欠足虫

灰汁須玉響 健午

第1話

 恐らくそれは、ボクと彼らが、いつものように知りあいの一人の部屋に集まり、駄弁っている時だったと思う。

 そこは既に薄気味の悪い部屋だった。

 特別何が、という訳ではない。

 なんの変哲も無い、高校生にはありがちな部屋だ。少しばかり、壁紙が高級だったり、部屋が広かったり、小物に金がかかっていたりする以外は、平凡の領域を出ないものだろう。

 だが、ボクにとってそこは、居心地が良いとは言えない部屋なのだ。

 小綺麗に整理整頓され、掃除も行き届いているのに、どういう訳か空気は淀み、全てが錆び付き、擦れてしまったような錯覚に陥ってしまう。

 きっとそんな風に感じているのは、自分だけなのだろうと分かってもいる。

 だから、そんな本心は噯にも出さずに、ボクは普段どおりの態度で、普段どおりに接しているのだ。

 本当のボクは、吐き気がしそうなほどこの場所を嫌悪しているはずなのに、それを隠して、せめて退屈そうにだけ装って、どこか違うところを見ようと窓に目をやる。

 ふと、そこに小さな虫を発見した。窓の桟の部分に忽然と、不自然に不釣り合いな虫がいた。

 それは、コクゾウムシのように見えた。

 小さい頃、米櫃に繁殖したこの虫で、ボクも母もパニックになったことがあった。その時、図鑑を引っ張り出してきて調べたので、恐らく間違いはないだろう。因みに、ボクはその幼虫も見たことがある。米に混じって、その白く細く短い幼虫がウネウネしているのは、正直トラウマものだ。

 この際、それは良いとして。

 こんな部屋のこんな場所でこの虫を見るのは珍しい。どこからか紛れ込んだのだろう。

 日常生活では比較的、目にする確率は低いが、一応どこにでも生息している種類ではあるので、不思議ではないか。

 いそいそと、しかし速度としては緩慢に歩くコクゾウムシを見詰めながら、近くにあっボックスティッシュから、ティッシュを一枚、抜き取る。

 そして、

 プチ。

 ボクは虫を捻り潰した。

「ん? どうした?」

 友人の一人が、通常ではしない動作をしていたボクに気がつき、そう聞いてきた。

「いや、ちょっと虫がいただけ」

 正直に答えてから、

「なぁ……虫と人の違いとは何だと思う?」

 ボクは友人に、そう訪ねた。

 それは別に、なんてことはない日常の他愛もない話。

「え? 生物的に違うだろ」

 友人が、ごく当然の、あまりにつまらない答えを返す。

「虫ってさ、本能だけで生きているんだってさ。痛覚もなく、感情もない。ただ子孫の繁栄だけをインプットされて、その本能だけで生きる」

 ボクの言葉に、友人のもう一人は、怪訝そうな顔でこちらを向いた。

「明人、何言っているんだ?」

「……いや」

 ボクはそのまま押し黙った。

「なんでもないよ」

ボクは虫が、好きじゃない。

 特に害虫は嫌悪するし、見ているだけで吐き気がする。

 それは先天的に虫の姿かたちに不快感を覚えるというのもあるが、それ以上に、ボクは

その在り方に不気味さを覚える。

 うじゃうじゃと集まり、集団で統制は取れているのに、その実、人間がするような思考も、感情も持ち合わせていない。本能ありきの優秀なプログラムで、動き、繁殖……つまり種の存続のみに特化している。

 ボク達人間からしてみれば、これほど気持ちの悪い生き物はいない。

 しかも、やつらは枝や花に擬態し、他の生物の目を欺く術を持っているというだから、不気味さは増すばかりだ。

「おう、そろそろ時間だな」

 ボク達のグループのリーダー格である友人が、時計を見ながらそう言った。

 それに対して、他の友人たちは、妙に嬉しそうに「へへ」と笑いを見せた。

 ボクは、その笑顔が酷く下品で、気味の悪いものに見えた。

 数人の女子がこの部屋に現れたのは、その5分後のことだった。

 ボクは、そのいつもの光景を一歩引いたところから見ていた。

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