第19話.マザコン

ホークの隠れ家への調査が終了して数ヶ月たった。ホークだけでなくヴォルグの方まで、ここ最近は暴れ始め忙しい日々に追われている。そんな中、ロザリアが故郷のリルム村に帰郷するっていう話が出た。

「えっかぁさん、ひとりで村に帰るのかい?」

「そうだよ、リュート。かぁさんしばらくリルム村に帰るからしばらく会えなくなっちゃうけど、大丈夫かい?」

「大丈夫かって、俺はもう子供じゃないって」

「何言ってんだよ、私からしたらあんたは幾つになっても大事な子供だよ。」

ロザリアの親バカぶりは健在のようだ。しかし、リュートもそんなロザリアの対応を恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに聞いている。いつもであればリュートかストーンのどちらかがついていくのだが、今回はあまりの激務でついていく余裕などなかった。リュートの心配をよそに、ロザリアは何事もない様子で出かけて行った。

「おい、どうした。リュート何か元気ないな?」

リュートのわずかな変化に気づいたのであろうロベルトがそうリュートに質問してきた。

「あっ、いや別に何でもないんだ大した事じゃないよ」

「なんだよ、大したことないって、お前の顔にはそう書いてないぞ?俺とお前も古い付き合いなんだから、遠慮なく何でも言えよ。」

ロベルトの優しい言葉にリュートは思わず、ロザリアの話をしてしまう。

「なんだって…」

リュートの話を聞き、驚くロベルト

「えっ、やっぱりまずかったかな、俺着いてった方が良かったかな?」

「おい、みんな大変だ!!」

「どうした、どうした?」

ロベルトの声を聞き団員達が大慌てで集まり始める。その姿を見た瞬間、リュートは自分のしでかしてしまったことに対し後悔をし始めた。自分は取り返しのないことをしてしまったと…真っ青な顔になりながら、ロザリアのことを心配するリュート。しかし、それは杞憂に終わった。いや、正確には違う意味で取り返しのない事になった…

「おい、みんなここにマザコンがいるぞ、マザコンがァ~!!」

集まってきた団員達にロベルトとがそう言い放つ。最初はロベルトの言っていたことが理解できなかった団員たちだが、ロベルトの話を聞くうちに皆がリュートの事をマザコンと言い始め笑始めた。本来であればそんなに面白い話題ではないのだが、盗賊とのいたちごっこでストレスの溜まってる団員達にとってはいいストレス解消だったらしく。リュートのマザコン説はまたたくまに広まった。


その日の午後、王宮内を歩いているリュートがエリザ姫を見かける。エリザ姫もリュートを見かけると、上機嫌で駆け寄ってきた。

「リュート様、ごきげんよう」

「あっ姫、わざわざありがとうございます。」

エリザに声をかけられ、頭を下げるリュート。今日はロベルトや仲間たちにからかわれ散々な日だったが、エリザ姫に会えた事でその気分も全て吹き飛んだ。

「あの…その…」

そんなリュートの顔を見て、エリザ姫がなにやらモジモジし始めた。頬は赤く染まり、リュートのことを恥ずかしそうに見ている。その顔を見ている内に、リュートもなんだか恥ずかしくなり、お互いモジモジし始めた。

「リュート様?私思うのですが…」

「はい、姫様なんでしょうか?」

姫の言葉を聞き、緊張するリュート。2人の緊張が最高潮に達した時に姫が発言する。

「お母様の事を大切に思うことは、わたくしいい事だと思いますわ?」

「はっ?」

あまりの一言に固まるリュート。時間にすれば僅か数秒だが、リュートにとってはとてつもなく長い時間であった。我に返り、エリザ姫の方を見ようとしたその時、その横で肩を震わせ顔を伏せているサラが目に入った。

「ロベルトの野郎…」

リュートの口から思わず出たのはその言葉だった。その言葉を聞いた瞬間、サラが我慢の限界に達したのか、ププッと息を吹き出しながらさらに震え始めた。

「こら、サラ!リュート様に失礼でしょ?!」

「で…ですがひ…ププっ」

サラは我慢できなくなったのであろう。隠す事をやめゲラゲラと笑い始めた。それにつられ姫までも我慢できなくなったのか笑いをこらえ始めた。

「ププッ…はっ!違うのです。リュート様!!これはサラにつられただけで…」

エリザのその一言を聞き、リュートはその場にいることが耐えられなくなり走り出した。

「あぁ~…姫様、それはまずいですよ…」

走り去るリュートを見て、サラがそう呟く

「何言ってるのサラ!元はと言えばあなたのせいじゃない!!」

「私はいいのですよ。私は…私はリュート様にとってただの侍女、でも、姫様は…」

そう言いながら、深いため息をつきエリザを見るサラ。先程まで爆笑していたのが嘘のようだ。

「もう、もう、なんなの!サラなんかもう知らない!!」

「はいはい、姫様早く行きますよ。」

「もう、サラなんか嫌い!」

プンプンと怒る姫を連れながらサラが歩く


その頃、リュートは騎士団宿舎に向かい、猛スピードで走っていた。


バン!!


