第42話 見ていた

俺は母さんと合流し、憂のいる病院へと急いで向かった。

別に急がないと手遅れになるとかそんな事は全くないのだが、治してやれると思ったら気持ちがはやらずにはいられなかったのだ。

一刻でも早く、憂を目覚めさせたいと。


「憂、今起こしてやるからな」


病室に付いた俺は十文字から受け取ったエリクサーを取り出し、蓋を外して憂の口の中に流し込む。

すると憂の体が黄金色に輝き、2年間寝たきりだったせいでガリガリに細くなっていた腕や首が膨らんでいくのがハッキリと分かった。

どうやら昏睡時の衰弱なんかも、エリクサーは治してくれる様だ。


「ん……」


光が収まり、憂が小さく呻き声を上げる。


「憂!」


「憂!」


俺と母の声に応えるかの様に、憂の眼がゆっくりと開かれる。


「にい……お母さん……」


そうだった。

憂は俺の事を『にい』って呼ぶんだったな。


1万と2年ぶりに聞く妹の声に、鼻の奥がツンとなって涙が溢れ出しそうになる。


「憂!憂!」


母さんが感極まって、寝ている憂に抱き着く。

妹からしたら、目が覚めたらいきなり母親に抱きしめられてビックリだろう。


「お母さん、私……」


「あのな……実はな……憂はずっと……」


俺は憂の髪を撫ぜ、泣くのを堪えてどういう状況だったか説明してやろうとすると――


「知ってるよ。覚醒不全だったって。それで二年間、ずっと寝たきりだったって……」


「へ、え、あ……し、知ってたのか。けど、何で……」


妹の言葉に俺は驚く。


憂は学校に通学する途中で覚醒不全が発生し、そのまま意識を失って昏睡状態に陥っていた。

なので自分の状態は理解できていない筈である。


なにより、何故意識を失っていた期間が2年だと憂は知っているんだろうか?


「スキルでずっと見てたの。だから私の為に、お母さんが無理していくつも仕事を掛け持ちしてたのも。お兄ちゃんが、痛いのも苦しいのも我慢してずっと頑張ってくれてたのも……」


スキル……

でも憂は覚醒不全で……


いや、覚醒が完了しきらなかったからと言って、スキルが手に入らなかったとは限らない。

そもそも全く変化がないのなら、不全にだって陥りようがない訳だし。


「それに……それに……」


憂の眼が揺れ、涙が浮かんだ。

そして――


「お父さんが私の……為に……お父さん……ぐぅ……ごめん……なざい……ごめんなざい……わたじのぜいで……わだ……じのせいで……おどうざん……おどうざん……」


――母にしがみ付いて、ボロボロと大泣きする。


父の事は、母と相談して病気で亡くなったと憂に伝えるつもっりだった。

自分の為に死んだと知るのは、余りにも辛すぎるからだ。


けど、憂は全部見ていた。

見てしまっていた。


何も出来ず。

ただ父親が自分の為に命を絶つ様を見せつけられて、憂はどれ程辛かった事だろうか。


そう思うと胸が強く締め付けられる。


「憂のせいじゃないのよ!貴方が悪いんじゃないの!」


「そうだ。憂のせいなんかじゃない。父さんはただ……ただお前を守ろうとしただけなんだ。だから自分を責めなくていい……」


「だって……だっでぇ……わあぁぁぁぁぁぁぁぁ」


憂が大声を上げて泣く。

俺と母さんは、そんな妹をただただ強く抱きしめてやる事しか出来なかった。

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