第2話愛と寂寂の日々Ⅱ

波動の魔法を展開し、人間の男を宙に浮かせて投げ飛ばす。


 「ファーッハッハッハ!! よくもこのような恥辱を与えてくれたものだよ! どのようにして殺してやろうかぁ!!」


 豪炎の魔法を右手に、氷結の魔法を左手に顕現させる。

 人間の男が私を見るや否や、顔を真っ青にしているのが見えた。 まだ呪文も唱えていない、準備段階だというのに。


 「おいおい、どーなってんだ? マジックショーでも見せられてんのか」

 「そのような生ぬるいものではなぁい!! これは処刑だ!! 勇者にすら使用していない最上級魔法で殺されることを誇りに思うがいい!」


 私の顔に泥を塗ったこの土地は、我が領土に加えることはしない。

 炎と氷を結合、大爆発を巻き起こしてこの辺一帯を吹き飛ばす。 怒った私を止められるものなどいない!


 「さくら、おい、あいつ何やってんだ、お前の彼氏じゃねーのか?え?」

 「後悔しろ、恐怖しろ、泣き叫べ! キサマのせいでこの土地は滅び、人間どもは無残な肉片に変わり果て、惨たらしい死を迎える!! ファーッハッハ!」


 なんとなく人間の女が気になり、目線をそちらに向ける。恐怖に震えているのだろうか。 すると、ピタリと視線があってしまった。


「……」


 胸が締め付けられる。 なにか汚いものでも見ているような瞳。 拒絶。 理解と正反対に存在するまなざし。 記憶の扉が開いていく。



【――人間どもめ!! 我が領土を攻撃するだけではなく、支配の象徴である『我の石造』を粉々に砕いただとぉ!!】

【……】

【滅ぼしてやるぞ! 惨たらしい死を与えてやろうではないかぁ! ファーッハッハ……ハ?】

【……】


 あの時と同じ瞳だった。 なにが気に入らないんだ、親に対して向けていい視線ではないんだそれは。 愛する娘にあのような目をされて、その日の晩はなかなか寝付けなかったのだ。

 手の中に凝縮されている膨大な魔力を、私は消し去った。


 「じょ、冗談だ!!」

 「――へ?」


 腰を抜かしていた人間の男は間の抜けた声を出す。


 「今回だけ許してやろうというのだ! 我は先ほどまで勇者をつるし上げて、祝賀をしていたので機嫌がいい! だからだ!!」

 「ひ、ひぃぃ……」


 人間の男は得体のしれない存在を見たような目をして走り去っていく。

 私は、おそるおそると人間の女へ視線を移す。


 「――オ、オホン! 運がよかったな、このような慈悲を与えるのは初めてだよ」

 「ああ、そうですか。 じゃあ、わたしも行きますんで……」

 「ま、ま、待つがよいッ! 人間よッ!!」


 足早に背を向ける人間、私はおもわず腕をつかむ。 さっきの人間の男とは違う去り方だ、それは!


 「――ちょっと、さわらないでよ!」

 「ッ!」


 パチン、と音がなり、乱雑にふりほどかれる私の手。 何度目かはわからないが、記憶の扉がまたしてもこじ開けられる。


 「なんなのよアンタ、お芝居の練習なら一人でやって!」

 「――頼む! 待ってくれッ! 今のは我が悪かったぞ、すまなかったァ!! だから私の話を聞いてくれ!! 」

 「へ?」


 人間に謝罪をするなど、生まれて初めての経験だった。 しかし、この機会を逃すわけにはいかなかった。


 「――我に、会話を練習させてくれないか!?」

 「いや、だから嫌だって。 脚本とかセリフとか色々と趣味わるすぎだし」


 立ち止まってはくれたが、とても話ができるような雰囲気ではない。

 そうか、わかったぞ! この人間、私を魔王だと信じていないのだ!



