第6話 異世界召喚されちゃった?



 ガタタッ、ドタッ!



「うわわ、遅刻遅刻!」



 その日私は、いつもの時間に起きるはずが……珍しく寝過ごした。目覚ましはセットしていたはずなのだけど、実はセットできてなかったか知らずに切っちゃったか。


 とにかく、目覚まし音を聞き逃し、寝過ごした。なので大慌てで、学校に行く準備をしていた。いつもは時間をかけて手入れする髪も、ちゃっちゃと済ませることにする。制服に腕を通し、慌てながらリビングへと駆ける。


 いつもは私より遅く起きてくるあこは食卓に座り、パンを頬張っていて。すでにお父さんの姿はなく、お母さんは洗濯物をたたんでいた。



「あら、珍しいじゃない。こんな時間まで寝てるなんて」


「そう思うなら起こしてよぉ!」


「甘いよお姉ちゃん、いつまでも起こしてもらえると思ってないほうがいいよ」


「それいつも私が言うセリフ!」



 くそぅ、たまたま私より起きたのが早かったからって、どや顔をしおってからに! 正確にはあこが早かったんじゃなくて、私が遅かったんだけどさ!


 いつもなら時間に余裕があるためゆっくり支度するけど、今日はそんな余裕はない。着替えは済んでいるから、まずは顔を洗わないと。ああもう、こんな時に限って寝癖があちこちにあるんだから!


 なんでこんなに、焦っているかって? それは、私は今まで学校で、無遅刻無欠席記録を更新しているからだ。だから、寝坊なんかでそれを途絶えさせるわけにはいかないんだ!


 いつもは念入りに顔の手入れなどを行うが、今日は簡易に済ませるしかない。最悪、学校で休憩時間に人目を盗んで、手入れするか……!



せわしないわねえ。でも、朝御飯だけは食べていきなさいよ」


「わかってるよぉ」



 どんなに慌てていても、朝御飯だけはきっちりと食べる。それが我が家での決まりごとの一つだ。時間に遅れそうだろうが、ダイエットをしていようが、バナナ一本であろうが食事はする。


 朝御飯を食べないと、一日の力が出ないからだ。



「いただきます!」



 今日はパンで、助かった。しかもあんパン、比較的食べやすい大きさ。それを口の中に押し込み、牛乳で喉の奥へと押し込んでいく。



「ごくっ、ごくっ……ぷはっ、ごちそうさま!」


「はや!」



 パンを一気に流し込んだせいか、少しお腹がもたれる。……でも、そんなこと言ってられない。せっかくパンを流し込んだのだ、直後に足踏みはしていられない。



「やれやれー。おねーちゃん、私より年上なんだからしっかりしてよね」



 忙しなく動き回る私に、追い打ちをかけてくるあこ。今私が超絶慌てているのは見ればわかるだろうに、これ見よがしにのんびり、そして愉快そうに話しかけてくる。


 おのれ妹め……明日から、私が早く起きても起こしてあげないんだからね!



「あははは、杏、あこを見習うなんてことがないようにしないとね?」



 洗濯物をたたみ終えたお母さんも、次なる行動に移りながらも愉快そうだ。二人とも、私が寝坊したのがそんなにおかしいか。



「ったくもう……はぁ、じゃ、行ってきます!」


「んん」


「いってらー」



 荷物を背負い、玄関へ。まったく、まさかこんな忙しい朝になるなんて!



