第92話 娘

「あんな小娘に思いを寄せるとはさては変態じゃな!」


「む……どうやら誤解を招いてしまったようですね」


「誤解などない!ワシの推理に抜かりなどナッシング!」


ぴよ丸に真面な推理力が備わっているとは微塵も思わないが、誤解はしてないという点では同意せざる得ない。

どう控えめに考えても、田吾は変態である。


「その言動が誤解というのなら、何か事情でもあるのか?」


それまで姿を消していたアングラウスが急に足元に現れ、田吾作に尋ねた。

姿が見えない間も、ちゃんと俺達の会話は聞いていた様だ。


「ふむ……事情と言う程ではないのですが……」


田吾が胸元からおもむろにスマートフォンを取り出し、てその画面を俺達に向けた。


そこに映っていたのは……


「アリスですね」


そこに映っていたのは、幼いアリスだった。

5、6歳くらいだろう。

そして彼女を挟む様にしゃがんで笑う男女。

片方は田吾作で、もう片方は見知らぬ女性だ。


以前は仲が良かったって事だろうか?


ん?

あれ?


俺はある違和感に気付いた。

それは――


「目と髪の色が黒い……」


ハーフであるアリスの目と髪は、赤っぽい色をしている。

だが写真の中の幼い彼女の瞳は黒色だ。


「ここに映っているのは……私の妻と娘です」


「え!?」


この人結婚してたのか……いや待て、それよりも映ってるアリスを娘って言ったな。

いったいどういう事だ?

髪や瞳の色が違うし、この幼い少女はひょっとしてアリスじゃないのか?


「ほう。結婚しておったのか」


「ひょろメガネの癖に生意気な!」


取り敢えず、ぴよ丸の顔面を掴んで黙らせる。

融合からの解除で逃げられない様、口の部分には触れない形で。


「ええ。それで……数年前、私の妻と娘は交通事故にあって……」


田吾が暗い表情になる。


「その時私はダンジョン攻略に取り掛かっていた為、1週間ほど戻れず……出て来た時にはすでに葬儀が終わっていまして……父親として守ってやる事も送り出すしてやる事も出来ず、本当に不甲斐ない話です……」


ダンジョン攻略はAランクでも数日、Sランクならもっとかかる。

しかも特殊なレアアイテムが無ければ、外との通信も出来ない始末。

葬儀に間に合わなかったのは、どうしようもない不可抗力と言えるだろう。


「それは仕方がない事だろう」


アングラウスがそういうが、田吾は悲し気に首を横に振る。

当然だ。

納得出来る筈などない。


大事な物を失ってどうしようもなかったと簡単に諦めるられるのなら、俺は1万年も藻掻いたりはしなかった。


「まあそれからは流される様、屍の様に生きて来たのですが……去年、そんな私の前に一筋の光――そう!天使がギルドに舞い降りたのです!姫路アリスが!」


テンションが上がってか、急に雄叫びを上げる田吾作。

びっくりするからやめろ。


「おっと、失礼しました。つい興奮してしまって……まあ何と言いましょうか、私の思い描いていた娘の――亜紀の将来の姿そのままだった訳です。姫路アリスは。まさに運命!私は彼女の事を亜紀の生まれ変わりと確信しています!」


再び田吾が雄叫びを上げた。

のはまあいいとして……


いや絶対それ生まれ変わりじゃないだろ。

タイミング的に絶対おかしいから。


まあ田吾も、その辺りはきっと分かっているはず。

ただ、そう思いでもしなきゃ、やってられないって事なんだろう。


俺には救いがあったが、田吾にはそれがない。

そう思うと、いたたまれない気持ちになってしまう。


「ですので……私は父として、彼女を見守っているのです。決してやましい気持ちではありませんよ」


「そうだったんですね」


彼の事を言動だけで偏見を持ち、変態と勘違いしていた自分が恥ずかしい。


ただ、少し気になる点がある。

それは姫路アリスの反応だ。

彼女は田吾の事を毛嫌いしている様子だった。


事情を考えると、少し位は優しくしてやりそうなもんだが……


アリスがどういう人物かをよく知っている訳ではないが、少なくとも。悲しい過去を背負った相手を外部の人間に悪しざまに言う様な子には思えなかった。


「ひょっとして……アリスにはその事、話してらっしゃらないんですか?」


「ええ。話せばアリスに余計な気を使わせてしまいますから。私はありのままのあの子の笑顔を傍で見て居られれば、それだけで満足です」


田吾さん……


一瞬田吾の言葉に胸が熱くなりそうになるが、直ぐに気付く。

言ってる事とやってる事に、若干の齟齬そごがある事に。


笑顔が見たいなら――


「ええと、余計なお世話かもしれませんが……可愛らしい服を着て写真を撮らせてくれってのは、やめておいた方がいいんじゃ?アリスは嫌がってるみたいですし」


――絶対やめた方がいいよな?


「……」


「……」


「……」


返事がない。

ただのしかばねの様だ。


そんな言葉が頭を過る。

やめる気は無さそうだ。


「私は思うんです。あの年頃は思春期真っ盛り。そして思春期の娘は、父親の事を毛嫌いする物。つまり……そうつまり……アリスのあの反応は正しい親子の在り方なのです!故に私は父親として!幸福を噛み締めております!」


「……」


「【神炎鳥ゴッドフレイムバード】!」


その時、ぴよ丸の全身から炎が噴き出し、無理やり俺の掴んだ手から脱出してしまう。


「真実はいつも一つ!」


その体が頭上高く飛翔し――


「おぬしは変態じゃ!」


文句のつけようのない名推理が炸裂した。

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