第9話 レイラ、恥ずかしすぎて発狂する

「がぁぁぁぁあああああああああーーーーーーーーーーっ!!!!」


 早朝。いつもよりも早く目覚めた。

 というよりも、ほとんど眠れなかった。


 まだリリさんやガルアラム様がここへ来ないうちに、発狂してしまったのである。

 昨日の行為について、冷静に考えることができたからだ。

 私は昨日、料理の味に負けて理性を失っていた。

 ガルアラム様に『あーーーん』を何百回していただいたことやら……。


 恥ずかしさのあまり、身体が元気な状態ならばベッドで高速寝返り往復をしてしまいたいくらいだ。

 今やると確実に怪我の完治が遅れるから、踏みとどまるが。


 それにしても今になって心拍数が異常なほどに上がりドキドキしてしまっている。

 もちろんガルアラム様に対して恋愛的な感情でこうなっているわけではないと思う。

 おそらく恥ずかしさと単純に、誰もが好く王子様のような男性に食べさせてもらったことで浮かれてしまっているだけに過ぎないのだろう。


 しかも、また今度料理を作ってくれることまで言ってくださった。

 幸せすぎて、心臓がおかしくなって死んでしまいそうなくらいである。


「こんなに満腹で寝られたなんて初めてだな……」


 ふと、両親が残した残骸物を当たり前のように食べていた日常を思い出してしまう。

 骨の周りに残った肉がご馳走だったり、硬くなってしまったパンがお腹を膨らませるエネルギー源だったり、そんな食生活にまたいずれ戻ると思うと心苦しくなってくる。

 夢のような体験をしたあとに現実へ戻った瞬間は、なんともやるせない気持ちになると聞いたこともあったが、もうじき私もそのようになるのだろう。


「どうした!?」


 まだ早朝だというのに、突然ガルアラム様が医務室へ入ってきた。


「あ、ガルアラム様。おはようございます……」

「悲鳴が聞こえてきたのだが」

「え?」


 ここは医務室のベッドだ。

 私の身体が動けない状態だから、ここに来てから部屋の外に出たことがない。

 全て、この医務室ないで用を済ませることができてしまうからだ。

 疑っているわけでは全くないのだが、仮にここが侯爵邸ではないと言われればそのまま信じてしまえるだろう。


 ゆえに、侯爵邸がどのような構造なのかも全くわからない。

 大きめの声で叫んでしまったことは事実だが、次期侯爵様であるガルアラム様がすぐそばの部屋で仮眠などとらないだろう。


「隣の部屋で寝ている。気がついて当然だろう?」

「え……? ガルアラム様の自室がお隣なのですか?」

「いや、隣は医療用の道具部屋だが」

「ベッドは……?」

「寝袋を使っている」

「なぜそんなことを……?」

「さすがに同じ部屋で寝るわけにはいかないからな。だがレイラ殿になにかあったら駆けつけられるようにしている。実際に今、悲鳴に気がつき駆けつけることができただろう」


 いたたまれない気持ちになってしまった。

 ガルアラム様は人一倍責任感が強いお方である。

 おそらく私が原因で起きた事故の責任を感じて尽くされすぎているのだろう。

 だが、さすがにこれは私も納得がいかなかった。


「お気持ちは大変嬉しいのですが、ガルアラム様はしっかりと自室で、ベッドでお休みくださるようお願いいたします」

「そうはいかない。今回のようになにかあって気が付かずに手遅れとなってしまったら大変だろう」

「でも、そこまでしていただくわけには……」

「それくらいのことを俺はしてしまったのだ。すまないと思っている」


 全く引く気配がない。

 このままではガルアルム様の生活まで脅かしてしまいかねない。


「ならば、私はここにいるわけにはいきません。帰らさせていただきます」


 まだ歩くことがままならない。

 リリさんの補助でようやく立ち上がることができる状態である。

 しかし、それでもガルアラム様の生活環境をめちゃくちゃにしてまで看病をしてもらう気にはなれない。


 意地で起き上がり、床に足を付けようとした。

 だが現実は厳しく、足裏が床に触れたのを確認して立ち上がった瞬間、身体中に激痛が走った。

 それでも一歩、歩きだす。


 私は意地っ張りなため、そのうえで両親が上手く操作したおかげで悪役令嬢などと噂が広がってしまっている。

 当然ガルアラム様も私の噂は知っていたし、今回の行為にさぞ呆れていることだろう。


「無理するな」

「でも、ここにいたらいつまでたってもガルアラム様が正常な日常を送れないでしょう。十分な看病と手当て、おいしい食事には本当に感謝していますが、自己犠牲にしてまで看病はされたくありません」


 ゆっくりだが、一歩づつ歩き出す。

 しかし、さすがに無理があったようで、耐性がよろけてしまった。

 このままでは倒れる……!


「無理するなと言っただろう」

「え……えぇ……」


 ガルアラム様が身体を張って私が転倒するのを阻止してくれた。

 しかし、距離が近すぎる!

 ガルアラム様に腕と胸で支えられながらも、体勢的な問題で顔がこぶしひとつ分程度の隙間しかない。

 しかもお互いに見つめ合ってしまっている状態だ。

 なんなんだこれ……。

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