「いってらっしゃい、気を付けるのよー」



 最後にお母さんの声を背に、私は家を飛び出す。食べたばかりで走るのはよくないけど、今は緊急事態だ。多めに見てほしい。


 朝からダッシュは堪えるけど、間に合わせるためには仕方ない。それに、こうして朝から走ることで、目を覚まさせる効果とダイエット効果があると考えれば悪くない。はずだ。


 そう考えるだけで、いつもの通学路も、まるでいつもと違うような景色に感じられて……



「……え?」



 ……足元が、光る。それがなんなのか……確認する間もないほどの速さで、光は私の体全身を包み込んでいく。


 謎の光によりいつもの通学路は、本当に違う景色へと姿を変えていき……まばゆいばかりの白い光は、私の視界を真っ白につぶしていく。


 目に見えていた風景も、聞こえていた鳥の鳴き声や車の騒音も、なにもかもが……一切の情報が消えていき、世界が変わっていく。



------



 ざわざわ……



『おぉ、本当に……』


『召喚なされたぞ。ということはあの方が……』


『しかしまだ子供ではないか? しかも女だ』


『女子供かどうかはこの際関係ないだろう』



 ……次に私が得ることが出来た情報は、音。いや、この場合声と言ったほうが正しいだろう。それも一人や二人ではなく……複数人の声。男も女も、若い声も年寄りの声も、とにかくたくさんいる。


 なにが起こっているのか……それを確認するために、まずは視界の確保だ。まぶしさから閉じていた目をそっと開けていく。


 すると、そこには……



「……なに、ここ……」



 さっきまで通学路を走っていたはずなのに……ここは部屋、だろうか。しかも、少なくとも私の知ってる部屋じゃない。内装的な意味だけじゃなく、広さ的な意味でも。


 だって、ここには見た限り三十は人がいる。私を囲うように、それも、一定の距離を置いて。こんな大人数が入る部屋なんて、私の家の中にはどこにもない。


 室内は暗い。なのに、なぜか私の視界は青白く光っている。……いや、正しくは、私の足元が光っているんだ。それが、視界に光を与えてくれている。


 足元を確認すると、白い線が円状になるようにして、地面に描かれている。


 なんなんだろう、ここは。なんなんだろう、この状況は。こんな意味不明な事態に陥ったとき、かわいらしく悲鳴でも上げて取り乱すのが女の子らしいのかもしれない……けど。


 すごいな。人って、本当の本当に驚くことに直面すると、声が出ないし動けなくもなるんだ。



「……ここ、どこ……? わたし、今から、学校……」


『おぉ、なにか喋っているぞ』


『しかし、なんと言っているのか。誰か、言語がわかる者は?』



 なんとか絞り出した声。それは、ここにいる人たちには聞こえたようだけど……意味が、伝わっていない。私も、あの人たちがなんと言っているのかわからない。


 これって外国語? 言葉が、わからない。……それとも……いやいやありえないでしょ。でも、まさかだけど、この状況ってもしかして、さ……



『心配ない、うろたえるな』


『おぉ、王子』



 ふと、周りがざわつく。なんだろう……なんか、すごく偉そうな服着た人が、なにか喋っている。



「……そろそろ、こちらの言葉がわかるころかな?」


「えっ……あ、あれ」



 先程まで意味不明だった言葉が、急に意味を持って聞こえてきた。そして、私の目の前には、偉そうな服着た人……一人の若い男の人が立っていた。


 うっわ、よく見たら超イケメンじゃん。



「召喚に伴い、異世界の言語を互いに理解できるか、不安だった者もいるだろうが……彼女には今『言語理解』の魔法をかけた。これで、我々の言葉が彼女の中の、馴染みのある言葉として変換される。逆もまた然りだ。彼女の発した言葉は、この世界の言葉として我々に届く」


「おぉ、さすがは王子」


「意思疎通が図れますな」



 目の前のイケメンは、周りの人たちから『王子』なんて呼ばれている。よく見れば、周りにいるのは比較的には老人の割合が多い。


 王子と呼ばれているイケメンは、召喚とか魔法とか、意味不明なことを言っている。


 ……いや、意味が分からないわけじゃない。むしろ、この状況に対する疑問が、確信に変わりつつある。今時の若者であれば、一度は憧れるんじゃないだろうか。


 ……つまり、この状況は……



「あ、の……ここ、って……」


「ん? あぁすまない。キミをほうって話を進めてしまった」



 この、状況は……



「ボクの名は、ウィルドレッド・サラ・マルゴニア。このマルゴニア王国の王子だ。キミを、キミの世界……私たちにとっての異世界から召喚した者だ。逆に、この世界はキミにとっての異世界ということになる」


「……へえ、そう、ですか」



 やっぱり……ラノベとかアニメでよく見る、異世界召喚だぁあ!?

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