異世界転移したら、女装して逆ハーレム作れと命令された俺

はじめアキラ

<1・Hero>

「というわけで、金出せ金。俺ら万年金欠で困ってんのよ、わかる?」


 令和のご時世にも、こんな古臭いカツアゲをする奴がいるもんだなあ。三年生の参道彼方さんどうかなたは、廊下で見かけた光景に目を丸くした。一年生らしき小柄な少年に、屈強な先輩二人が詰め寄っている。なんともみっともない姿ですこと、と呆れてしまった。そもそも、中学生のお小遣いの平均を知っているのだろうか、彼等は。特に中一の男子が、彼等の懐を潤すほどの金額を持ち合わせているとは到底思えない。


「世の中金だよ金、なーんでも金。ここでお前はお金を払うことで、俺らに殴られない権利を買うことができるわけ。というわけで、どうする?金額は、お前の今の有り金全部で勘弁してやるからさ」

「ひ、ひえ」


 いやいやいや、お前ら言ってて空しくならないの?と彼方は心の中で突っ込んだ。中学生の台詞だと思うと、なんとも空しくなってくる。まあ、詰めよっている三年生の二人は、中学生にしては随分老け顔だったがまあいいだろう。制服着てて、校舎内にいるのだからこの学校の生徒には間違いないはずなのだから。

 カツアゲされている少年は、がくぶると震えて今にもチビりそうになってしまっている。しょうがない、と彼方はそろりそろりと男二人、のうちボスっぽい方の奴の後ろに近づいた。

 こういう時、やることは一つだ。彼等はカツアゲに夢中で背後に忍び寄る彼方には気づいてない。よって。


「ふんぎゅっ!?」


 背後から、股間を蹴り上げるくらいは訳ないことなのである。ぶちゅ、というなんとも形容しがたい気持ち悪い感覚が爪先あたりに伝わってきた。ボスの男はびっくうう!と全身を痙攣させるように震わせ、間抜けな声とともに崩れ落ちる。おっと、思った以上にダメージが大きかったらしい。上履きの爪先で、袋のあたりを抉るようにして蹴り上げるのがコツである。大抵の男は、これで悶絶して暫くは動けない。

 まあ、致命的な怪我は負わせてないだろう、多分。


向島むかいじまさん!?向島さん!?……てんめえ、何しやがるんだコラ!!」


 もう一人の仲間と思しき男が、凄まじい顔で振り返った。彼方は子供のようにんべっ!とあっかんべーをすると、その場からばっと後ろに飛び退く。そして。


「悔しかったら捕まえてみろ、バーカ!」

「言ったなああ!?ギッタンギッタンのメッタンメッタンにしてやるぞおおおおおお!」


 某ガキ大将さながらの台詞を吐いて、そいつは彼方を追いかけてきた。やや遅れて、ボスらしき男も股間を抑えて脂汗をかきながらこっちへ向かってくる。案の定だ。なんと単細胞な連中だろう。


――ふーん、捕まえられるもんなら捕まえてみろってんんだ!


 腕力に自信はないが、脚力は別。足の速さと身軽さなら、彼方は誰にも負けるつもりはなかった。




 ***




「あ、あの!」

「ん?」


 追いかけっこをしたのは、学校の昼休みのこと。放課後になったところで、丁度同じ廊下のあたりでさっきの少年に声をかけられた。ちなみに、彼方のクラス、三年一組の教室のすぐ傍の廊下である。だからさっきもカツアゲをいち早く発見したのだ。少年は、自分のクラスがわかっていたのだろうか。


「今日のお昼はありがとうございました、助けてくれて!」


 眼鏡の気弱そうな少年は、ぺこり、と礼儀正しく頭を下げてきた。

 ちなみにお昼の追いかけっこは、奴らを適当に誘き出して少年から引き離した後、適当なタイミングで撒くというやり方で事無きことを終えている。パワーはあるが、スピードもなければ頭もないような連中だ。陸上部の彼方にとって振り切るのは造作もないことだった。


「あの、陸上部部長の参道彼方先輩、であってますよね?」

「え?そうだけど、俺のこと知ってんの?」


 彼方は眼をまんまるにする。まさか、名前を知られているとは思ってもみなかったからだ。


「知ってます!というか……一昨日知りました。僕、一昨日陸上部の仮入部したんで……」

「あ、そゆことね」


 今は四月。どの部活動の生徒も、新入部員を勧誘しようと躍起になっている季節である。彼方率いる陸上部も例にもれず、必死になって一年生に呼びかけている最中だった。個人ではそこそこの成績を残している陸上部も、リレーでは時々県大会を突破するのが精々である。ようは、中途半端な戦績なのだ。ある程度必死になって勧誘しないといけない立場にあり、今年も一生懸命呼び込みをしているのだった。

 恐らく、そうして放課後に見学で来てくれた一年生の一人だったということなのだろう。それなら、部長として彼方もみんなの前で挨拶をしているし、向こうがこちらの顔を知っていてこっちが向こうの顔を認識してないのもおかしなことではない。特に、一昨日はちょっと多い人数が来てくれたので、全員の顔を覚えることはできなかったからだ。


