03.一緒に入学
琴子と
しかし琴子が通い始めたのは、地元の公立中学校ではない。
新調したセーラー服は、一暉に会った日の一回しか着られなかったのだ。
なぜなら琴子は、一暉と同じ私立の中学校に通うこととなってしまったのだから。
そう、私立の学校に大量の寄付をしている幸聖が、琴子を無理矢理この学校に入れたのである。お陰で制服はブレザーになってしまった。これはこれで、可愛い制服ではあるのだが。
「ごきげんよう、琴子さん」
「ごきっ、ごきげ、げふげふっ」
「あらお風邪? お大事になさってね」
「ふぁ、ふぁい、お大事になさいます……」
初めての授業が終わって帰りの支度をしていると、前の席の女の子がそんな挨拶をして優雅に立ち去っていく。
ごきげんようなんて、生まれて今まで一度も言ったことなんかないんだけど!!
言い慣れない言葉に、ゴキゴキ言ったりゲフゲフしたりするのは仕方ないと許してほしい。
そんなことよりさっさと隣のクラスの一暉と合流しなくては。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
周りのごきげんよう攻撃にゴキゴキ言って対応しながら、なんとか隣の教室に辿り着く。そこには一暉が丁度帰り支度を終えたようで、鞄を持って席を立っていた。
「一暉さん」
「琴子」
一暉は周りの友人達に「さようなら」と言ってからこちらに向かってくる。どうやら男子は『ごきげんよう』ではないようだ。それでも『バイバイ』でないことに琴子は衝撃を受けていたが。
「帰る? 部活動を見学していきたいなら、後で迎えを寄越すけど」
「えーと、一暉さんは?」
「僕は帰るよ。部活をする予定はないから」
「じゃあ、私も帰ります」
「別に、気にしなくていいんだけどな」
家からこの学校までは遠いので、一暉のところの車で送り迎えをしてもらっている。一暉を家に送ってからまた自分だけを迎えに来てもらうということは、さすがに気が引けた。
部活動も色々とあるようだったが、このお嬢様が多い中でやっていける気がしない。
「私も部活動はするつもりはありませんから」
「そっか。僕と一緒だな」
一暉は校内では自分を『僕』と呼ぶことにしたようだ。もしかしたら彼も、少しくらいは居心地の悪さを感じているのかもしれない。
二人で肩を並べて歩いていると、一人の男の子が前から声を掛けてきた。
「一暉くん、その子が君の婚約者?」
「うん」
一暉はこともなげに肯定している。どうやら琴子はいきなり入学が決まったために、一暉の婚約者だと周りに認知されてしまっているようだ。あの幸聖と大助が周りに言いふらしているのもあるだろうが。
「初めまして。僕は一暉くんと同じ小学校だった、
「あっ、私、一暉さんの、婚……ゲフゲフ……の、井垣琴子です。よろしくおねがいしますっ」
どうしても自分から婚約者とは言えなかった。気恥ずかしさと恐れ多さが琴子の胸の内でないまぜとなっている。
新は「よろしくね」と人懐こい笑みを見せてくれて、琴子は少しホッとした。他の人よりかは幾分気取った感じが少なく、話しやすそうな人だった。
琴子と一暉は彼にさようならを言うと、並んで校舎を出た。
迎えの車がいくつも並んでいて、そのうちの一つに乗り込む。車のことはよくわからない琴子でも、一目で高級車とわかるそれだ。
「どうだった、学校は」
車の中に入ると、一暉が親のように尋ねてくるので、琴子は少し苦笑いした。
「まさか、もう授業がびっちりあるとは思ってなかった。……です」
昨日が入学式で、今日が二日目だ。だけど最初に少しだけ自己紹介をすると、授業は初っ端から内容盛りだくさんで六限目まできっちりあった。時間割を見てみると七限目までの曜日もあるようで、げっそりとする。
しかも琴子の理解が追いつくか追いつかないかのうちに次々と進んでいくものだから、たまったものじゃない。相当にレベルに高い中学のようだ。これについていけるのかと不安になる。
一暉は『ごめんね』とでも言いたそうな顔をこちらに向けて、そのまま口を閉ざしていた。口数の多い人ではないようだけど、その優しい瞳だけですべてが伝わってくる。
琴子はそんな一暉に心配を掛けまいと、今度はにっこりと微笑んでみせた。
交わる視線。
男であるけれど、憂いのある綺麗な顔立ちはとても大人びて見えて。
本当に同級生なのか疑いたくなると同時に……なぜか、琴子はとても悲しくなった。
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