第7話 偽りの恋の始まり。

二学期、席替えで、とんでもないことが起こった。

何と、茉莉子と隣同士になってしまったのだ。

何と言う運の悪さだ…。


と颯志は思った。

同じ委員会と言うだけでも手に負えないほど、困っていたのに、今度は普段の席まで委員会と同じ隣同士だ。

男子からの嫉妬もものすごいだろうが、自分の心臓が壊れてしまいそうだ。

それは、颯志が茉莉子を好きだと、まだ諦めきれていない、”終わり”に出来ないでいた結果でもある。

茉莉子がどんなに真面目で優しくて可愛らしいか、颯志は『これでもか!』と言うくらい間近で見て来た。



そんな茉莉子には、ある可愛い弱点があった。

それは、何とも可愛らしい弱点なのだが…。

茉莉子は、勉強は出来た。

…方だった。

そう。

数学以外は。


ある日の数学の授業。

茉莉子に一番来て欲しくない瞬間がとうとう訪れた。

「じゃあ、本宮。この問題を前に出て解いてみろ」

とご指名がかかったのだ。

それは、どんなに復習しても解らなかった問題だった。

タジタジになって、困っている茉莉子に、コソッと…、

「これ…」

と言って、颯志がノートを渡して、答えを教えてくれたのだ。

無事、そのノートで、黒板に答えを書き終えると、先生に丸をもらえた。

「ふぅー…」

と息を吐き、緊張から解放された茉莉子は、

「ありがとう。武田君。なんか『おはようございます運動』の時みたいに助けられてばっかり」

クスリと笑う茉莉子に、

「(尊じゃんなくて)ごめんね…」

と、呟いた。

「え?」

「あ、いや…。何でもない…」


(ごめん?なんで?私…何かしたかな?)

茉莉子は、急に不安になった。

何だか、心が急に遠くなったような寂しい感覚と共に。



茉莉子の隣でなんて、二学期中いたら、勉強どころじゃない…。

颯志はそう思っていた。

しかし、茉莉子は、無駄に話しかけてくるわけでも、”話しかけないで”的なオーラを出す訳でもない。

ただ、温かかった。

唯々、温かかった。


火傷、しそうなくらい―――。




隣の席になって、二週間後の、お昼休み。

風紀委員として、一学期に授業中などに漫画を読んでいた生徒から先生が取り上げた数十冊を、職員室まで運んでくるように言われた。

間の悪いことに、その時、颯志は、トイレに行っていて、教室にいなかった。

そのため、茉莉子は一人で段ボール一箱担ぎ上げ、職員室に向かった。

廊下に出て、階段に差し掛かった瞬間、

「あ…!」

足元がよく見えず、階段を踏み外しそうになり、段ボールと一緒に落ちそうになった。

「やっ!」

転げ落ちるのを覚悟したその瞬間、急に段ボールが急に軽くなった。

「ごめん。僕が持つよ」

と、颯志が助けに入った。

「あ…ありがと…でも、重いよ?」

「僕も一応男だし、そんなに重くないから平気」

そう言うと、茉莉子から段ボールを受け取った。

「…じゃあ、職員室まで一緒に行くね…」

茉莉子は頬を少し赤らめてそう言った。

「…うん。ありがとう。一人より嬉しい…」


その時、颯志の横顔を思わず茉莉子は覗き込んだ。

颯志は、真っ直ぐ前を向いて段ボールを抱えている。


すっとした鼻筋。

性格を丸出しにしたような、まあるい目元。

リップクリームなど、手入れの様子の無い少し乾いたくちびる。

『そんなに重くないから』

と言ってくれた割に、細い腕。

(大丈夫かな?私も一緒に持った方が良いかな?)

などと、茉莉子は自分でも気が付かないうちに、颯志に視線を送り続けていた。

その視線が茉莉子に向こうとした瞬間、

(わ!)

慌てて視線の先を探すと、タイミングよく、尊が数メートル先から歩いてきた。

その視線の先に気付いた颯志は、

「あ…あのさ、噂できいたんだけど、本宮さん…、好きな人居るの?」

と、突然尋ねた。

颯志には最初で最後の質問だ。

茉莉子は、モテている自覚が全くなかった為、

「え?噂?私の事、噂になってるの?」

と驚いた。

寝耳に水と言うやつだ。

「あ、や…本宮さんは奇麗だから、男子に人気あるんだ。知らなかった?」

普段、全くと言って良いほどしゃべらない颯志が、次々質問をぶつけてくる。

「知らない…よ。私…奇麗なんかじゃ…」

しどろもどろになる茉莉子。

「それって…尊君?」

と、颯志は、当たって砕けろ、と確信に迫る。

もう本当に”終わり”にするために。

「え?」

思わずその次の言葉が予想できるようで、茉莉子は不安になった。

「尊君とは幼馴染で、昔からよく知ってるけど、明るくて、優しくて、行動力があって、凄くいい人だよ。本宮さん、なんか尊君の事、見つめてたみたいだから…好き…なんだよね?」

その言葉に、体がこわばる。

『違うの!私は武田君を見てた!それが恥ずかしくて視線を逸らしてただけなんだよ!』

と、人生初の告白をしようとした茉莉子の耳に、最悪のタイミングである人物の声が聴こえた。


「そうなの?」


と、突然、いつの間にか、尊が二人の前に立って、そう聞いた。

「俺、本宮とよく目が合う気がしてたんだけど、それって俺の気のせい?自意識過剰?」

と迫ってきた。


颯志が好きなのに、颯志に尊を薦められ、尊もその場に居合わせ、颯志が好きだとは言えない状況になった。

その上、何より、自分が好きな颯志が、尊を薦めてきたことに、

(武田君は、私の事、何とも思ってないんだ…)

と急に悲しくなった。

颯志も颯志で、否定しない茉莉子に、もう見込みは無い…と、自覚せざるを得なくなり、その上、自分から尊を薦めてしまい、後戻りできなくなってしまった。


やり場のなくなった茉莉子の想いが、つい、茉莉子のくちびるを、

「…うん…。私…並街君が…好き…です」

と動かしてしまった。


本当に、息だけみたいな、小さな声で。


それでも、こんな重要な言葉を、尊が聞き逃すはずもなく、

「本当!?」

と、尊は、喜びの声を上げた。





こうして、三人の、行き違いの恋が無念と、悲しみと、喜びとを巻き込んで始まる。

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