第92話 運命の会談(前編)


---三人称視点---


 

 会議室内に重い空気が漂う。

 セットレル将軍もその重圧を感じながらも

 己の役割を全うすべく、大きな声で異を唱える。


「我々が本国から三万を超える大軍を派遣したのは、

 ひとえに対帝国本土決戦に向けての事です。

 それが我々は帝国の同盟軍と戦えと申されるのですか?」


 それに対してラミネス王太子は温和な声で応じる。


「そうです、それとこのバールナレス侵攻作戦は

 帝国本土侵攻作戦より重大な任務であります。

 ファーランド政党政府はまだ誕生して間もありません。

 それ故に王国軍の士気や結束力も現時点では不透明。

 そしてこの王都エルシャインが陥落すれば、

 我が連合軍の戦略的構想は全て破綻します」


「……まあ確かにそれはそうだが」


「ええ、ですのでここで後顧の憂いを立つべく、

 セットレル将軍率いる神聖サーラ帝国軍。

 それにファーランド王国軍一万人を加えた

 総勢四万人の部隊でバールナレスを制圧して頂きたい」


「……まあ確かに誰かがその役割を引き受ける必要はあるが、

 私としてはそれ程、見返り……メリットのない戦いに見える」


「いえ見返りはあります」


「……例えばどんな見返りでしょうか?」


 セットレル将軍は、見返りがあると聞くとその態度を軟化させた。

 だがそれもラミネス王太子の予想の範疇であった。

 そして王太子はセットレル将軍を説き伏せるべく、

 彼や彼等が望むメリットを分かりやすく伝える。


「バールナレス共和国は現在竜人族の第一統領のルドラーが統治者ですが、

 我々連合軍がバールナレスを制圧したら、

 我々の手によってバールナレス共和国を分割統治する事になるでしょう」


「まあそうでしょうな……」


「ですが神聖サーラ帝国軍が今回の任務で

 バールナレス共和国を無事制圧出来た際には、

 バールナレスの統治権を総攬そうらんして頂いて構いません」


「な、何ですとっ!?」


 思わず大声を上げるセットレル将軍。

 同様に総参謀長のハーランドも目を瞬かせた。

 ラミネス王太子のこの言葉に周囲の者達も俄にざわついた。

 端的に言えば神聖サーラ帝国にバールナレス共和国を

 自由自在に統治させるという大胆な試みであった。


 流石にそれはやりすぎじゃないか。

 と、内心思う者も多数居たが彼等は慎重に様子を見た。

 だが冷静に考えれば、帝国本土に近いバールナレスの統治権を

 総攬しても、地理的にメリットがある国は思いの他少ない。


 アスカンテレス、獣人の三カ国。

 エルフ族のエストラーダ王国も地理的には、

 バールナレス共和国の統治に向いてはいなかった。


 それにいつ反乱を起こすか、分からない。

 ならばそんな面倒な領土、国は神聖サーラ帝国にいっそくれてやれば良い。


 というのがラミネス王太子の真意ではないか。

 と、王太子の内心を察する各国の首脳部。


「この条件ではご不満でしょうか?」


「い、いや……そんな事はありませぬ。

 ですがその皆様は宜しいのでしょうか?」


 そう言って周囲の首脳部に視線を送るセットレル将軍。

 すると各国の首脳部も王太子の提案に賛同の意を表する。


「私は王太子殿下の提案に賛成するだワン。

 この任務はかなりの労力を要する。

 故に成功した際には、それ相応の報酬を払うべきだ。

 ……と私は想うワン」


「ニャー、ボクも賛成ニャン」


「私も賛成ですね」


 ニャールマン司令官とジュリアス将軍も賛同する。


「私も特に不満はないわ。

 エルネス団長は?」


「わたくしは王女陛下の判断に従います」


「あっそ」


 すると残りの者達も空気を読んで、次々と賛成する。


「我がアームカレド教国も特に不満はございません」


 と、アルピエール枢機卿。


「……我がヴィオーラル王国も王太子殿下に賛成致します」


 これでこの場に居る殆どの者が賛同した。

 でもそこでアルピエール枢機卿が一石を投じた。


「ですが今の戦力では少々心許ないのも事実。

 故に神聖サーラ帝国には、後一万人ぐらいの増援部隊を要請したい」


「あ、それは名案ニャン! ボクもそれが良いと思う」


 暢気な声で便乗するニャールマン司令官。


「自分も賛成ですね、この大決戦に向けて、

 僅かでも戦力が欲しいところ。

 幸いにも神聖サーラ帝国はまだ余力を残した状況であります。

 ですのでこの機に余剰戦力を戦場に投入して頂きたい」


 騎士団長エルネスが静かに同調する。

 するとグレイス王女も「あ、それはいいわね」と相槌を打つ。

 周囲の視線が自然とセットレル将軍と総参謀長ハーランドに向いた。


「……了解致しました、皆様のご要望に応えられるか、

 分かりませんが、私から皇帝陛下に掛け合ってみましょう」


「期待してますよ」


 と、ラミネス王太子。


「……微力を尽します」


 これで一通りの部隊配置は決まった。

 しかしまだまだ話し合うべき点は多々とあった。

 そしてラミネス王太子が新たな話題を振る。


「これで一通りの部隊配置は決まりました。

