいわけでもない。それでも、あの男にとっては軽々、行うことのできる行為なのだろう。



「く、そっ……離せこの!」



 暴れるユーデリアだが……そもそも、あの角はかなり冷たいはず。触ったことはないけど。


 あの角に突き刺された人間が、絶命するよりも先に氷付けになった……その光景を、いくらも見てきた。


 あの角は、決して素手で触れるものでは、ないはずなのに。



「離せ、か……断る!」



 ガンッ!



「くはっ……!」



 持ち上げられたユーデリアが、地面へと思い切り叩きつけられる。いくら獣型になっているとはいえ、無防備なところにいきなり叩きつけられたんだ……あれは、痛い。


 しかも、後頭部からいったな……藍色の毛が、じんわりと赤く滲んでいるのが、わかる。



「ほらほら、しっかりガードしないとな!」


「くっ、ぅう……!」



 地面に叩きつけるのは、一回では終わらない。二回、三回……何度も、何度も叩きつけていく。痛々しい音が、響く。


 しっかりガード、とは言うが……獣型なため人型である腕は前足部分。そこで後頭部をガードするのは、少し難しそうだ。獣じゃない私には、よくわからないけど。


 とはいえ、人型になればこのダメージは耐えられるものではないだろう。体毛がある分、防御力は人型よりも高そうだ。


 高そうだが……放っておいて、いいものでも、ない!



「ぐっ……」



 動こうとすると、痛みが、走る。痛い、痛い……でも、仲間じゃないとはいえ、このままユーデリアがなぶり殺されるのを、黙って見ているつもりも、ない!


 コアはとりあえず、命に別状がない段階までは、治した。後は自分といきたいところだけど、そのためにはダメージが深すぎて魔力溜めに集中できない。


 ……はは、自分の傷を治すために回復魔法を使いたいのに、自分の傷の痛みが原因で回復魔法を使えないなんて。矛盾、どころの問題じゃない。てんで役に立ちやしない。


 ……それとも……私が、変なのか? おかしいのか? 普通ならこうはならないのか? 私は、普通の魔法使いじゃない……だから、魔法もただ感情に任せて、使うことしかできない。今までうまくいってたのは、ひとえにその威力の高さからだ。


 もしかしたら、自分自身の回復に、もっとうまいやり方があるのかもしれない。でも、私はその、うまいやり方を知らない。


 だから、まあ……結局のところ、今この状態から、体を治せる方法を、知らない。



「くっ……」



 こんなことなら、エリシアに魔法の使い方っていうか、どんな感じで使うのかを聞いておけばよかった。もちろん、一度目の召喚の時間帯でだ。二度目のあの殺そうって場面で、のんきに聞けやしない。


 そもそも、エリシアの魔力を奪い取るなんて予想もしなかったし。



 ベコッ



「っつ……!」



 おっと……こんなことを、考えている場合じゃない。ユーデリアはユーデリアで、ダメージを最小限に抑える努力はしているようだ。


 前足を腕のように動かし後頭部をガードし、冷気により地面に衝突する部分を凍らせている。つまり、氷の鎧だ。氷の鎧を腕や後頭部に着ることで、ダメージを最小限に抑える。


 地面に叩きつけられる程度のダメージだ……分厚い氷ならば、普通に考えれば防ぐことができる。そう、普通に考えれば。



「ぐ、ぅ……!?」



 ……地面に叩きつけられる力、それが普通ではない。


 分厚い氷の鎧は、たった一度だけ地面に叩きつけられただけで砕けていく。氷を張る時間よりも地面に叩きつけられる感覚の方が早く、ダメージを防げていない。


 あれじゃあすぐに、深いダメージを刻まれてしまう……



「いい、加減に……しろ!」



 ……そうなる前に、ユーデリア自身が行動を移す。地面に叩きつけられる直前……一瞬、凄まじい冷気を放ち、周囲のものを一瞬にして凍らせる。


 ユーデリアに触れていた師匠も、もちろんのこと。すると当然、凍った人間の動きは止まるわけで。


 その隙を、ユーデリアは見逃さない。



 パキンッ……!



 ユーデリアの掴んでいた、その師匠の手を、折って……逃れる。


 ユーデリアも、やられてばかりではない。が、その直後、氷付けになっていた師匠の氷は、パリンッと剥がれていく。



「ぅー? 今、一瞬意識が……」


「っ、ぜぇ、はぁ……!」


「うぉっ!? 俺の右手がない!?」



 氷付けのまま、右手首から先が折れた師匠。師匠の手から逃れ、ひどく消耗した様子で人型になるユーデリア。


 今の一瞬で、すごいやり取りが……



「あー、なんてことを……でも、痛くない? それに血も出てないぞ。不思議なこともあるもんだなー、怖い怖い」



 あっけらかんと、手が消えたことを受け入れているあんたの方が、よっぽど恐ろしいよ。

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