第51話 蠢く三勢力(中編)


---三人称視点---



 エレムダール大陸の最東部。

 そこは一年中寒さが厳しく、降水量が非常に少ない地域である。

 だがその地域を拠点とする種族が存在した。


 彼等は俗に言うデーモン族である。

 見た目はヒューマンや亜人の竜人族と似ている部分もあるが、

 彼等は伸縮可能な漆黒の両翼を有していた。


 彼等はかつてエレムダール大陸の中心部に住んでいたが、

 ヒューマン族や犬族ワンマン猫族ニャーマン兎人ワーラビットとの戦いに敗れて、大陸の最東部へと追いやられた。


 しかしデーモン族は魔力に長け、高い生命力を有した種族であった。

 そして彼等はその最東部で街や城を築いて、

 ラマナフ大魔帝国だいまていこくを建国した。


 その後、ヒューマンや獣人族と戦争を重ねたが、

 個人主義が強いデーモン族は、

 団結力の高いヒューマンや獣人族相手に苦戦を強いられた。


 するとデーモン族内の結束力も弱まり、

 各々おのおのの実力者が勝手に王や女王を名乗り、

 ラマナフ大魔帝国だいまていこくの周辺にそれぞれの国を築いた。


 そこからはデーモン族同士での争いが続き、

 内乱に次ぐ内乱で一向にデーモン族全体がまとまる気配が無かった。

 そして気が付けば、数百年が過ぎており、

 最終的な勝者はラマナフ大魔帝国だいまていこくとなった。


 その結果、ラマナフ大魔帝国だいまていこくがデーモン族を何とか束ねて、

 魔女帝まじょていドミニクを頂点に立つ存在として、

 デーモン族は再び結束する事が出来た。


 だが既に彼等にはかつての力はなく、

 この冷たい大地でひっそりと過ごす日々が続いていた。

 しかし今回の連合軍と帝国の戦いで、

 ラマナフ大魔帝国の動向が高い注目を集めていた。


 そのラマナフ大魔帝国の魔帝都サーラリアペルグ。

 その南部にあるメルスク川沿いの川岸段丘かがんだんきゅうには、

 アラムレード大宮殿を中心に、大小新旧様々の宮殿が林立し、

 数多の寺院が周囲に立てられ、一つの建築複合体を形成している。


 そして荘厳なアラムレード大宮殿の二階の玉座の間にて、

 魔女帝まじょていドミニクが光沢のある漆黒の玉座に腰掛けていた。

 玉座に向かう赤い絨毯の左右には、

 魔女帝親衛隊の隊員が等間隔で並んでいる。


魔女帝まじょてい陛下、ご報告があります」


 黒い礼服を着た男性のデーモン族がそう告げると、

 ドミニクは玉座の肘掛けに肘をかけ、頬杖をついた。


「何だ、魔宰相パーベル。 申してみよ」


 ドミニクは声も美声だ。

 ウェーブのかかった桃色の髪。

 身長150半ば、白皙、手足は長く、豊満な胸。

 ウェストのラインが綺麗にくびれており、

 身長以外は抜群のプロポーションだ。


 上半身は、黒いチューブトップ。

 両腕には、黒の長めの手袋がはめられている。

 下半身は黒いショートパンツ、

 その両足にヒールの高い黒のブーツという格好。


 女帝というよりかは、小悪魔的な印象が強い。

 だがこう見えて彼女は六百年生きるデーモン族。

 更には実力主義のデーモン族の中でも最強クラスの戦闘力を有している。

 そんな彼女を前にして、魔宰相パーベルが淡々と言葉を紡いでいく。


「大陸中央部の戦いは苛烈が増しているようです。

 サーラ教会とアスカンテレス王国が中心となった

 エレムダール連合軍がガースノイド帝国に対して、

 真正面から戦いを始めたようです」


「ふむ、そうか。 それで戦いの方はどうなっている?」


「……予想に反して連合軍が有利なようです。

 何でも噂によると連合軍には、戦乙女ヴァルキュリアがついているようです」


「……何っ!?」


 ドミニクは戦乙女ヴァルキュリアという単語を聞くなり、柳眉を逆立てた。


戦乙女ヴァルキュリアか、成る程。

 連合軍が帝国軍に対して優勢なのも頷ける話じゃ。

