吹けば飛ぶような
きつね月
第1話 吹けば飛ぶような、テスト前
とあるファミレスにて、夕暮れ時のこと――
「……」
「……」
「……ねえ、
「……なに?」
「このさ、『シャインマスカットのパフェ』っていうのが気になるんだけど」
「頼めばいいじゃん」
「いいの?」
「好きにしなよ」
「でもここの会計は裕子持ちなのよ?」
「え……それはなぜ?」
「それは貴女が『勉強を教えてほしい』って私に泣きついてきたからでしょう」
「奢るなんて一言もいってないじゃん」
「なら帰るけど」
「まって、帰らないで。そのノートを持っていかないで」
「……」
「わかった、わかりました。奢るから」
「よろしい」
「……でもさ、ちょっと今月厳しくてさ。こっちのミニの方にしない?」
「じゃあ帰るけど」
「うう……」
★★★
「うまい」
「うう……」
「……て言うかね、そもそもね」
「やめて」
「テストの前日にそんなに必死になって勉強してるのがもうダメなのよ」
「やめて、っていったのに、なんで言っちゃうの。
「耳の痛いことを指摘してあげるのも優しさでしょう」
「うう……」
「せっかくテスト期間で早く帰れるんだからさ、むしろ遊びに行くチャンスなのに」
「そりゃ、頭のいい人はそうなのかもだけどさ」
「頭の良し悪しは関係ないでしょう。どう時間を使うかの問題じゃない?」
「うるさい、正論お化け」
「正論お化け……?」
「ふん」
「だって、一授業につき五十分も拘束されてるんだからさ、その間にテストの勉強もしておけば、学校以外の時間を全部遊びに使えるじゃない」
「そんなの理想論じゃないっすか……」
「じゃあ裕子は授業中はなにをしてるの?」
「え、それは、板書を写したりとか……だよ」
「じゃあ今見せてあげてるこのノートは、一体誰のものなの?」
「……実花さんのです」
「……」
「いやほら、私も苦労してるんだよ?五十分も授業を受動的に聞き続けるのは集中が続かないからさ、メリハリをつけるために落書きなどの能動的な行為を織り混ぜつつ、それでもダメなときは一時的な睡眠なども取りつつ、これでも必死でやってるわけですよ」
「うるさい」
「うう……」
★★★
「補習は嫌だ補習は嫌だ」
「……ねえ裕子」
「なによ」
「ピザ頼んでいい?」
「まだ食うのかよ」
「だって暇なんだもん」
「じゃあ勉強を教えてくださいよ……」
「教えてるじゃない」
「ノート見せてくれてるだけじゃん!」
「……だけ?」
「いや、あの……感謝してます」
「いいこと?裕子。よく聞きなさい」
「はい……」
「どんなことでもね、手取り足取り懇切丁寧に一から教えてあげることは、その子のためにならないの。本当の教育とは、その子が自ら考えられる力を身に付けられるようにすることなの」
「あの、なんの話でしょうか」
「今貴女は、普段から勉強してこなかったことを後悔してるでしょう」
「……」
「してるわね?」
「はいっ」
「よろしい。私もそんな貴女を見て見ぬふりをしていた。授業もろくに聞かないですやすや眠りこけて、先生に怒られている貴女や、ノートに落書きばかりしていて、いざ先生に指名されたときになにも答えられないで、落書きまでバレて怒られていた貴女のことを、私はあえて放置していた」
「……」
「もちろん、その時に忠告してあげることもできた。『後で苦労しないように今勉強しておいた方がいいよ』って。でもそんなことを言われても、あの時の貴女は聞く耳を持たなかったでしょう」
「……」
「こうして補習の恐怖に怯える今があってこそ、切実な実感を持ってその言葉を受け入れられるようになるでしょう。私はこの時を待っていたの。すべては貴女のためを思ってのことなのよ」
「……実花、そこまで私のことを考えていてくれたなんて……」
「ええ、もちろん」
「テスト勉強につけこんで私にたかろうとか思ってた訳じゃないよね?」
「ピザ頼んでいい?」
「……いいよ」
お会計後、家路をたどる夜のこと――
「ああ、すっかり食べ過ぎちゃった」
「うう……」
「なによ、あれだけやったのにまだくよくよしてるの?」
「にせんにひゃくえんって……」
「ああ、そっちか。ご馳走さま」
「うう……」
「まあ、これで補習を回避できるんなら安いもんでしょ。テストに出そうな要点は結局私が教えてあげたんだし」
「回避……できるかなあ。なんか逆に自信なくなったんだけど」
「できるわよ。ちゃんと勉強したんだから」
「ほんと?」
「本当本当、テスト前ギリギリとはいえ、ちゃんと勉強してるだけ偉いもの。うちの妹なんか酷いよ?『成績良い担当はお姉ちゃんに任せた』、なんて意味の分からないこと言って開き直ってるしさ」
「……なるほど」
「……なるほど?」
「いや、他人に任せるっていう手があったのかと」
「ないから」
「でもさ、人にはそれぞれ得意不得意があるわけだから、それを得意な人に任せてしまうっていうのはある意味効率的……」
「ないから。ぜんぜん、まったく、これっぽっちもないから」
「えー」
「せっかく褒めたんだから素直に受け取りなさいよ」
「むう」
「……」
「……」
「……」
「……補習は嫌だ」
「大丈夫だって」
「そうかなあ……」
「そう。ぜんぜん、まったく、これっぽっちも大丈夫」
「なにそれ」
「大丈夫ってことよ。それより、テスト終わったらどこに遊びに行こうか、ってことを悩んだ方がいい。そのほうがよっぽど建設的」
「実花は本当に遊ぶのが好きだよね」
「裕子は好きじゃないの?」
「好きだけど」
「じゃあいいじゃない」
「……うん、まあ、そうかな」
「そうよ」
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