第46話 永遠の……

「はぁ!?まだ接触すら出来てないですって!?」


宮殿の様な建物。

その一室に、甲高い少女の声が響いた。


ここはイギリス最大手ギルドである、気高き翼ノーブルウィングのホーム。

声の主は可愛らしい顔立ちの幼い金髪の少女だ。


少女の名はエリス・サザーランド

レジェンドスキルを所持するSSランクプレイヤーにして、気高きノーブルウィングギルドのナンバー2を務める人物だ。


「申し訳ありません。電話番号が変更されており。本人に接触しようにも結界の様な物で阻まれてしまって、Aランクのエージェントでも近付けない状態でして」


エリスの問いに、黒服を着た男が申し訳なさそうに頭を下げた。


「結界ですって?情報じゃ、顔悠はまだCランクのはずよ。Aランクの人間を寄せ付けない結界なんて張れる訳が……成程、他のギルドの妨害って訳ね」


「親族に関しても同じ状態ですので、恐らくそうかと」


顔悠は、カイザーギルドの勧誘に100億を提示している。

少々強気な価格設定ではあるが、彼の持つ情報の価値を考えればそれ程無茶な価格ではないとエリスは考えており、実際、彼女は情報料として要望通りの金額を払うつもりだった。


だが世の中には、価値のある物でも安く買い叩こうとする輩はいる物だ。

顔は100億を提示しているが、何処からもオファーがかからなければいずれその値段は下げざる得なくなる。

何故なら買い手がいないのだから。


そして他からの勧誘をシャットダウンする事でその状況を意図的に作り出す者がいると、エリスは判断した。


まあ実際は、アングラウスが顔悠に群がる雑魚共の相手をするのが面倒という理由で、勧誘者を特殊な結界で弾いているというのが真実な訳だが。

当然そんな事情をエリス達は知る由もないので、第三者の手と勘違いするのも無理ない話ではある。


「ふん、こうなったら私が直接向かうしかないわね!」


如何に強力な結界であろうと、SSランクの自分なら問題なく解除できる自信がエリスにはあった。

なので自分が直接向かうと決めたのだが――


「随分騒がしいけど、どこかに出かけるのかい?」


ふいに扉が開き、そこから貴公子然とした美しい顔立ちをした金髪の青年が姿を現す。


「日本よ」


「日本って言うと……まさか例の件でかい?」


「ええ、勿論」


「その様子じゃ、どうやら交渉は上手く行ってないみたいだね。まあ気持ちは分からなくもないけど、ギルドのスケジュール的にそれは無理があるんじゃないかい?明後日からSSランクダンジョンの攻略がある訳だし」


イギリスから日本へと向かうには、飛行機で十数時間かかる。

そこから顔悠のいる場所まで移動して交渉し、同じ時間かけて帰って来るのに二日と言う時間は明らかに足りていない。


実はエリス・サザーランドがその気になれば、ほんの一時間もあれば、日本へと辿り着く事自体は可能であった。

ただしそれは入国関係や、他国の制空権を完全に無視した行動になる。

当然そんな真似をすれば国際問題待ったなしだ。


「SSダンジョンまでなら、貴方とピナーがいれば十分でしょ」


「まあそうだけど……ギルドのナンバー2が私情で抜けるのはどうかと思うんだ。僕は。それに別に急がなくても、顔悠がどこかに消えてしまう訳じゃないだろ?」


「消えない保証はないわ」


情報の希少性を考えれば、顔悠を物理的にどうにかしようとする集団が出て来る可能性は皆無ではない。

またそうならなかったとしても、他に独占販売的な情報売却を行い、情報提供が打ち切られる可能性も十分考えられる。


そうなれば、レジェンドスキルのデメリットの突破方法を入手するのは困難になってしまうだろう。


「まあその時は、素直に諦めるしかないね。僕達にとって、絶対にないと困る情報という訳じゃないからね」


「なくても別に困らない?ふん、デメリットがあってない様な物のアンタには分からないでしょうね。アーサー」


アーサーと呼ばれた青年はレジェンドスキル持ちだ。

一般的にはとてつもなくキツイデメリットなのだが、彼にとってそれは苦になるような物ではなかった。


「まあ僕の場合はね。でもエリスちゃんも、前衛さえいればデメリットはそこまで大きなマイナスじゃない筈だよ」


エリス・サザーランドのレジェンドスキル、それは【魔砲少女マジカルファイアーガール】。

その効果は魔力が20倍になると言う出鱈目な物だ。

強力なレジェンドスキルの中でも、トップクラスの最強火力を誇るスキルと言っていいだろう。


当然レジェンドスキルなのでデメリットがある訳だが、【魔砲少女】のそれは速度が十分の一になるという物だった。


速さはプレイヤーにとって重要な要素であり、それが十分の一になるのはかなりのデメリットと言えるだろう。

ソロでなら、早々にプレイヤーとして大成を諦める程にキツイ物だ。


だがエリスの場合は、世界有数の大手ギルドに所属している。


しっかりとした前衛が彼女を守り、後衛として極大火力を叩き込むと言うスタイルが現在確立されている以上、デメリットはどうしても消さなければならないと言う程の物ではなかった。


そう、信頼できる仲間さえいればエリス・サザーランドは一線級のプレイヤーとして戦っていけるのだ。


それでも彼女は望まずにはいられなかった。

レジェンドスキルのデメリットの突破を。


何故なら――


「勘違いしないで。私が情報を求めてるのは戦闘のためじゃないわ。そう……恋のためよ!あたしは大人の恋がしたいの!あと、エリスちゃんって呼ぶな!あたしは貴方より年上だっていつも言ってるでしょうが!」


――【魔砲少女】にはデメリットがもう一つあるからだ。


それは肉体が少女の状態で固定されてしまうという物だった。


エリス・サザーランド三十歳。

二十年前に覚醒して以来、変わらぬその姿こそ彼女にとって最大の苦悩となっていた。


「ああすまない。ついね。でも、大人の恋をするだけなら別にそのままでも構わないんじゃ?」


「構わない訳ないでしょ。もしあたしが恋人と夜景の見えるレストランに行ったら、周りからはどう見えると思う?間違いなく場違いな親子連れよ。親子連れ。この姿じゃ、大人の恋なんて絶対に無理」


「それは少しイメージに拘り過ぎじゃないかい。ねぇ?」


恋人同士さえよければ、周りの目は気にしなくてもいいというのは綺麗ごとに近い。

現実問題、周囲の眼と言うのは気になる物だ。

何故なら、人間は集団で行動する生物だから。


勿論それを全く気にしない者達も確かにいはするが、そう言った人種は、世間では往々にしてバカップルと呼ばれる事が多い。


「ええと……いや、私の口からは何とも……」


アーサーから突然同意を求められた黒服の男は、思わず目を逸らし言葉を濁した。

彼もまた、常識的にそれは難しいのではないかと思ってしまっていたからだ。


「とにかく!これは私にとって人生がかかってるの!悪いけど絶対に日本へ行かせて貰うわ!!」


「やれやれ、しょうがないな。わかった。ピナー様には僕から話を通しておくよ」


「ありがと、助かるわ。じゃ、私は行くわね」


善は急げとばかりに、エリスは部屋を出ていく。


果たして彼女は、日本で自らの望みをかなえる事が出来るのだろうか?

それは神のみぞ知る事である。

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