第9話 アオイイロ
「何故、僕が稀人だと……?」
シシリアさんはお祈りに忙しいみたいだし、アレックスさんに聞こう。
「一つ、貴方が不用心だという事。一つ、神物を所持していた事。一つ……ルイ殿の魔法が、稀有な魔法だった事……ですかね」
「魔法……?」
「ふむ……。ルイ殿は、過去に稀人様が一人居たのをご存知で?」
女神様の言っていた……前の子、の事かな?
「やんわりとですが……」
「ふむ。その稀人様は……我々の祖国を建国した、初代国王なのです」
「へぇぇ……。凄く、凄く……興味深いですね」
凄い……その人は、国を興したのか。
菓子屋の僕じゃ、真似出来ない。
気になる。その人の偉業を、日本人の努力を……この目で見てみたい。
「なので、文献が多く残されているのです。建国王は……稀人様は、稀有で特殊な魔法を操る方だったと」
「なる……ほど……?」
納得いかない僕に、苦笑いを浮かべてるアレックスさん。
「普通の人間の魔法は……元素を操るに留まるのです。物質を作り出し顕現させる、それは稀有な力ですよ、ルイ殿」
「ほほぉ……」
そんな事言われましても……女神様は何も言ってませんでしたし。
しかし……稀、ねぇ。
「稀有、という事は……稀人だけじゃないんですよね? こう……特殊な魔法ってものは」
「中々鋭いですね。その通り……稀人様以外にも、稀有な力を持った人間は居ます――――私、とかね」
不敵に笑うアレックスさん。
稀有な力……僕の脳裏に過ぎるのは、夢で見た勇者の魔法。
「へぇ……勇者、とか?」
「ふふふっ……悪い人だ。まさか御存知だったとは」
クツクツと嬉しそうに笑うアレックスさん。
……悪いけど、他に思い付かなかっただけなんだよなぁ。
「まぁ……お互い稀有同士、仲良く慣れそうですね」
とりあえず会話を流しておこう。
しかし……アレックスさんはそんな僕の言葉に、目を丸くして驚いた表情をしている。
「私が勇者と知って、そのような言葉を掛けてくれたのは……ルイ殿が初めてです」
「そりゃ……寂しい世の中ですねぇ」
「ふふ……全くです。私が手を広げても、誰も飛び込んできやしない」
ははぁ……。勇者だからこその悩みとかあるんかねぇ。
寂しそうに笑いながら軽く手を広げているアレックスさんの胸元に、押し付けるように女神様から貰ったネックレスを押し付ける。
「それじゃ……これは、寂しいアレックス君にあげる……友誼の証」
途端、慌てふためきジタバタと暴れるアレックスさん。
「それは……!! いや、頂けませんっ!! 私は……自分の為に、この神物を使う訳じゃ無いのです……!! 友誼の証には、頂けません!!」
じゃあ誰の為に……?
考えても無駄だし、もう一個あげれば丸く収まるか。
あー……シシリアさんの分も必要か。
インベントリから女神様のネックレスを追加で二つ取り出して、テーブルの上に置く。
「それじゃ、この二つはアレックス君とシシリアさん用で。三つあれば良いかな?」
「いや――――え!? 何個あるんです!?」
「あと十七個だねぇ」
数を聞いてアレックス君は思わず吹き出し……口元を手で抑えながら大きく笑う。
「あぁ……あぁ……今日は素晴らしい日だ!! 全てが、全てが解決するっ!! ありがとうルイ殿……!!」
良くわからんけど……嬉しいなら何より。
「詳しく聞いても?」
「ふふふ、そうですね……一言で言ってしまえば……この神物があれば、私とシシリアが結ばれるのです」
惚気かい。
「そりゃあ目出度い」
「えぇ、えぇ……下らんしがらみから解き放たれた気分です」
結納品的な扱いなんかな……?
異世界の文化は良くわからん。
「私、シシリアは他国の皇女。アレックスは……公爵家。色々と国同士のパワーバランスがあったのですよ」
「うおっ……」
突然、隣から聞こえてきたシシリアさんの声にびびった。
いつの間にお祈り終わったのよ……。
「なるほど……? つまり、僕がアレックス君と友達になると、またバランスが崩れちゃいますよね?」
「いいえ。私の祖国……ハプスブルク教皇国では、稀人様の信仰は御座いません。女神セレーネ様の神物があれば……構わないでしょう」
「へぇ」
なんだろう、日本と違って神様が近い存在だから、より一層信仰深いのかな?