「あの不良の人達を振り切ったのも凄いですけど……かっこよかったです、正義の味方みたいで。僕だったら、あんな風に誰かを助けたりとか、できないし」


 少年は憧れの目で彼方を見てくる。


「先輩は、とっても勇敢なんですね。小さいのに」

「あぐっ……」

「あ、あ!ご、ごめんなさい!!」


 悪気のない少年の言葉が、思いきり彼方に突き刺さった。小さい。やっぱり、一年生から見てもそうなのか、自分。確かに、身長は三年生にして未だに150cm代という悲しい状態ではあるが。目の前の一年生ともさほど変わらないという残念な状態ではあるが。


――こ、高校生になってから超伸びる奴もいるし!俺もきっとそうだし!


 あはははは、と乾いた笑いで明後日の方向を見た先には、窓硝子がある。そこには彼方の、長い栗毛の髪をひとまとめにした顔が映っている。

 小学生の頃まで、散々姉に悪戯を受け、女装させられていた顔が。


――……男子の制服来てんだから、もっと男らしく見えてもよくない?俺。


 参道彼方。

 得意なことは走ることと人助け。

 コンプレックスは、低身長と女顔と非力。

 何で、姉よりも母親そっくりなんだと愚痴も言いたくなるというものである。高校生になったら、本当に男らしい体格になれるんだろうか。声だって、声変わりしたかしてないかわかんないくらいの高さだというのに。


「と、とにかく。あの不良どもに絡まれないように、しばらくはあんまり一人にならない方が良いよ。この廊下のあたりは人が少ないから気を付けて。三年生の教室の近くと、校舎裏みたいなところに一人で行かなければ、ああいう小物はそうそう手を出してこないからさ……」


 ややしおれた気分で、彼方は少年にそう付け加えたのだった。




 ***




 人助けが得意といっても、大したことをするわけじゃない。精々今回みたいに不良をちょっとこらしめたり、落とし物を積極的に拾ったりということくらいである。そして、それも善意100%なわけではない。元々は、己の顔と身長というコンプレックスを覆すために始めたことだった。

 女の子みたい、とからかわれることが多かった彼方は(しかも妹がほしかった両親と姉の意向で、髪を切らせて貰えないという状態。どうにか結ぶことは許してもらったが)昔から自分と真逆の存在に憧れる傾向が強かった。つまり、戦隊ヒーローである。己も、彼等のように拳や剣でバンバン敵をぶっとばして誰かに感謝されてみたい。男らしく敵と戦える存在になりたい、と。

 しかし、残念ながら華奢な体格が災いして格闘技系の稽古ではちっとも芽が出ず。脚力だけは人並み以上にあったので、とにかく足だけは鍛えまくって今に至るというわけである。同時に、せめてやることだけでもヒーローらしくありたい、とお節介を繰り返すようになったという流れもあるのだった。

 これが、思いがけず功を奏することになるのである。お節介だと嫌がられることもあったが、大抵の人は彼方が助けると喜んでくれるし感謝してくれる。特に、不良をとっちめることと落とし物や忘れ物を探すということをして感謝されたことは数知れず。誰かに“ありがとう”と言って貰える、それは彼方の自己肯定感を上げるのに充分であったのだ。

 自己満足であってもいい。己のエゴと言われても構わない。良い事をして、誰かが嬉しくて、自分も幸せになれるならまさにWin-Winだ。

 彼方が一年生の少年をカツアゲから助けたのも、まさにそういう理由。同時に、三年生で部長でありながら、積極的に道具を片づけるのも。


「あ、先輩いいですよ、持ちますよ!」

「いいっていいって!これくらいなら俺だって運べるし」


 放課後の部活終わり。二年生の少年にひらひらと手を振って、彼方はハードルを持ち上げた。一つ一つ回収しながら、今日の練習のことを考える。

 助けた少年は、本当に今日も仮入部に来てくれていた。文系そうな見た目だったが、走るフォームも悪くなかったし、入部してくれたら戦力になるかもしれない。何より、やる気のある部員はそれだけで大歓迎だ。


――昨日来てたあいつと、その友達のあいつ。それから……あいつも結構筋が良さそうだったな。ウチに来てくれるといいんだけど。


 何人か頭の中で目星をつけつつ、体育倉庫にハードルを運び入れたその時だった。


「ん?」


 ふと、倉庫の奥。跳び箱の裏あたりから、紫色の光が漏れ出していることに気づいたのである。


「なんだ?」


 何か、ライトでも置いてあるのだろうか。なんとも綺麗で、気持ちの良い光だ。誘われるように、そろりそろりとそちらに向かって歩いていく彼方。

 ひょい、と裏側を覗きこんだ、その瞬間だった。


「へ」


 ぐい、と全身を強く引っ張られるような感覚。さながら、見えない手に体中をわしづかみにでもされたかのような。


「な、な、何、なんっ」


 悲鳴は、真っ暗になる景色の中に飲み込まれていった。彼方が最後に見たものは、跳び箱の裏のスペースが紫色の輝かせる――奇妙な魔法陣であったのである。

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