 ですが相手は「怪物ナバール」率いる帝国軍。

 真正面から戦うのは、我が軍でも厳しいでしょう。

 だから私はこの戦いでガースノイド帝国に対して、

 包囲網を敷いて、軍事的にも経済的にも帝国を疲弊させる、

 という戦略を持って、この戦いに挑みたいと思います」


「うむ、現時点での帝国の両端、そして南部から

 攻め込む陣形ですが、帝国の北部――北エレムダール海を

 封鎖しない限りは、王太子殿下の戦略も使えないですワン」


「ええ、ですが我が連合軍の加盟諸国は、

 海軍の戦力にあまり恵まれてない状況です。

 ですがヴィオラール王国は違います。

 ヴィオラール王国には世界最強の海軍及び艦隊が揃っています」


 そしてラミネス王太子は若き宰相シークを見据える。

 それに釣られて各国の首脳部の視線も若き宰相に向けられた。

 だがその若き宰相シークは、その視線に怯む事なく、

 おだやかに口角を持ち上げて、優雅な口調で語り出した。


「つまり我がヴィオラール王国海軍の艦隊で、

 帝国の北部――北エレムダール海を封鎖せよ、との事ですかな?」


「平たく言えばそうです。

 シーク宰相、お願いできますかな?」


「ええ、構いませんよ。

 というか我がヴィオラール王国は最初からそのつもりです。

 但し艦隊を派遣するにあたって、一つ条件があります」


「その条件を聞かせて頂きたい」


 ラミネス王太子はやや表情を強張らせてそう問う。

 だが若き宰相の出した条件は意外なものであった。


「はい、では我が国が連合軍に参戦するにあたって、

 大きな見返りを求めるつもりはありません。

 但し今度の戦いは「対ガースノイド帝国」というより

「打倒ナバール」という形にして頂きたい」


「……すみません、いまいち質問の意味が分かりません」


「うむ、私にも分からないワン」


 眉根を寄せる王太子と周囲の首脳部。

 だが次にシークが語る言葉で彼等もその意図を理解した。


「端的に申しましょう、私達が戦う相手はあくまで皇帝ナバール。

 そして彼を退位に追い込んだら、

 その後に我が国に亡命中のエルバンス伯、

 いえレイル十六世陛下にガースノイド王国・・を治めて頂きます。

 これが我が国が出す唯一の条件です」


「……」


 若き宰相の言葉にラミネス王太子も思わず黙り込んだ。

 成る程、ヴィオラール王国はそのような腹づもりか。

 だがそれはそれで悪くない。

 ラミネス王太子は短時間でそう結論を導き出した。


「成る程、私個人としては、

 いやアスカンテレス王国はその条件に従いましょう」


「ご理解して頂き、ありがとうございます。

 そう、我等の敵は「皇帝ナバール」であって、

 ガースノイドの民ではありません。

 あの天才的な戦争屋が世に現れて以来、このエレムダール大陸は

 度重なる戦火の余波によって、酷く疲弊した状態にあります。

 このような状況が続く事は統治者も国民も望みません。

 だから「皇帝ナバール」を倒した後に、

 我々がいくつかの手ほどきをして、

 ガースノイドを帝国から王国に戻すのです」


「……王政復古というわけね」


 グレイス王女がぽつりと一言そう漏らした。

 それに対してシーク宰相が小さく頷いた。


「ええ、そうです。

 そうする事によって、ガースノイドだけでなく、

 このエレムダール大陸も再び平穏を取り戻せるのです」


「了解しました、我々、犬族ワンマンももヴィオーラル王国の条件に従います」


「ニャー、にゃらボクも従うニャン」


「我々、兎人ワーラビットもその条件を受け入れましょう」


 シャーバット公子、ニャールマン司令官、ジュリアス将軍も同意する。

 そしてグレイス王女とエルネス団長。

 セットレル将軍と総参謀長ハーランドが目配せした。


「そうね、なら私達エストラーダ王国もその条件で構わないわ」


「……我々、神聖サーラ帝国もその条件で構いません」


「そうだな、サーラ教会としても、

 ガースノイドの王政復古に賛成しよう。

 私から教皇聖下のご許可を取っておこう」


 これでこの場に居る大多数の者が同意した。

 その光景を見ながら、若き宰相シークは微笑を浮かべた。


「では私の方から本国へ書状を送らせて頂きます。

 数週間もすれば、本国から王国海軍の艦隊が派遣されるでしょう。

 そして必ずや帝国艦隊を打ち負かせてみせましょう」


「期待してますよ」


 こうして対帝国の包囲網が築かれようとしていた。

 だがまだ戦いは始まってはいない。

 これで基本戦略は決まったが、戦術はまだ決まってない。

 そしてラミネス王太子が戦術を決めるべく、声高らかに宣言した。


「これで基本戦略は決まりました。

 ですがまだ戦術は決まってません。

 よって今度は基本戦術に関して語り合いましょう」


 ラミネス王太子の言葉に周囲の者達も無言で頷く。

 そしてやや緊張感が高まるなか、

 今度は戦術に関する会議が始まろうとしていた。

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