第9話 本宮は俺の彼女だ!

尊と付き合いだした茉莉子は、尊の不安に気が付いていなかった。

颯志に視線を送っているのは、わざとじゃない。

だから、尊がふとした拍子に、自分の視線に飛び込んでくる事に驚く事がたまにあった。

そんな事が何度か続いた時に、茉莉子はようやく自分が颯志に視線を送っている事に気が付いた。

(そうか…。私、武田君のこと見てたんだ…。もしかして、並街君…)


「本宮!今日、一緒に帰れる?」

「本宮!明日、予定ある?」

「本宮!数学の勉強、図書室でやんねぇ?教えるから」


颯志に視線を送っても、送っても、送っても、合わない目。

それに気づかなかった茉莉子。

逸らし続ける颯志。

それに気づきつつある尊。


それでも、尊は、茉莉子を、本気で好きだった。

渡したくなかった。

いつも、颯志のヒーローで、前を歩いてきた尊にとって、初めて負けるかも知れない。

その不安を振り払うように、尊は、茉莉子の名前を何度も何度も呼んだ。



それでも、付き合って一か月が過ぎるころには、茉莉子は颯志に視線を送る事をやめた。

”なんとか…”

をつけるべきだろうか?

何せよ、数か月間、二人は手も繋がなかった。

尊は何度も手を伸ばしたが、

「…ごめん…」

と、茉莉子は下を向く。

(恥ずかしがってる…笑)

と、最初はそう思っていた。

しかし、時間を少しずつ積み重ね、

”ある事”

を予感していた。

そう。

茉莉子が好きなのは、恐らく…と。


そうして、二学期は終わり、三学期の席替えで、茉莉子と颯志の席は離れる事になる。



三学期。

颯志は、窓際の前から四番目。、

茉莉子は、廊下側の前から三番目。

尊は、二人のちょうど真ん中の前から四番目。

その席が、どんな意味を持つことになるのか、三人はまだ、気が付いていなかった。



委員会でしか話す機会がなくなった茉莉子と颯志。

それでも、颯志は頑なに茉莉子の方を見ない。

必死で話すきっかけを探す茉莉子だったが、口下手で、内気な茉莉子に。、覚悟を決めた颯志の視界を開く事は出来なかった。


颯志も颯志で、話したい。

目を合わせたい。



…触れたい…。



そんな想いが今にも溢れそうだった。

だが、茉莉子は親友の彼女。

それに、あの時、二人を結んだのは、他でもない。

颯志自身だ。

今更、『好きだ』なんて自分勝手事を言う事は出来ない。



それでも、委員会の時だけ。

隣にいる。

何も出来なくても、茉莉子が隣にいる。

何より、大切な時間だった。



委員長の話を聞いているのかいないのか、心ここにあらずな颯志に、茉莉子は尊がいない貴重な時間に、そっと隣の颯志に目をやった。

すると、少し颯志の手が少し震えているように見えた。

そこで、我慢していた今までの分が、ポロっと口をついた。

「武田君、どうしたの?」

「え!?」

極端に驚く颯志。

「え?」

と、茉莉子までつられて驚いてしまった。


しばらく話していなかったせいもあり、颯志の胸はあからさまに高鳴った。

颯志は、自分が思うよりずっと、茉莉子を好きになっていた。

そして…、自分に茉莉子が視線を送っていた事に気が付いていた。

それは、最初の一か月で途切れた事。

そして、それが、最近、また始まった事。

廊下側から送られる、茉莉子の視線の先が、自分であることを、颯志はいつの間にか気が付いていた。

茉莉子は、いつの間にか、また颯志に視線を送るようになっていたのだ。

本当に、窓の外を眺めるような感覚で。

それに気づいていたのは、颯志だけではない。


尊もまた、最初は『俺を見てくれてるんだ』と、喜んで微笑んで見せた。

しかし、どんなに微笑んでも、微笑み返してくれない茉莉子の視線をそっと辿ると、そこには窓の風景と、残るは夕日がさしているわけでもないのに、頬が赤く染まった颯志の顔だった。



(あぁ…そう言う事か…)



尊は悟った。

茉莉子の想いと、颯志の勘の良さを。

颯志が視線に応えないのは、もしもその視線に応えたら、またその視線の先が尊に移ってしまう。

そう、思ったから。

だから、どんなに茉莉子の視線を感じても、決して視線に応えなかった。

それは、何処かで茉莉子を独り占めしたかったのかも知れない。

そんな、颯志の苦悩も、自分の観察眼を憎んだ尊の事も知らずに、茉莉子は唯々、颯志と視線が合わない事だけが悲しかった。



が、颯志は、その視線に応えなければ応えないほど、思いが募り、委員会の時だけ茉莉子が近すぎて、気持ちのコントロールが利かなかった。

その緊張感で手が震えていたのだ。


貯めこんでた想いを抑制する事がもう出来ない。

心が爆発しそうになり、何か月かぶりに、茉莉子の目を見つめ、

「僕、本宮さんの…(事、本当は好きなんだ!)」

と叫びそうになった。

「じゃあ、今日はこれで終わりにします」

と委員長の言葉に遮られ、続きを何とか呑み込んだ。


茉莉子は、その続きを聞きたい…ふとそんな感覚で胸がいっぱいになった。

その続きは、きっともう誰もいない教室に戻ったら聞こう。

そう思ったが、教室には、尊が茉莉子の帰りを待っていた。

「本宮。帰ろう」

茉莉子は、聞きそびれた続きを、明日に持って行くことにした。

鞄に教科書を詰めると、

「じゃあ…明日ね。武田君」

そう言って、尊の元へ駆け寄って行った。



階段を一階降りると、尊が、

「あ、ごめん、本宮。ちょい忘れ物。玄関で待ってて」

「あ…うん」

そう言うと、尊は駆け足で教室に戻った。



教室では、のろのろと帰る準備をしている颯志がいた。


「颯志!」

尊の大きな声で、颯志は一瞬縮こまった。

「あ…なんだ。尊君か」

胸を撫でおろす暇もなく、尊は告げた。

「颯志、良いんだな?」

「え?」

「本宮は、俺の彼女だ」

「え…あ…うん。し、知ってるよ。なんで今更…?尊君」

「本当に、良いんだな?」

「…」



『僕も好きだ』


颯志は、その一言が言えなかった。


「じゃあ、俺行くわ。」


去ってゆく尊を呼び止める事も、追いかけて行く事も出来ずに、その後ろ姿を颯志は只、見つめるしかなかった。

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