人生に疲れた最強魔術師は諦めて眠ることにした

白崎まこと/ビーズログ文庫

プロローグ

 

 つちけむりう広いこうは戦場と化し、二国間での争いがひろげられていた。

 眼前に広がるこうざんめぐってのこうぼう。そんな争いの中、黒いローブを羽織った一人のじゅつは、おそいくる全てをただ静かに無力化していった。

 氷の矢が降り注げばしっぷうはらい、だくりゅうが襲いくれば全てこおらせる。

 ほのおうずは水の渦にみ込んで、行く手をはばむ大きながんばんはさらさらと砂にかえす。

 後ろでゆるく編み込まれた空色の長いかみなびかせ、むらさきいろひとみで冷静に前をえる。

 ガルジュードていこく最強の魔術師フィオナは、今日も戦場で静かにたたずんでいた。

 息をするように自然にいくつもの魔術を放ち、どんなこうげきが来ようと少しも動じることはない。すずしげな顔でりんと立ち、彼女は今日ももくもくと役目を果たす。

 ここはりんごくであるエルシダ王国で、自分はりゃくだつを試みる敵国の魔術師という立場。

 非道な行いだという自覚はもちろんあるが、彼女は心を押し殺して、あたえられた任務を全うしなければいけない。

 そしてこの場を制圧できるまで、あと少しというところまできた。


 目の前の深緑色のローブを身に着けた十数人、エルシダ王国の魔術師たちを退ければ任務かんりょうだ。そうしたらようやく帰れると、目を細めて大きくいきいた。

 ―――― ねむい。

 フィオナはとにかく眠くてたまらない。

 昨夜、さあようとベッドに向かった直後におうに呼び出され、とあるどうくつにわいたものとうばつわたされて向かった。

 本来なら数人の魔術師とで対応するようなことだけれど、一人でもゆうだろうと単独で向かわされた。

 討伐を終えて帰ってきたのは朝方で、シャワーを浴びてようやく寝られるとベッドに向かった直後、また皇子に呼び出されてしまい任務を言い渡された。

 つまり、いっすいもすることなくこの戦場にされたのだ。

 昨夜だけでなく、彼女はここ最近まともに寝ていない。

 いくら最強だ無敵だと言われても寝不足に勝てるはずはなく、ろくな休息を与えてくれず、次から次へと任務を言い渡してくる皇子へのうらみはつのる。

 自分はこんなにつらいのに、彼はいまごろ、安全なきゅう殿でんゆうくつろぎ、数多あまたの女性をはべらしているのだろう。そう、いつものように。


(……もうやだ。エロ皇子のばか。だいきらい)


 おさえきれないにくしみを心の中でつぶやいたと同時に、彼女の腹部にほどこされた制約のじゅいんは熱を持ち、体にのろいのとげり巡らせていった。


「ぐっっ……」


 全身を襲う強い痛みに顔をゆがめて歯を食いしばる。心の中で悪態をつくことをやめると痛みはじわじわと引いていき、はぁとまた一つ溜め息を吐く。

 何もかもがいやになるけれど、今はとにかく目の前の敵に集中しなければいけないと、何とか気持ちをえる。

 向かいくる魔術師たちは実力者ばかりで、薙ぎ払おうと疾風を何度か放っても、彼らをおおうように張り巡らされた魔術しょうへきのおかげでびくともしない。

 かなりの魔術たいせいを持っているせいえいたちだ。

 できればあまり傷付けたくない。だけど手加減をしていたらせんきょうが長引いてしまう。


(やだなぁ……)


 気が乗らないけれど、さっさとかたを付けないとたおれてしまいそうだ。フィオナは眠すぎてふらりとしながらどうにか集中し、魔力を操作する。

 彼女の右手首で、あわい光を放っているのは金色のうで

 神器と呼ばれる特別なこの道具のおかげで、彼女の魔力はきることはないため、大規模なほうじんを空中にいくつもえがいていった。

 完成した魔法陣は、魔術師たちの頭上で腕輪と同じ金色にひかかがやく。

 これで終われる。やっと寝られる。

 かみなりが雨のように魔術師たちの頭上から降り注ぐことになるが、彼らが死ぬことはないはず。命さえあれば、がすべていやすだろう。

 ぼうぎょで魔力を使い果たし、そのままさっさとてっ退たいしてくれたら、それで任務完了である。

 こちらはもう限界が近いのだ。胸を痛めながらも、早く終わってと切実に願い、魔法陣を起動させた。

 そんな彼女の願いもむなしく、攻撃が魔術師たちに届くことはなかった。

 あおせんこうが全ての魔法陣をき、消し去ってしまったからだ。

 閃光を放ったのは、魔術師たちの後方から歩いてくる黒い騎士服の一人の人物。

 さらりとした金色の髪にするどあいいろの瞳を持つ男。蒼く光るゆいいつけんを持つこの男は、エルシダ王国最強の神器使い。フィオナがばんぜんの状態で対等に戦える相手だ。

 男は後方に白いローブを身に着けた赤髪の男を従え、ゆっくりと歩いて向かってくる。

 足を止めようと彼女がどれだけ魔術を放っても、いくつ魔法陣を描いても、全ていっしゅんで斬り裂かれてしまう。


「……もうやだ」


 眠さでまともに攻撃ができなくなり、男が持つ蒼い光を放つ剣をぼんやり見つめた。


 あのれいな剣にこのままスパッと斬られたら、楽になれるだろうか。

 この男を退けて帝国に帰ったところで、終わりの見えない辛い人生が続くだけ。

 いいことなんて一つもない。心のどころも今はもう存在しない。

 そこから解き放ってもらえるなら、一瞬で楽になれるなら、全て終わらせることができるなら。

 それはすごくいことに思えてきた。


「……それ良いな」


 フィオナは生きることをあきらめた。

 胸の苦しさがなくなって、すーっと楽になった。張りめていた気持ちが緩んでいく。

 重いまぶたがんって持ち上げることももう必要ない。

 蒼い光に全てをたくして目を閉じると、すぐに眠さが限界に達して、そのまま意識を手放した。


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