 「勘違いしている、人間よッ! 我は本物だ、魔王サタンと呼ばれている存在! 超大陸スクラヴィア・クラトンを治めている、と言えばわかるか!?」

 「ずいぶん設定が作りこまれてるのね。 ここまで徹底できるならアンタ、プロの劇団にでも入った方がいいんじゃないの」

 「違うッ! 本当のことだ! なぜ信じないのだ!?」

 「……やっぱりアンタ、やばい人? この世界には魔王はいないし、超大陸なんとかクルトンもないわよ。 妄想にしてもイキイキしすぎ」


 魔王がいないだと!? そしてスクラヴィア・クラトンを知らない!? それに、この明るい空。 もしやこの世界は。


 「人間よ、我をどう見ている?」

 「ヤギの格好をしてるやばい人? お芝居と現実が混ざっちゃった人? あ、でもさっきの火とかの演出はすごかった」


 私は確信した。 ここは別の世界であり、勇者の魔法で異世界へ飛ばされた、というのがどうやら正しいらしい。 そして、ここには魔王もいなければ魔法も存在しない。


 「よし、証拠を見せようじゃないか! 人間よ、私がもう一度魔法を使えば信じるか?」

 「いいかげん怖くなってきたんだけど……」

 「ファッハッハ、キサマの考えていることを、頭の中を読み上げてやろうじゃないか」


 警戒している人間の女の額へ手を近づけ、「シングレイン」と呪文を唱える。



 「――いくぞ、『手も毛が生えてる、徹底してるわねー。 ってかあの被り物くさそー……衣装も趣味悪いガラだしセンスないわね。 うわっ、口の中とかネバネバしてるの気持ちわ』……もういいかな」


 予想外の傷を負ってしまったが、十分に効果はあっただろう。

 その証拠に、女の表情がパァっと明るくなっていく。


 「うわっ、すごっ! アンタってエスパーなの?」

 「――これで、我が存在を信じてもらえただろうか」

 「すごいけど、でも勝手に人の頭の中を覗くって怖いよね。 ってか気持ち悪っ」

 「きもち悪っ!?」


 思考を読み取る魔法シングレインは上級魔法であり、そう簡単に使えるものではない。 実際に何度も人間の情報を引き出してきたが、そのたびに心の中では、周りから非難されていたというのか!?



 「まぁアンタが“普通じゃない”っぽいのは、なんとなくわかったわ。 でも私には関わらないで、興味ないから」



 人間は背を向けてしまった。 またしても「興味ない」と言われてしまった。



 「――待てッ!」


 どうすれば気を引き付けられる!? もっと強力な魔法を、派手な魔法の方がよかったのか? しかし、それは今となってはむしろ逆効果とも考えられる!


 何もわからない。 この世界には一体なにがあって、何に関心を持っていて、何に心を動かされるのか。 人間の背中が離れていく。


 これでいいのか。 いや、人間ごときにこれ以上頼みごとをするなんて、魔王として名折れもはなはだしい。


 「わ、わ」


無駄な時間を過ごしてしまった。 こんな姿を誰かに見られでもしたら、いい笑い者だ。 末代までの恥ともいえる。 さっさとあの人間を殺して、元の世界へ戻る方法を考えようではないか。



「――我には娘がいるのだッ!! 可愛い娘なのだが、中々我に心を開いてくれぬ! それが辛くて辛くて仕方ない、耐えられない!!」

 「へ?」



 気が付くと、私は頭を地にこすりつけていた。 なんたる醜態、今日は散々な日だ。


 「我が娘の方が美人で可愛いが、キサマは少しばかり娘に似ている!! 人間ごときに頭を下げるのは屈辱だが、頼みがあるのだ! 我と会話をする練習をしてもらえないだろうか!?」


 反応がしばらくなかった。 聞き入れてもらえなかったのか、そう考えていた時、なにやら笑い声が聴こえてくる。



 「あはっ! あははは! アンタおもしろいね! 台本って感じでもないし、すごい必死さは伝わってきたよ。 まぁ考えとくよ、暇だったら付き合ってあげる」



 私が顔を上げると、人間の背中は小さくなっていた。 これは聞き入れてくれた、と判断していいのか。 膝についた土を払いながら立ち上がる。


 「……後悔なんぞしていない」


 元の世界に戻る方法を探し、人間を完全な支配下へと追い詰める。 そして、ついでにこの世界も私の支配下にするために、侵略をしてしまうか。


それもいいが、今はもっと重要なことをしなければいけない。


「我が娘サーシャ、父は頑張るよ」


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