 わらわ達も三百年以上前に戦乙女ヴァルキュリアに煮え湯を飲まされたからな」


「ええ、あの時は苦労しました。

 確かサーラ教会のお墨付きの戦乙女ヴァルキュリアでしたよね?」


 と、魔宰相パーベル。

 だがドミニクは不機嫌な表情でそっぽを向いた。


「そんな昔の事など覚えておらぬ。

 じゃが今回の戦乙女ヴァルキュリアに関しては、

 色々と知っておく必要があるな。

 魔宰相、内地に潜ませている密偵にその辺の事情を探らせよ」


「はっ、それで我々デーモン族としては、どう動きますか?」


「……どう動く? 何に対して申している?」


「……帝国と連合軍の戦いに対してです。

 帝国が勝つにしろ、負けるにしろ、

 その結果、大陸中央部では様々な混乱が生じるでしょう。

 その時に我々デーモン族はどう動くべきでしょうか?」


 パーベルの問いに対して、ドミニクは「うむ」と頷いて思案顔になる。

 パーベルは辛抱強くあるじの言葉を待つ。

 するとドミニクは微笑を浮かべて、凜とした声で叫ぶ。


「まずは様子見といこうか。

 ヒューマン同士で争わせて、奴等の力が失われた所で

 我々デーモン族が介入する!」


「……すると数百年ぶりに他種族と戦うのですか?」


「……と言いたいところじゃが、

 恐らく我々が奴等――ヒューマンと戦う事はないじゃろう」


「……その理由をお聞かせ願えませんか?」


 するとドミニクはややばつの悪そうな表情を浮かべて――


「つい乗りで言っただけじゃ。

 パーベル、お主なら分かるじゃろう?

 この数百年の間、我等デーモン族は内乱に次ぐ内乱で

 デーモン族の力も数も随分と衰退した。

 一応、わらわが魔女帝という事になっているが、

 隙さえあれば、寝首をかこうとする者ばかりじゃ。

 だからもし中央部に我が軍を侵攻させたら、

 魔帝都の周辺の国を治める魔貴族やその眷属達が

 こぞって魔帝都に攻め込んで来るじゃろう」


「……でしょうね」


「嗚呼、わらわが言うのもアレじゃが、

 デーモン族は実力主義の社会に加えて、超個人主義。

 それ故に絶えず同種族での争いが絶えぬ。

 だから我々はこの寒い土地で大人しく暮らすべきなのじゃよ。

 少々寒いがここはここで悪い場所じゃないからな」


 ドミニクはやや気の抜けた表情でそう言う。

 するとパーベルは満足気に「そうですね」と頷いた。


「じゃが何もしないという訳にもいかぬ。

 さっきも言ったが、内地の密偵には「絶えず状況を探れ!」

 という命令を出しておくのじゃ。

 後は帝国の皇帝辺りが我等に救援を求めるかもしれん」


「……その時はどうなさいますか?」


 ドミニクはパーベルの問いに「ふん」と鼻を鳴らす。


「散々勿体つけて、何もせぬ。

 それで良いじゃろう、兎に角、我等は動かぬ。

 それが基本方針で良いじゃろう」


「……畏まりました」


「うむ、では妾は昼寝でもしようと思う。

 パーベル、細かい事は全てお主に任せる」


「……はっ、ごゆっくりお休みください」


「うむ、それではご苦労であった」


 そしてドミニクは親衛隊の隊員を数名引き連れて、寝室へと向かう。

 その姿を見てパーベルは苦笑いを浮かべた。


 ――確かにもう我等にはかつての力はない。

 ――正確に言えばかつての団結力はない。

 ――ならばこの土地で静かに暮らすのも悪くない。


 ――変化など求めてはならない。

 ――それが我等が平和に生きる唯一の道。


 かつてはエレムダール大陸の盟主であったデーモン族だが、

 数百年経った今では、辺境で暮らす一種族と化していた。

 だがそれはそれで幸福かもしれない。


 少なくとも大陸を二分する戦いに巻き込まれる事はないのだから。

 そして大陸の中心部では、

 帝国に打ち勝つため、ヒューマンを中心とした連合軍が再び動き出し始めた。


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