第9話 【遺されたもの】

 どれくらいそのままでいたのだろうか。茫然自失となって反応できないでいる私を残し、吉松はいつの間にか帰っていた。気がつけば、部屋は暗闇に包まれている。


 机の上には、白いボア手袋とUSB、それから、冷め切ったお茶。


 いつの間にか手が冷え切っていた。無意識に机の上の手袋へと手が伸びる。あの日、徹に渡したはずの手袋がなぜ、ここにあるのか? 手袋を手に取ると、昼間の来客の言葉が蘇ってきた。


「瓦礫の中から、発見された遺体の一部が、徹氏のものと判明したそうです」


 徹はもうこの世にはいないーーーー


 そんなこと、あるはずがないと思いながら、彼の存在を、匂いを感じたくて、白いボア手袋を強張った顔に押し当てる。しかし手袋からは、自分が普段つけている香水の香りがするばかりで、彼の残り香を感じることはできなかった。


 徹はなぜこの手袋を、ロボットの手にめたのか?


 机の上のUSBへと視線を向ける。吉松は、このUSBに徹が私に宛てたデータが入っていると言っていた。そのデータを見れば、徹の意図がわかるだろうか。


 思考が停止しそうになりながら、それでも、本能が真実を知りたいと私の体を動かす。私はパソコンを立ち上げると、USBを挿入した。


 “柚季へ”と名前のついたファイルデータが一つだけ入っている。そのファイルを、無心でクリックした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る