「じゃあ……この世界初の友達になって貰えるかいアレックス君」
そう言って右手を差し出すも……アレックス君は、手を伸ばしてくれない。
「私なんかじゃ……釣り合わないよ、ルイ殿。貴方は無欲すぎる」
悲しそうに笑う、アレックス君。
うーん……ちょっと感性が違う、かな?
「僕の魔法は何でも創れる。それは家も服も食べ物も……金も。だけどね……人は創れない。人の心は、創れない」
創れても……意味が無い。
だからこそ、僕は人が欲しい。
友達も、恋人も……家族も。
ここには知り合いも同僚も家族もいない。
だからこそ……僕が一番、欲しいもの。
「そう言われてしまったら……この手を取るしかないじゃないか」
ギュッと僕の手を握り、握手してくれるアレックス君。
「私も君と友人になりたい。勇者だろうと公爵だろうと……何も気にしない、ルイ殿と友人に……」
あまり興味無かったからだけどね。
「うん。じゃあ宜しくアレックス」
「あぁ……ルイ。宜しく」
「あら、私は?」
「勿論、シシリアさんも」
「ええ、ふふ……宜しくお願いしますね?」
やったね。
とりあえず、人脈ゲットかなぁ。
なんというか、この二人とここで出会ったのは……女神様の力が加わってそうだけど、気にしなくても良いか。
「とりあえず……二人は早く帰りたい感じだよね?」
「うん……ルイには申し訳ないけど、そうしたいのが本音だね」
緊張が解けたのか……はたまた、友人扱いして貰えたのか、口調が砕けたアレックスは……清々しい程イケメンで悔しい。
「それじゃ、僕はここで暮らしているから……余裕が生まれたら迎えに来てよ。稀人が作った国……凄く興味があるからね」
その国で暮らすかはわからないけど……一先ず、見てみたい。
「うん……必ず。近いうちに使いを出すよ。それまではひっそりと暮らしててね、ルイ」
「はいよ」
「私は……一度、本国へ戻ります。暫しの別れになるでしょう。貴方に、神の御加護があらんことを」
たぶん、この世界の誰よりも加護があるけど……ただの挨拶だろうから、つっこまない。
「そうですか……シシリアさんも、お気を付けて」
これから仲良くなる……筈なのに、いきなりの別れでちょっと寂しい。
けど……仕方ないよね。友情より愛情の方が大事。
昔仲良かった友達も……彼女が出来たら、遊んでくれなくなったし……ね。
「本当にすまないルイ。利用する形になってしまって……」
「構わんよ。友情より……愛情、だろ?」
「!! そうか……そうだよね、ルイ。ありがとう」
「ま、これから先……時間は沢山あるし、これから仲良くなれば良いよ」
「あぁ……! それじゃ、この辺で失礼させて貰うよ! 絶対、絶対に待っててね!! きっと気に入ると思うから!!」
「うん?」
「それじゃあルイ様、御機嫌よう」
「あぁ、はい……お気を付けて」
門の外まで見送り、二人に手を振りつつその背を見届ける。
何度も振り返りながら……二人は荒野を駆けて行った。
……いや徒歩かよ。なんという脳筋……。
まぁ訳ありっぽかったし、そんなもんなのかなぁ。
それにしても、アレックスの最後の言葉、ちょっと変だったから気になる。
しかし……それを気にし始めると、このままネックレスを持ち逃げされる可能性も気にしなきゃいけなくなるんで、気にしない事にしよう。
「若いっていいなぁ……」
僕もあぁやって、全てを投げ出すような……一つの出来事に一喜一憂する恋がしたかった。
二十歳を超えると、そんな気力も無くなってくるよね。
今の僕に――――何が残ってるんだろ。
稀人だと祭り上げられても……全然、嬉しくなかった。
稀有な魔法だと言われても……辛いくらいだった。
何方も……僕の力じゃない。僕が培ってきた人生じゃない。
「お菓子……」
結局僕は……何処に行ったって、何になったって――――パティシエの自分しか、無い。
「……お菓子作ろ」
彼らに出会って……また一つ、自分と向き合えた気がした。
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