十七、ネクスト・ドリーム

第44話

「次の曲どうする?」


「もう骨組みは考えてるよ」


「さすがだなあ」


 サワソニが終わった翌日から、私と沢里はすぐに次の曲作りに着手していた。


 学校では休み時間の度に大勢が私たちを見に来るので、動物園のパンダになったような気分だ。ライブ当日にネットでお祭り状態になっていたのが拡散されたらしく、私たちは一躍有名人になっていた。


 クラスの皆も突然教室が動物園化してさぞ迷惑しているだろうと思いきや、なんだかんだ気を使ってくれて申し訳ない。


 意外にも周囲からの風当たりは強くなく、また先輩たちに「生意気だ」と呼び出されやしないかと冷や冷やしていたがそんなことはなかった。


 ネットの注目を浴びていることが現実のアンチから守ってくれているようだ。


 確かにこの状況で私がボコボコにされたらすぐに相手が特定されるだろう。


 顔出しした結果の思わぬ副産物に驚きつつも納得する。


 私たちはアーティストとして顔を晒したのだから、今後は相応の振る舞いをしなければならない。私たちを見る目は時に優しく時に厳しく、そして不特定多数でもあるのだ。


 世の中には私たちと同じくらいの年齢で活躍しているアーティストも多くいる。その彼らは周囲の目やネットに細心の注意を払って生活しているに違いない。私たちもそれを見習って日々を過ごすことが重要だ。


 そんなことを考えている間にも教室の外から盗撮されそうになっていたらしく、土井ちゃんが立ち塞がってカメラから守ってくれていた。


 当然そんな状況では曲作りもできないので、放課後に沢里家のスタジオを使わせてもらっている。


 私たちはライブ前と変わらず二人で音楽浸けの毎日を送っていた。


「あ、これ見て。美奈が新しい私たちのロゴ考えてくれたんだ」


「意外な才能」


 美奈とはあれから仲よくしている。手芸やデザインが得意な美奈は、自分の作ったグッズやイラストを見せてくれるようになった。


「土井ちゃんのサイトで紹介してくれるらしいよ」


「土井に関してはもはやなにも言うことないな」


 そんな土井ちゃんはサワソニ後にすぐ【linK & haru.】のファンクラブを作り、会長として日々ファンクラブサイトの運営で忙しくしている。


 本人いわく、「にわかには任せられない!」とのことだ。私たちも文句はないので公認している。


「私たちも負けてられないね! ネットライブも控えてるし」


「そうだな。しかし親父もいきなりぶっこんできて、悪かったな」


 sawaさんは前回サワソニのネット中継の反響を見て、新たにインターネットライブを開催しようと奔走している。


 全国各地のアーティストがネット中継で参加できるライブを目指しているらしく、元々ネットで活動している私たちも声をかけてもらった。


「君たちにはインターネットライブの顔になってもらうよ!」


 そんな宣言をされてしまい、その結果新曲作りに日々追われることになったのだ。


「またライブに出たいと思ってたからありがたいよ」


「ああ、そうだな」


 ネットシンガーとしての活動も続けながら、私たちはあの日味わったライブの楽しさを忘れられないでいる。会場の熱気、昂揚、終わった後の達成感。それらが痛いくらいに胸に刺さって抜けないのだ。


「【モルフォ】も出るから楽しみなんだ」


「そういえば、メジャーデビュー決まったんだよな。おめでとう!」


 サワソニでMVPをとった柾輝くんたち【モルフォ】はそのままの勢いでメジャーデビューが決定した。柾輝くんから連絡をもらい、義父と二人で狂喜乱舞して足の小指をぶつけたのがまだ痛い。


 お盆に家族全員集まれることになったので、そこで盛大に祝う予定だ。


 柾輝くんに負けていられない。いい曲を作りたい。


「なあリンカ」


「うん?」


「進路とか考えてる?」


 その言葉に一気に現実に引き戻される。私たちは来年受験生だ。沢里の質問は突然だけれど当然で、そろそろ将来のことを考え始めなければならない時期なのだ。


 当初の家の方針に従って進学するか。


 柾輝くんのように音楽の道に進むか。


 未来への道が複雑に絡み合って、見通せない。


「んー……。歌いたい気持ちもあるし、作曲をちゃんと学びたい気持ちもあるんだよね」


「リンカの曲作りはほぼ独学だもんな。そこがいい味出してるけど」


「その味がこれからも通用するかどうか、分からないからね」


 私はうんうん唸ってから、ひとつだけ確かなことを沢里に伝えることにした。


「私はこれからもずっと、死ぬまで沢里と歌っていたいなあ」


 沢里の質問の答えにはならないだろうけれど。


 自分の口からこんな言葉が出るようになるなんて。半年前まで考えられなかった。


 私という人間をすっかり沢里に変えられてしまった自覚がある。


「……、」


「ん?」


 小さく聞こえた返事に顔を向けると、沢里が耳まで真っ赤になって俯いている。


「どうしたの」と声をかけると悔しそうな嬉しそうなよく分からない顔でこちらをじっとりと見てきた。


「リンカ、それはずるいよ」


「なんで? 沢里は私と歌いたくない?」


「そんなわけない! 俺もずっとずっと、一生リンカと歌いたい!」


 それを聞いて私は胸を撫で下ろす。沢里と同じ気持ちでいられることが嬉しい。未来の約束ができたことに安心する。


「約束だよ」


「それ分かって言ってる?」


「もちろん!」


「絶対分かってない」とぶつぶつ言って背中を丸める沢里がなんだかかわいく見えて、



「ね、沢里」


「ん?」


「大好き」




「だからこれからもよろしくね」と続けようとしたのに、勢いよく沢里の体が目の前に迫ってきてそのままぎゅうぎゅうに抱きしめられてしまったので言えなかった。


「俺の方がリンカのこと百倍好きだから!!」


「もう、そこ張り合わないでよ」


「ずっと好き! 今までもこれからも!」


「分かった分かった」


「分かってない!! リンカは全然分かってない!」


 わーわー喚く沢里に抱きしめられていると、たくさんの音が聞こえてくる。


 私たちの逸る心臓の音に合わせて、少しずつ構築される世界。


 私たちにしか表現できない音楽がそこにあった。


「待って! 今いい音降ってきた! メモさせてメモ」


「このタイミングで!? リンカの馬鹿! 音楽オタク!」


「沢里に言われたくないんですけど!」


 そんな言い合いをしても私と沢里は離れないまま、きっとこれからも一緒に歌う。


 次に作る曲は恋をテーマにでもしてみようか。音楽が繋いだ二人の、ありふれた恋の歌だ。








(了)






♢♦︎♢


 本編を最後までお読みくださりありがとうございました。読み返すと文章が若く至らない部分もたくさんありますが、思い入れのある作品です。このあと後日談を二本アップして完結となります。それでは、また次回作でもお会いできることを願っております。 

 三ツ沢ひらく

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