二、なぜお前がそこに居る

「どこかで拝見した顔ですね、気のせいでしょうか」

「嫌ってほど拝んでるぞ、お前の元政略婚相手だろうが」


 順風満帆のご都合ハッピーライフを過ごしているものと思っていたが、どうやら地獄に叩き落とされていたらしい。


 まあ、そうだったとしても然もありなんと思える程度には、悪辣さを開花させていった感はある。正直、五度目の死亡を経たあたりからは、如何にしてバビルサを葬るか、そのバリエーションに心血を注ぎ始めていたくらいだ。


「お前も察しているとおり、あの阿呆はやり過ぎた。元々確約されていたな人生で、自ら地獄のごうを溜め込んでいった結果がアレだ」


 かつては誰もが認める紅顔の美少年であったはずが、霧の向こうで溶岩風呂に沈められて眉間に深い皺を刻み、落ち窪んだ両眼をかっ開いて喚き散らしている亡者と成り果てた姿は哀れの一言に尽きた。


 とても、同一人物とは思えない様変わりだ。


 恵まれた高貴な家柄と由緒正しい嫡流の血筋、将来の安泰を確約された富裕層の中でも最上級とされたセレブリティとして、どこに出してもチヤホヤされた貴公子だった。

 バビルサの経験した過去十三度の繰り返しの中でも、それだけは毎度、強固に確立されていた。


「あの人生を空振ったんですか」

「おう。豪快にな」


 過去に立ち返っても、どこかしら浅慮で短絡的な性分は折々散見されたものだが、実際に隣で、地獄世界の王が一笑に付すのを聞いていると、正真正銘、救いようのない性根の主おクズだったのだなと改めて思い致した。


「お前も大概、業の深い人生を歩んできたようだが、あの阿呆はこの一千年の間で過去最高を叩き出した猛者だ」


「褒めてませんよね」

「全く褒めていない」


 バビルサにしてもそうだが、地獄世界の王のお墨付きを得るような碌でもない人生を送った手前、誰であれ、その所業に対して偉そうに御託を並べ立てるつもりはないのだが、せめて、自分を都度都度、破滅させてきた相手には清廉潔白なヒーローの姿勢を貫いてほしかったと幾分残念な気持ちになる。


「それにしても、よく喚いてますね」

「初めは誰でも、あんなもんだろう」


 はて、そうだろうか。

 バビルサは黙して小首を傾げる素振りを見せたが、泥がこぽりと一雫滴り落ちただけだった。


 霧の立ち昇る映写では、さすがに音までは拾えないらしい。

 とりあえず、亡者が鬼気迫る表情で大口を開閉させている様子は見てとれるのだが、察するに、きっと眼前にいる羅刹の如し異形の女に嫌と言うほど陳腐な罵詈雑言を浴びせているのだろう。

 ここは地獄だ。

 案の定、相手はまともに取り合うこともなく、亡者を足蹴に一思いに沸き立つ溶岩風呂へと沈めてしまった。


 既に死んでいるから沈められたところで無事なのだが、程なく浮かび上がってきた亡者は火が消えたように大人しくなった。


「わたしは最後に何を見せられているんでしょう」


 観賞にも飽きて傍らの岩塊を見上げれば、ずっしりとした大角が愉快そうに揺れていた。


「まあ、そう言うな。綺麗さっぱり最後になるかは、あの阿呆次第だ」

「どういうことです?」


「アレが地獄に堕ちたのは、お前に対する執拗な加虐を繰り返したゆえだ。それを精算する千載一遇の機会が、来世のお前を退ことだ」


「もう少し、わかりやすくお願いします」

「そもそも、理解する気がないだろう」


「はい。仰るとおりです」


 目の前で膨れる人頭大の気泡を指先で突いて破裂させ、しゅうしゅうと不穏な蒸気を上げるバビルサの指は、すっかりと肉が削げ落ち枯れ枝のようだ。


 成人を迎えて以後、十八歳で悪事が露呈し逮捕された。

 そこまでは、十三度ともほぼ変わらないプロセスだった。


 繰り返すうちに時代を少しずつ下り、封建的な即時処刑といった横暴も微々たる程度にを潜めたが、直近では逮捕後の刑事裁判で結局有罪が確定し、死刑判決を受けて収監された。

 そこから、まる十二年死刑囚として監獄の中で過ごし、今日粛々と刑が執行された。

 身に覚えがあろうがなかろうが関係なく、繰り返し断罪され続けてきたものだから、もはや筒がなくことが済んだとしか思えない。


「お前の預かり知らない外界で、やり直し裁判の手続きが進められていたんだが、阿呆の意向で法務大臣の配置換えがあってな、サクサク死刑執行の承諾署名をしたってのが顛末だ」


「ご苦労様ですね」


 その後、バビルサが絶命すると同時に阿呆の足元で地獄の蓋が開いたのだという。


「おや、生身のままですか?」

「正確には、心不全を起こして倒れた直後だ」

「なるほど」


 監獄エンドは幾度か経験したが、ワーストワンの収容期間であった今回、そんな裏事情があったとは思いもしなかった。

 本人は、てっきり放置プレーの獄中死を迎えるものとばかり予測していたのだ。


「まあ、一瞬の出来事だ。あの様子じゃ、おそらく自分が死んだことも、まだよくよく理解していないだろう」


「そうですか」

「何だ、気の無い」

「はい。一切気になりません」


 おおよそ一世紀に一度少々、のべ一千年をかけて繰り返された過去十三度の死亡例を振り返ったところで、昔年の恨みくらいがせいぜいの感情だ。

 もっとも、いざ十三度も死んでみると、案外、諦観しきって恨みも泥の底へと沈澱するのか、平たく掻い摘むと「どうでもいい」の一言に尽きた。


「そもそも、仏とやらの顔も三度までなのでしょう? なぜ、悪行を重ねたわたしが、十三度も人生をやり直すことになったんです?」


 地獄世界の王いわく、インドから東の国々で浸透した信仰の一つに端を発する格言のようなものだと、ばっくり説明されたのが二度目の泥温泉に浸かったときだ。

 どんな悪事にも三度まではリカバーチャンスが得られるそうだが、十三度は流石にお人好しがすぎるというものだ。


「お前の強運のせいだろう」

「どういうことでしょうか」


「初回チュートリアルで十連フィーバーの大当たりを出した、お前が悪い」

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