勢いよく扉を開け入ってくるリュートに対し、皆が目を向ける

「おっどうしたリュート?」

その表情を見て、声をかけるロベルト

「ロベルトよくも…」

「んっ?なんの事だ?」

「今王宮に行ってきて、エリザ姫に会った…」

震える声で静かにそういうリュート。その言葉を聞き感づいたロベルトがリュートをなだめようと声をかける

「あっいや…違うんだよ…まぁ、とりあえず落ち着けって…」

「お前を殺して、俺も死ぬ!!」

「いや、待てリュート。許せ!」

リュートがロベルトを追いかけ回し、ロベルトが逃げる。何事かと思い皆でリュートを止めるが、我を忘れたリュートの力が凄すぎてなかなか止めることができない。あわや大惨事になる瞬間にストーンが騎士団宿舎に入ってきた。

「何やってんだ、お前ら!!」

その状態を見て喝を入れるストーン

「違うんだよ、父さん!!」

「いや、ストーン様これは…」

「言い訳など聞いていない!貴様らは誇り高き騎士団員だぞ!!」

「でも、父さん…」

「でももクソもあるか!お前ら2人共良いと言うまで外で素振りしてろ!!」

こうしてストーンに止められた2人は、ストーンの許可が出るまで外で素振りをすることになった。お互いに剣を振りながらロベルトはリュートに対し、平謝りで謝罪をしたが、その半笑いの顔を見てリュートは心に誓った。ロベルトの事はもう二度と信用しないと…


リュートのマザコン騒動が立ってから数日経ったにその事件は起きた。

「いや、だからさぁ悪かったって許せリュート!」

「いや、絶対に俺はもうロベルトを許さない。」

先日の件を言い合いながら稽古場に向かう2人。そんなふたりの元にポルカからとんでもない知らせが届いた。

「大変だ!リルム村に盗賊が向かっているという知らせが入った。」

「えっなんだって?!」

ポルカの知らせに驚くリュート

「うちの部隊のメンバーが盗賊が喋ってるのを聞いて、それで急いで王宮に戻ってきたらしい」

「じゃあ、まだ襲われてる訳ではないんだな?」

ポルカの話に対しロベルトがそう答える。

「うん。でも、一刻を争う可能性があるから皆急いで騎士団宿舎に集合するようにって、ストーン様が」

「そうだな、リュートは早く行くぞ」

リュートはその話を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。そして思い浮かんでくるのは、ハトム村の光景…

「ダメだ…絶対にあんなことはもう起こさせない…」

リュートがぼそりと呟く。

「あっ、何言ってんだこんな時に?いいから早く行くぞ!」

リュートの話が聞こえていないのか、ロベルトが強引にリュートを引っ張ろうとしたその時、リュートは駆け出した。宿舎の方に走り出したので、後に続くロベルトとポルカ。しかし、リュートは宿舎ではなく、稽古場の方に向かっていく。そちらの方ではないとう伝えようと後を追いかけるロベルトだから、リュートは稽古場にある自分の剣を持つと、そのまま馬にまたがり、リルム村に1人で向かってしまった。

「あぁ…リュート行っちゃった…どうしよう、ロベルト…」

「どうしようじゃないだろう?1人でなんて死にに行くのも同然だ」

「そうだよね、じゃあ早くこの事をストーン様に伝えに行かなきゃ」

「いや、ストーン様にはお前1人で伝えに行け」

「えっ、じゃあロベルトはどうするの?」

「俺は装備を整え次第、リュートを追う」

「ダメだって、そんなの危ないよ!」

「だからといってリュートほっとけるか!」

必死になって止めるポルカに対し、怒鳴り付けるロベルト。

「とにかく今は2人で言い争ってる場合なんかじゃない。事は一刻を争うんだ。俺はリュートを追う。お前はできるだけ早くこの事をストーン様に伝えてくれ、わかったなポルカ?」

「うん。分かったよ」



リルム村に向かう道中

「かぁさん、かぁさん頼む、無事でいてくれ」

リルム村までの道のりはそう険しくはない。馬であれば1日前後で着く距離である。ただ、盗賊に襲われてる村にとって1日という時間はとても長いものである。実際に数時間遅れただけで人の命が奪われるなんてことはざらだ。そのことを知っているリュートにとっては心休まる時間などない。無我夢中で馬を走らせ、リルム村に向かっていく。



王宮騎士団宿舎にて


「なんだとリュートとロベルトが!」

「ハッ申し訳ありません。」

ポルカは先程の出来事をストーンに伝えた。

「なんていうことだ。あいつら…」

「まぁまぁ、ストーン様今はこのことをいい方向に捉えましょう。これで我々が準備を万端にして出るまでの時間を、彼らが稼いでくれると思えば良いではないですか?」

漠然としているストーンに対して、フォローを入れるハウル。

「そうだな、今はそんなこと言ってる場合ではないな。」

「はい、ですから我々も彼らに少しでも早く追いつけるように、急いで準備に取り掛かりましょう。」

「よし、皆の者。急ぎですまないが、これから準備を整え次第リルム村に向かおうと思う」

「サー!」

ハウルのおかげで冷静を取り戻したストーンは、団員達と共にリルム村に向かう準備を始めた。

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