第212話 生き返ったその理由はなんだ



 私は、大切なものをとっくに失っている。というか、むしろ大切なものを失ったから、この世界に戻ってきたのだ。


 大切なものを失ったから、大切なものを奪ったこの世界に、復讐しているのだ。



「あん、たには……わかん、ないよ……」


「ほーぉ、まだ意識を保ってるのか。やはりお前はすごいな。はは、俺に魔法が使えれば、お前の体を治してちゃんと殴りあいたいものだな!」



 自分で、私をこんな風にしておいて、なにを……!


 とはいえ……ちゃんと殴りあったとしても、結果は変わらなかったと、思う。今の、この現状を招いたのは、ユーデリアが殺されるのを防ぐため、割り込んだから、だとはいえ……


 純粋に、殴りあっても……結局、こうなっていたとは、思う。少しは善戦できたか、どうかの違いで。


 私の力じゃ、まだ、この人には……



「ま、仕方ない……お前ら、まとめて殺してやる。せめてもの情けだ」



 まとめてあの世に送ってやる……か。いや、この世界に、あの世なんてものがあるのかは、わからないが。


 とにかく……このままじゃ三人……いや二人と一匹もしくは一人と二匹、みんな殺されることに、変わりはない。


 けれど、万全でも難しいのに、今私は痛みになんとか耐えている状態。ユーデリアも押されている。たった一人の相手に、勝つビジョンが見えない。


 見えない……としても、やるしか、ない……!



「はぁ、はぁ……く、ぅ……!」


「おぉ、いい目だ。どんな状況でも諦めるな……そう、教えたもんな」



 諦めるな……ね。確かに、言われた。けれど、まさか師匠相手に、こんな状況になるなんて、思いもしなかった。


 師匠は死に、私は一度は元の世界に戻った。本来、もう交わるはずのなかった、関係だ。それが、私はこの世界に復讐のために戻り、師匠は生き返った。


 ……生き返った、のだ。生き返ったことに感謝……確かにそう言っているのを、私は聞き逃して、いない。ぼんやりする意識の中でも、しっかり聞いていた。


 生き返った、とは。まさか自然に生き返った? そんなわけ、ない。この世界が、いくら魔法や呪術といった、ファンタジーに溢れた、世界とは言っても……死体が、勝手に動くどころか生き返るなんて、あるはずがない。


 しかも師匠は、死体も残って、いない。そんな状態から、ひとりでに復活するなんて考えられない。


 なら……あと、考えられるのは……誰かに、生き返らせて、もらった。そう考えるのが、自然だ。


 もしかしたら、その人物に、私やユーデリアを殺すよう、仕向けられたのかもしれない。ま、師匠の性格からして、誰になにを言われなくても、私を止めようとは、しただろうけど。


 師匠の性格は、今は置いておいて……何者かが、師匠を、なんらかの手段で生き返らせた可能性が、高いってことだ。いったい、誰が。いったい、なんのために。いったい、どうやって。それも、死体が、ない状態から。



「……禁術……」



 聞いたことのある言葉を、自然と呟く。人を生き返らせようとするその行為自体を、禁術と呼ぶと。もちろん、成功した、しないを問わず、それを実行しようと考えた時点もしくは行為を行った時点でだろう。


 考えただけ、というのは、言ってしまえば誰もがやることだ。おそらく後者だろう。


 何者かが、その禁術とやらに踏み込んで、死者を生き返らせた……



「ぐっ、このバカ力め……!」



 今もユーデリアが冷気により、師匠を足止めしようとしているが……やはり、効果は、ない。


 死者が生き返る……それじゃ、まるでゾンビだ。ゾンビなんてこの世界では、見たことがないし、私の知識でも物語の中の、存在だ。


 ただ、生き返ったとはいえ、結局は死体……冷気には、弱いイメージがあったんだけど……そんなことは、まるでない。生前の、動きそのままだ。


 バカげた動き、そのままだ。



「はは、バカの一つ覚え……そんなんじゃ、俺を止められないのは、わかったろう」


「ちっ……わかってるよ。だけど、ここでお前なんかに、殺されるわけにはいかない! ボクは、ボクの目的のために……!」



 ……ユーデリアの、目的。それは、私とほとんど似たようなものだ。自分のことを奴隷とさせた、この世界への……復讐!


 それがユーデリアの目的であり、同じ目的を持つからこそ私と行動を、共にしている。ユーデリアは、自分が奴隷となってしまった……いや、そんな運命を作ったこの世界を、憎んでいる。


 だから、ユーデリアはこんなところで死ぬことは……考えていない。



「ほぉ、目的ねぇ……そのためには、誰を殺してなにをしてもいいと?」


「もともと、それが目的と繋がってるからな!」


「なるほど……なら、お前は俺をここでどうしても殺したいし、俺はお前をこのまま放置できない。そういうことだな?」


「そうだ、な!」



 ガギンッ……と、再び鈍い音が響く。飛びかかったユーデリアが振るう氷の角と、師匠の腕とが衝突した音。


 普通に考えれば、あの氷の角で切られたら、腕で受け止めることはおろかスパッと切られてしまう……普通に考えれば。


 その普通が、このししょうには通用しない。ただでさえ普通じゃない男が、普通じゃない存在となってここに立っている……手強い、どころの問題じゃ、ない。

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