第13話 戦闘終了と嵐の予感
燃えた火薬の独特の香りが甲板を包み込み、砲口から噴き出した白煙が風に流されてレガシー号の後方へとゆっくり流れていく。
砲身の半ばまで舷側の外へと出していた大砲は、ギシギシと木製の悲鳴を上げながら砲撃の反動で勢い良く後退して再び装填位置へと戻って来た。砲声の余韻も消え、しかしその迫力故にただ喋る事も出来ない乗員達。ウィルですら大砲の一斉発射による圧倒的な迫力に唖然としていた。
平常運転なのは事前に見た事のある俺とトム、そしてトムが連れて来た整備員達だけだった。
「ほら、ぼさっと呆けていないで!敵はまだこっちに来ているんです。次弾装填行きますよ!」
トムの言葉にハッとしたかの様に我に返った乗員達。トムや整備員達に事前に教えられていた通りに、やや慌てつつも砲弾の再装填作業に戻った。
1度装填棒で大砲の中の煤を拭う。火薬の燃え滓や高温のガスで溶けて砲身にへばりついた砲弾の欠片。それらを少しでも除去する事で暴発や不発などのリスクを減らす事が出来るのだ。
ゴソゴソと、装填棒で大砲の中を拭う離れている俺の耳にまで聞こえてくる。一通り掃除を終えて、砲身から取り出された装填棒の先端は煤と溶けた鉛で真っ黒になっていた。
そうして再び、発射薬を入れて、砲弾を入れて装填棒で奥へと押し込む。先ほどまでやっていたのと手順は全く同じだが、少しだけ乗員達の動きが良くなった様な気がする。
2回目だから少し上達するのは当たり前だと言われるかもしれないが、人間というのは戦場において敵を撃つという行為に嫌悪感、もしくは拒絶感を持つのが当たり前だ。中世や近代にかけて戦列歩兵という戦術においても、銃に装填はするけども撃たない。ただ銃身に弾と火薬を積み重ねていく兵士が居たという。
訓練の行き届いた現代の兵士でも敵とはいえ命を奪うという行為を行うのは難しいのだ。徴用された民間人が大多数だった中世や近代の兵士ならなおさら乗り越えるのは難しい。
そして、このレガシー号に乗っているのは現代の訓練された兵士では無い。ただの民間人が大多数だ。精々トムやその部下の整備員が軍属に近いくらいだ。それに彼らも兵器開発という裏方であって、戦争の際に最前線で武器を取り戦う人間では無いのだ。
「装填完了。船長、何時でもいけますよ。」
大声でトムが俺に向けてそう報告する。再び発射可能となった5門の大砲はその砲口を敵のキャラベルへと向け、何時でもその咆哮を上げる準備が整っていた。
「敵艦との距離知らせ!」
「敵船まで距離250m!なおも本船に向けて接近中です!」
「よろしい!第2斉射、射撃用意!」
帆船に積まれている前装式の大砲に照準器なんてものは無い。ライフリングと呼ばれる弾の弾道を安定させる螺旋状の溝も無く、マスケット銃と同様に数撃ちゃ当たるが基本のこの大砲は射手が精々砲身を左右に動かしたり、車輪の下に楔を入れて少し仰角を上げる程度の事しか出来ないのだ。
「1番から5番砲、照準よし!射撃用意よし!」
「第2斉射、撃ち方始め!」
「撃てぇ!」
再びレガシー号の甲板に広がる5門の大砲による大音量の砲声。咽返る硝煙の匂いと砲口から噴き出す白煙のベールが敵のキャラベルを俺達の前から一時的に姿を隠し、ドップラー効果によって一瞬にして小さくなるヒューンという発射された砲弾の風を切る音が白煙の向こうから俺達の耳へと聞こえてくる。
ゆっくりと、薄れていくように風によって流れていく白煙の隙間から、敵のキャラベルを包み込むように甲板を軽々と超える高さの4つの水柱を僅かに俺は見ることが出来た。
4つ…………そう、確認する事が出来た水柱は4つだけ。敵のキャラベルの右舷船首側に穴を開けながら、水柱に負けじと舞い上がる木片とマスト等に繋がっていたはずの索具類が千切れ飛んでいたのだ。
「め…………命中しました!敵船の右舷船首に当たりました!」
マストに登っていた見張り員が叫ぶように甲板にいる俺達へと報告して来るが、俺以外の乗員は作った張本人のトムでさえその威力に絶句してしまっていた。
大砲というものがどういう物か知っている俺は兎も角、何も知らないトム達が音速(実際には音速未満の速度であるが)で飛ぶ砲弾という金属の塊がもたらすその効果を実際に目にしてしまえば、こうなる事も無理もないだろうと思ってしまう。
