極道坊っちゃんの仰せのままに

猪野々のの

プロローグ

 社会人二年目、地元の短大卒。好きな乙女ゲームのために午後からの半休を取ったのが運の尽きでした。


辰宮たつみやさくらさんですね。今から貴女を――誘拐させて頂きます」


 黒塗りの海外車。乱れなき綺麗な整列の正体はサングラスを掛けた怪しさ満点の黒い背広の男性が多くて。そして耳を疑うような、白昼堂々の犯罪宣言……意味不明な展開に私の頭は寄り道を許さずに混乱を辿った。この横濱で一番関わってはいけない組織、安楽島あらしま組が目先の存在であると気付いた時には生命の危機を感じるほどに。


「あ、あっ……」


 あなたたちは誰ですか……いや、分かっている。それでも確認したいのに、言いたいだけなのに声が出ない。道行く人々は憐れみの目でこちらを見ては逸らすばかりで、助けようと試みる命知らずは誰一人としていない。……仕方ない、私だって当事者こっちでなければそうするだろうから。


 安楽島組。

 三百五十万人強の人口、都市部からのアクセスが完璧な横濱を牛耳る組織の名称。その名の前では警察も自治体さえも触れ伏すという噂。真相は不明だがとにかく危ない集団ということには変わりない。要するにただの一般人の私が暴力や違法を生業とする方々とは無関係、住む世界が違うのも同然なはずなのに……。


「……申し遅れました。僕は安楽島竜聖りゅうせいです。当家の頭の命により責務を果たしに来ました。以後、お見知りおきを」

「は、はぁ……」


 表情筋は乏しいものの丁寧かつ、礼儀正しく頭を下げられる。私より年下の安楽島の血を引く恐怖の対象が。その自身の曖昧な返事にハッとなって両手で口を塞ぐ。


 安楽島に目を付けられたら最後、それは人生最期の瞬間だ。支社に異動して半年、歓迎会の際に言われた一言が今となって鮮明に真面目な忠告として脳に刻み込まれる。お酒に酔っていた先輩方も、あの時だけヒヤリとした空気感が付属品として一緒に。これからどうなるのだろう、語るまでもなく不安だけが募る。そんな情緒が嫌な形で伝染となって彼の口を開く結果になろうとも。


「恐怖に浸る必要はありません。……時間が惜しい。詳細は車内にて。ご同行、願えますか」


 いいえ、の余地はない。そう有無の思考も浮かばずに私は高級車に乗る選択肢しか残されていなかった。



 ごめんなさい――お母さん、お父さん、それから愛猫のミャオ。辰宮さくら、二十二歳。都会で頑張ってましたがロクに親孝行も出来ずに人生終了しそうです……。

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