妖弧秋葉は先生さんが好き

霜花 桔梗

第1話 先生初日

 まいったな、路地裏に迷い込んでしまった。


 コンコン……。


 狐?


 わたしはその呼び声に付いて行くことにした。


 コンコン。



 路地裏を左に右に歩くと。大きな神社の前に出た。助かった、ようやく大通りに出た。この上時神社の隣が吉岡短大で今日からここで教鞭をとるのだ。せっかくだ、この神社にお参りしよう。わたしが境内の中に入ると。少女が現れる。


「ここの者か?」


 わたしが話かけると少女は逃げてしまう。


 ふ~う、やれやれだ。


 また、人の気配である。現れたのは巫女装束のお姉さんであった。


「こ、こ、こんにちわ」


 カタコトの言葉に首を傾げながら、わたしは挨拶をする。気のせいか路地裏の狐に先ほどの少女と同じ香りがする。さて、どうしたものか。


「わたしは『田中 周平』この隣の短大の国語教師だ」

「すごいです、先生さんですか、わたしも先生さんの授業を受けたいです」

「ああ、短大だ、学校に籍がなくても歓迎する」

「えーわたしの名前は『秋葉』です。この神社で守り神……ではなくてお掃除の仕事をしています」

「秘密のお仕事なのか?」

「はいです」


 うむ、実に素直な女性だ、イヤ、他の代名詞があるのか。本体は幼女かもしれない。それとも狐か?わたしが秋葉を観察してその存在を考えていると。


「ダメなのです。わたしはお掃除の秋葉さんなのです」

「おっと、これは失礼、わたしも子供の頃は『あやかし』が見えてね。懐かしかっただけだ」

「そうなんですか、わたしも他のあやかしが見たいです」


 上機嫌でわたしに懐いてくる秋葉は可憐であった。さて、隣の吉岡短大で講義の時間だ。わたしは秋葉に挨拶をして神社をでる。


 あやかしか……何年ぶりだろう。


「田中先生、大丈夫ですか?携帯も繋がらないし、心配しましたよ」


 短大の事務室に着くと職員さんが心配していた。どうやら、あやかしの空間にいたらしい。


「あぁ、大丈夫だ」


 その後、わたしは授業で使うプリントを印刷室で刷っていると。


 コンコン……。


 狐の気配だ。そうか、授業に招いたのだ。害もなかろう。しかし、ずいぶんと積極的なあやかしだな。授業が始まると……。


 コンコン。


 狐の気配だけするが姿は見えなかった。少し寂しいが仕方がない。授業が終わり、片付けていると。幼女の秋葉が座っている。


「はわわわ、見えています?」

「あぁ」


 わたしが肯定すると、秋葉は教室から逃げて行くのであった。


***


 短大近くの宿に戻りラジオを付けて、上機嫌でビールを飲んでいた。いつもは国の機関で国語教育について研究している。そこで、久しぶり入った講師の仕事だ。あやかしにも会えたし。これからが楽しみだ。それからビールをもう一缶開けると。ぐびぐびと飲むのであった。


……。


 うげ、少し飲み過ぎた。お酒に強くもないのに沢山飲んだからだ。わたしは酔いを覚まそうと外にでる。ふら~と、神社前に行く。あやかしは居ないか……。


「どうしました?」


 わたしが石段に座っていると声をかけてくる女性が居た。


「これはすまない、少し飲み過ぎて酔いを覚ましているのだ」

「まあ、大変、お水をお持ちしますね」


 女性は社隣の建物に入って水を持ってくる。ここのあやかしではないし、親切な女性だ。


「わたしはこの神社の隣の短大で講師をしている田中周平、こうして授業のある日だけ東京から来て宿に泊まっているのだ」

「まあ、先生さんですか」


 わたしが自己紹介をすると。驚かれるのであった。とにかく、持ってきてくれた。水を飲むと。


「この辺は東京と比べても平和な街です。先生さんを歓迎しますよ」

「ああ、ありがとう、酔いも覚めたし、宿に帰るとするか」

「先生さん、よろしければ、この神社を宿に使って下さい」

「そこまでは……」

「今、決めなくていいです、来週の授業までに決めてくれれば」

「分かった、検討しておく」


 その後、宿に戻ると直ぐに寝てしまうのであった。


***


 あー頭がガンガンする。わたしは昨夜、飲み過ぎて、二日酔いであった。仕方がないが、東京に帰らねば。宿を出て駅に向かうと。駅前に昨夜、神社前で水をくれた女性が立っていた。はて、飲み過ぎたのか名前がわからない。


「失礼ですが、名前はなんでしたか?」

「あ、自己紹介はまだでした」


 よかった、飲み過ぎて名前を忘れたかと思った。


「それで、わたしの名前は『花見坂 水仙』です」

「水仙さんでいいですか?」


 いきなり下の名前で呼ぶのは、慣れなれしかったかな。わたしが腕を組み考えていると。


「はい、お弁当、電車の中で食べて下さい」

「これはありがたい、だが、そこまでしてもらうわけには……」


 しかし、もう作ってしまったモノである。ここで無理に断ってもお弁当が無駄になる。


「水仙さん、何故そこまでしてくれるのですか?」

「はい、うちの神社の御神体がざわざわしていまして、きっと良縁の知らせかと」


 どうやら秋葉さんのことを言っているらしい。


 わたしは新幹線の中でお弁当を食べていた。独り暮らしは長いが自炊などせずにいたため、手作りのお弁当は心に染み渡った。あの神社を宿に使うか提案されていたのだ。ここはお言葉に甘えて宿にするか……。


 わたしがそんな事を考えながら車窓を眺めていると。都心に入ったのか都会の景色が見えてきた。ここで新幹線から乗り換えである。

お弁当も食べ終わり、支度を整える。あーこれからが現実だ。

わたしの本職は国語教育の研究をしている学者だ。大学の付属の国の機関で働いているのだ。本来であれば所属する大学で教鞭をとるのだが、その機会に久しく恵まれず。やっと、地方の短大からお声がかかったのだ。


『先生さん』か……。


 当然、教員免許も持っている。講師として高校で教えた事もある。わたしは先生と呼ばれることに慣れていない。それでもわたしは『先生』なのだ。


 ふ~う、少し勇気が出た。


 今日はこれから大学の付属の機関に顔を見せるスケジュールだ。つまらない、大人の世界だが、それでも自分で選んだ人生だ。


 などと、少し背筋が伸びたのであった。

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