第32話 お引き取り下さい

どうやって調べたのか知らないが、あの後スマホが鳴りっぱなしで結局番号を変える羽目になっている。

もちろん内容はギルドからの勧誘や、情報購入の問い合わせだ。

主に海外ギルドからの物が多かった。


「顔様、お時間の方少し頂けませんでしょうか」


そしてその原因を作ったカイザーギルドのエリアマネージャーである柏木豊かしわぎゆたかが、ニュースにのった翌々日にごつい男を連れて俺の家を尋ねて来た。

しかも満面の笑顔で。

いい面の皮だよ、まったく。


「カイザーギルドからのお誘いはお断りしたと思いますけど?」


「顔様ももうご存じかと思われますが、どうやら当ギルドから顔様の情報が漏れてしまったようでして。そのお詫びと、その事で発生すると思われる被害を防ぐためにも是非我がギルドに所属して頂けないかと。本日はその打診に伺わせていただきました次第です」


「被害ですか?」


「日本では考えられない事ですが、海外なんかですと、レジェンドスキルの突破方法を得る為なら手段を択ばない――非合法な真似を平気でする様な組織が存在しています。顔様は、今後そう言った組織に狙われるリスクが発生するかと」


「そりゃ怖いですね」


「情報の出元は我々カイザーギルドです。不法行為ではないとは言え。そう、不法行為ではないとはいえ。道義的に考えた場合、我がギルドで顔様を保護するのが妥当かと思いまして」


不法行為ではない部分を、柏木が無駄にアピールして来る。

まあ、確かに不法行為ではないんだろうな。

名誉を棄損する様な物ならともかく、スキル関係の情報を第三者に流してはいけないなんて法律はないだろうし。


「それでカイザーギルドに入れと?」


「はい。それが現状、最もベストかと。他の国内のギルドでは、顔様を守り切る事は難しいと思われますので。情報漏洩の失態を挽回する意味を込めて、契約金は前回の2倍用意させて頂いております。どうか御再考を」


100億じゃねぇのかよ!

と言いたい所だが、100億払えるならそもそもこんな小細工はしてないわな。


それにしても、人ん家の玄関先でペラペラと良く喋る奴だ。

まさか家に入れて貰えるとか考えてないだろうな?

このあほは。


「必要ありません。お引き取り下さい」


俺は柏木の交渉に、ハッキリとノーを突きつける。

なにせ俺には最強の用心棒がいるからな。

カイザーギルドのちゃっちい庇護など不要だ。


「へ?」


俺の答えを聞いて、柏木が笑顔から間抜けな顔——「え?こいつ何言ってんの?意味わかんないんですけど?」といった感じの顔に変わる。

断られるとは一切考えていなかったんだろうな。


「聞こえませんでしたか?カイザーギルドの保護はいらないと言ったんです」


「い、いやしかし……顔様は軽く考えているかもしれませんが、海外のギルドは本当に何を仕出かすか分からない相手なんですよ。100億なんて巨額を払って情報を円満になんて事には決してなりません。ですから……」


「結構です。お引き取り下さい」


そう言って玄関を閉じようとしたら――


「不死身だからって、何でも自分の力でどうにか出来るって思わない方がいいぞ」


――それまで黙って柏木の横に立っていた男が、ドアに手をかけてそれを止める。


「何のつもりだ?」


「不死身で殺せないからって高を括ってるみたいだが、相手を拘束して延々拷問を続けるって手だってあるんだぜ?」


「問題ないんで、扉から手を放してくれるか?」


アングラウスを倒して、俺を誘拐できる奴がいるなら見て見たいものである。

まあ仮に監禁拷問された場合でも、痛みには馴れているし、命を増やす作業自体は出来るので最終的には自力で脱出は可能だ。

かなりの時間を無駄にする事になるから、そんな目に合わされる気は更々ないが。


「問題ないなら、玄関扉ぐらい自分の力で閉じれるだろ?その程度も出来ないんじゃ、自衛は夢のまた夢だぜ」


そう言って、男は玄関扉から手を放そうとしない。

此方を見下した様に見ているので、そこそこランクの高いプレイヤーなのだろうと思われる。

ぴよ丸は部屋でぐーぐーいびきかいて昼寝してるし、今の俺が全力で引っ張っても扉を閉じるのは恐らく無理だろう。


まあそれ以前に、プレイヤー同士が引き合いなんてしたら家の扉がぶっ壊れてしまう訳だが……


鉄の扉ではあるが、Cランクレベルのプレイヤーになってくるとベニヤ板の様にへし折る事も容易い。


「顔様。危険な海外のギルドや組織から身を守るためにも、是非ご再考を」


営業スマイルに戻った柏木がしつこく勧誘して来る。

やってる事は完全に押し売りだ。


「やれやれ……おいアン、こいつらを追い払ってくれ」


アングラウスが猫の姿のままで此方にやって来る。

それを見て――


「ははは。おいまさかその猫に言ったんじゃないだろうな?俺達を追い払えって」


男が笑う。

まあ笑ってられるのもまあ今のうちだけだ。

直ぐに思い知る事になる。


「死んだり怪我をさせない感じで頼めないか?」


アングラウスには加減する様頼んだ。

ダンジョン内とかならともかく、玄関で殺人などして貰っては困るからな。

当然大怪我させるのも駄目だ。


「やれやれ。面倒な頼みをしてくれるな」


「猫が喋った!?こいつ使い魔か!?」


「悪いけど頼むよ」


無理と返ってこなかったので、手段はあると判断する。


「仕方ないな」


アングラウスが尻尾を地面に叩きつける。

すると――


「ひぃぃぃぃぃ……」


「あ、ぁぁ……」


――二人の様子が激変した。


男はドアから手を放し、恐怖に目を見開いて体を震わせながら後ずさりした。

柏木にいたってはその場に尻もちを搗き、お漏らしする。


……人ん家の玄関前で漏らすなよな。


取り敢えずドアがフリーになったので、俺は閉じてからアングラウスに尋ねた。

俺にはこいつが何をしたのかさっぱりだ。


「どうやったんだ?」


「なに、殺気を放ってやっただけだ。あの二人にピンポイントにな」


魔竜の殺気か。

そりゃ一般人っぽい柏木じゃ耐えられないわな。


「成程……そいつは器用だな、まあこれからもあんな感じて頼むよ」


対象にだけ殺気を放つなんて芸当、普通じゃ絶対できない。

何らかのスキルだろうか?


「面倒臭い頼みだな。クズは始末した方が手っ取り早いだろうに」


「何でもかんでも殺して終わりって訳にはいかないんだよ」


あからさまに相手が殺しにかかって来たなら正当防衛も成り立つだろうが、さっきぐらいので殺してたら俺が刑務所にぶち込まれる事になってしまう。


「まあでも……母さんや憂の場合は少し強めにやってくれて構わない。最悪殺す事になってもいい」


二人には、アングラウスの分身が見えない様にくっ付いている。

本体程の力はないそうだが、それでもレベル5000相当だそうなのでどんな奴らが来ても問題なく対処してくれるだろう。


とは言え、殺ししゅだんを制限してしまうと万一の事もあり得る。

なので二人の警護に関して制限はかけないつもりだ。

まあ分身は基本姿を消しているので、そこから俺が捕まる可能性も低いってのもあるが。


「さて、それじゃあぴよ丸を叩き起こしてダンジョンに行くとするか」


次はCランクダンジョンだ。

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