第10話 【ラストデータ】
“柚季へ
このデータが君の元へ届くことを信じて、ここに記録を残しておく。
まず、僕は君に謝らなければいけない。僕は、どうやら、これから先の未来を君と歩んでいくことができなくなった。
理由は、もうわかっているよね?
僕はあの日、1号の研究中に、研究所の爆発に巻き込まれた。
爆発の原因は、わからない。きっと、後日調査されて判明するだろうから、いつか君が僕の墓前に立った時にでも教えてくれ。
それはさておき……
ものすごい爆発に巻き込まれたあの瞬間、僕が思ったこと。それは二つだけ。
しばらく、家に帰っていなかったな。
君に会いたいな、と。
死の間際に、そんな呑気なことをと思われるかもしれないけれど、本当にそれだけを強く思ったんだ。
それ以外は考える余裕もなくて、そこで、僕の意識は途切れた。
その後、意識を取り戻すと、驚くことに、僕の自我は1号の中にあった。
どのようにして、そのような状態になったのかは、残念ながら僕にはわからない。
僕の実際の体は、1号の近くにあったけれど、瓦礫に潰されていた。たとえ、1号の
僕が1号の中に入った理屈はわからなかったけれど、もう難しいことは考えず、僕はこの奇跡にただすがることにした。
1号の
流石はヒューマノイドだ。実際の僕の体では、瓦礫の一つさえ動かすことができなかっただろうからね。
しかし、1号の体も爆発に巻き込まれ、配線や内部の回路、特に内蔵バッテリーにかなりの損傷を負っていた。
無理矢理動かすとこで、1号がさらに摩耗するだろうことは、研究者である僕には、容易にわかることだった。
大事な研究物を私用で使うことなど、本来許されない。けれど、僕は、この奇跡を自分のわがままのために使おうと決めた。
きっと1号もそれを許してくれていたはすだ。
瓦礫の中から地上へ出ると、まだ夜が明ける前で、外は暗かった。
僕は、君に会いたい一心で、自宅へと1号の足を動かした。
明け方のヒューマノイドの移動を誰かに見咎められることもなく、自宅についた僕には、心配なことがあった。
それは、君に1号が僕であるということを、どうやって解ってもらうのかという事だ。
妙案はなかった。
それでも、僕は、残された時間が惜しくて、ためらう事なく、玄関のチャイムを鳴らした。
目の下に隈を作って、憔悴しきった顔をした君が玄関から顔を出した途端、僕は、やっと君の顔が見られた安堵と、これから先の未来のことを考えて泣きたくなった。
本当に大きな声を上げて、泣きたかった。でも、機械の体には、流すべき水分がなかった。
代わりに、僕は、君を抱きしめた。少しでも、僕の気持ちが君に伝わるように願いながら。
その願いが天に届いたのかはわからないけれど、君は、突然やってきたヒューマノイドをすんなりと受け入れてくれた。
テスト用に入れてあった、僕のボイスデータを用いて君と会話をしたことで、君は1号のことを僕だとさらに強く認識したのかもしれない。
この辺りのことは、原因はわからないけれど、どうやら、君には1号が僕に見えているようだった。
そして、自宅に戻ってからは、君も知っている通り。
僕は、これまで君に対してわがまま放題に生活してきたから、少しでも君のために何かしたかった。
慣れない家事をしてみたり、君と並んでテレビを見たり、手を繋いで眠りについたり……
君が気づいていた通り、実際には、僕はベッドでは眠ってはいないのだけれどね。
僕は、毎晩君が眠りにつくと、リビングで、1号を待機モードにしていたんだ。
内蔵バッテリーに大きな損傷を負っている1号で、少しでも長く、君との生活が続けられるようにね。
ねぇ、柚季。
僕は、この一週間、とても幸せだったよ。
だから、君と生活を続ける中で、僕はどのように君に事実を打ち明けるべきか、とても悩んだ。
でも、どんなに考えても、どうしても、僕には、自らあの幸せな時間を終わらせるという選択ができなかったんだ。可能な限り君のそばにいることを選んでしまった。
だから、最後にまた君に心配をかけてしまった。それだけが心残りだ。
君は、僕の手がとても冷たいと心配してくれたね。だけど、それは君が心配したような、無理をしていたからとかではないんだよ。僕の体が機械だったから。体温がなかったからだ。
本当は、こんな形で伝えるんじゃなくて、もっと君ときちんと話をして、君の不安を取り除くべきだったのかもしれない。
だけど、君との幸せな時間を優先させた僕の最期のわがままをわかってほしい。
本当はこのデータと一緒に、1号に組み込まれている映像回路から、この一週間の映像データを残そうと思ったのだけれど、どうやら映像回路にも不具合があったようで、作動していなかった。
だから、記録データの代わりに、そして僕の代わりに、君の記憶の中にだけでもこれまでの思い出を留めておいてもらえればと思う。
記録に、記憶に留めたいと思うほど、僕は君との時間が愛おしかったよ。
そして、君をとても愛していたよ。
君が冷たいと心配してくれた1号の手に、実は、今、君の手袋をしている。
全身機械である僕には、本当なら温かさなんてわからないはずだけれど、それでも、君の温もりに包まれているようで、とても安心する。まだまだ、この温もりに触れていたい。でも、もうそろそろ、この1号も限界のようだ。
君にお別れを言わなければいけない。
柚季、いつでも笑顔でいてくれ。
君から笑顔が消えてしまうことだけは絶対に嫌だ。
これから先、僕を想って、もしも君が笑顔をなくしてしまうようなら、僕のことは忘れてくれても構わない。
いや、本当は、君の心の中に残りたい。
けれど、僕は、君を苦しめたくはないんだ。
ただ、君が笑顔で未来を歩んでいくことだけを願っている。
だから、あの約束だけは忘れないでいて……”
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