単眼鏡で敵のキャラベルを確認してみれば、着弾した場所は派手に色々と吹き飛んだにしてはその穴自体は小さいものだった。まあ、砲弾自体は中に炸薬なんて入っていないただの金属の塊だから当たり前だけど、薄い木の板で高速の砲弾の威力が削がれるはずもない。
不運にも、いや俺達レガシー号の乗員からすれば幸運なのだけど、命中した砲弾は敵のキャラベルの船内で軌道を変えて暴れまわったのだろう。傍目には無傷にも見えた敵のキャラベルのマストは根元からゆっくりと15度ほど横に傾いていた。どうやら船内でマストの基部を吹き飛ばした、もしくは大きく抉って行ったのだろうと思う。
普通の砲弾では中々こうはいかない。専用の砲弾でなければああやってマストを折ることは中々出来ないのだけどもラッキーパンチというか豪運というか、なんにしてもそれが俺達レガシー号にとっては都合が良かったのは事実。
「て、敵船取り舵回頭!離れていきます!」
「やった!勝ったんだ!」
レガシー号から離れていく敵のキャラベルを目の当たりにして、大砲の威力に絶句して固まっていた乗員達が再始動していく。ある者は大声で喜び、またある者は静かに隣の者の肩を叩きあって喜びを形にしている。
本来であれば、俺は船長という立場を頂いている以上その責任を果たす為に浮かれる彼らを嗜め、船の安全を確保しなければならないのだけれど、彼らの喜びの声に合わせる様に俺の目の前に現れたウィンドウがそれを遮ってしまった。
New『バトルに勝利しました』
New『初バトルにより初回経験値ボーナスが入りました』
New『自身のレベルより格上のモンスターに勝利しました』
New『格上モンスターに勝利した為、経験値にボーナスが入りました』
New『必要経験値を会得したためキャラクターLvが上昇しました』
New『必要条件をクリアしたため新スキル、〖鼓舞〗を会得しました』
とまあ、こんな感じでつらつらと通知が表示されていく訳で。
初バトル云々に関してはまぁ、そもそも戦闘なんて今回が初めてだから理解できる。レベルアップも新スキル云々もそうだ。まだ理解出来る範疇だが、果たして今回のこの戦いをバトルと言っていいのか運営よ…………
ウィンドウにあるバトルログなるシステムをタップして表示させてみたが、イマイチバトルに関しての詳細がよく解らない。ただ、どうやら先ほどの砲撃で何人か敵キャラベルの乗員を倒したらしい事だけは理解する事が出来た。
一体、何処までがシステム上のバトルに相当するのか。新しく会得した新スキルについて疑問や気になる事が大いにあるけどもそれはこの際後回しだ。
「総員合戦準備用具収め!当直員以外は休んでくれ。トム!」
「何でしょう船長。」
「余裕があれば最低限でいい、大砲の整備を頼む。本格的なのは向こうについて余裕のある時にするが念の為に。」
「了解しました。煤とか溶けた鉛とかは後回しにすると大変ですし、また奴らが来た時に使えませんじゃ積んで来た意味がありませんからね。良ければ幾らか当直外の船員の力を少し借りてもよろしいですか?」
「ああ、あの損傷だから追っては来ないだろうが…………人員についてはウィルと相談して決めてくれ。」
「アイ・サー、了解しました船長。」
流石は軍属に近い位置にいるトムである。俺の言いたい事を即座に理解してくれて直ぐに取り掛かってくれるのはありがたい。トム本人も先ほどの戦闘で色々と感じる事はあるだろうに、俺の指示を聞いてからは努めて周りを気遣う様に微笑みを浮かべ、実際に周りの雰囲気を気にしながらウィルの所へと向かって行ってくれた。
ひとまずこれで良いだろう。今は勝利した興奮が皆を浮かれさせているが、それが冷めてしまえば今後の航海に不安を感じる者達も出てくるはずだ。
その時は何とか俺やウィル、トムの様な上の立場の人間が上手く導いていくしかないだろう。可能なら何も起きないに越したことは無いのだけどね。
今後の航海にわずかばかりの不安を憶えながらも、俺はそれを顔に出すことは出来ない。上の人間が不安がってしまえば下の者達まで不安がってしまう。知識としては分かっていたつもりだったけども、どんなに不安でも、どんなに辛くても決して顔や態度に出してはいけないというのは中々に重いものだと、ゲームだとしても実際に自分が直面してみるとそう強く実感してしまう。
「何とかなる…………いや、するしかないか。」
「よう、随分と賑やかだけど何かあったのかい?」
思わずため息を吐きそうになった時、唐突にそう話しかけられた。
水平線の彼方へと送っていた視線を話しかけて来た張本人へと移せば、この船唯一の他プレイヤーであるケイスケがにこやかに手を振っている所だった。
「ケイスケか。そう言えば今日は見てなかったな。」
「ついさっきログインしたばかりだよ。それで?皆騒がしいけど何かあったのかい?」
どうりでケイスケを見かけなかった訳だ。内心納得しつつ、ケイスケは先ほどまでの戦闘は見ていなかったので掻い摘んで先ほどまで起きていた事を説明する事にした。
始めはにこやかに聞いていたケイスケも、戦闘が始まったあたりからはその笑みも消えて最後には口をあんぐりと開けて何とも間抜けな表情を浮かべていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!大砲だって!?それって他の国で使われている様な、魔法力を込めて撃ち出す魔力砲ってやつだよな!?」
「何だよ魔力砲って?レガシー号に積んでいるのはごく一般的な前装式の火薬砲だぞ?歴史の授業とかで出てくるだろ。」
変な事を言ってくるケイスケに俺はそう言って、ほら見ろよと絶賛トムを筆頭に整備し始めた5門の大砲に指を指した。
そう言えば、ケイスケは大砲に覆いが被せてある状態しか見ていなかったなと思い出した。元々テネルファ諸島についてから試射をする予定だったので積み込んでからずっと濡れない様に防水加工された布で覆っていたのだからケイスケが知らないのも当然だった。
そう内心納得していたのだけど、ケイスケは俺の指さした大砲を見てこれまたあんぐりと口を開けて絶句していた。随分と間抜けな表情パート2だな。
「ま…………まじで大砲がある!?なあオーブリー!あの大砲どうやって手に入れたんだよ!」
俺の両肩に手をかけて大声で捲し立てる様に問いかけるケイスケに、仕方なく俺はこれまた事の経緯を話す事になった。
オーガスタス・ベルモント伯との出会いやトムが開発者である事など、船関係以外を大雑把に話したのだけど、話し終わった後にケイスケは何とも形容しがたい表情をしていた。
「た、大砲以外に銃まであるなんて…………しかもプレイヤーメイドじゃなくてNPC製だと?マジかよ…………」
「嘘だと思うならテネルファ諸島に着いたら試射する予定だけど見に来るか?」
「行く!因みに1丁買えたりは?」
「売る訳ないだろ。そもそも大砲も銃も俺の所有物じゃなくて試験する為に借りた物だ。」
「…………デスヨネー。」
見に来るか?という俺の誘いに食い気味答えたケイスケだったが、売り物じゃないと分かると目に見えるほどがっかりしていた。
唐突に、そんな会話をしていた俺の肌を海の潮気を帯びた風が撫でた。マストに展帆していたセイルが風を孕み、ゆっくりとその形が楕円を描いていく。
ここ数日感じられなかった、順風の風。その風を感じた俺は少しだけ笑みを浮かべたが、直ぐに笑みを消す事になってしまった。
普段より湿気を含んだねっとりとした風。風上の遥か遠くに見えた分厚く高度の低い雲。気圧の変化によって少しだけ違和感のある耳。
そして何よりも、視界の端に映る小さく表示されたウィンドウの存在。
『〖観天望気〗が発動しました。天候が著しく変化する可能性があります。』
今まで何度か見た事があるウィンドウだが、決まってこのスキルが発動する時は天気が崩れて雨が降って来たりしたのだが、どうやら今回は規模が違うらしい。
「どうした。急に黙り込んで?」
「お喋りはここまでらしい。」
「???」
俺の言葉に不思議そうな顔をするケイスケに、俺は溜息と共にこれから来るであろう存在について口を開いた。
「…………嵐が来る。それもそこそこ大き目のだ。」
「ま?」
「マジもマジ、大マジだ。ケイスケも厄介な時にログインしちゃったな。」
本当に厄介だ。リアルでも確かに嵐の海を航海した事はあるが、それは鋼鉄で出来た現代の船での話。この木造のレガシー号で何処まで行けるのか分からない。
まったく…………どうやら俺達の受難はまだまだ続くらしい。思わず溜息が零れてしまったのは仕方ないだろう。
ネーム オーブリー
Lv 10
HP 40/40
MP 20/20
職業 下級士官(異界の旅人)
称号 無し
スキル
メイン 測量Lv10
サブ 観天望気Lv5
操舵Lv3
製図Lv1
鼓舞Lv1
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