和風スチームパンクのとある兄弟の話
@murasaki-yoka
第1話 蒸気都市と宇宙人
蒸気用煙突から吹き上げた煙が空を覆い、その灰色の雲の隙間から宙に浮かぶ白い巨大な円盤の一部分が見えた。
急激に蒸気機関が発達した機械の町、京都。別名、蒸気都市。
その中心地から僅かに離れた下町には、古くからある木造建築と鉄骨で出来た建物が無秩序に並び、建物の間を縫うように金属のパイプが張り巡らされていた。
そこかしこから、動力源である蒸気圧の稼働する音が聞こえて来る。
そうした路地の陰に。
「おい、てめえがぶつかって来たんだろ。誠意を見せるのが筋ってもんじゃねえのか?」
「ご、ごめんなさい。でも……」
昼間でも薄暗く、排気口から吹き出す鉄の匂いの混じった澱んだ空気が漂う中。
短い黒髪に眼鏡をかけ、顔にそばかすのある気弱げな少年を、日本人離れした青年が苛立ちを見せながら衣服を掴んでいた。金色の髪に彫の深い顔。筋肉質な体躯で年齢はわかりにくいが、若者といって差し支えない。
異国の者か、否。異星人、俗にいう宇宙人であった。
数十年前からこの地球には、人間とよく似た形態をした宇宙人が現れていた。
「誠意は金に換えられるんだぜ。これ、もらって行ってやるよ」
宇宙人は、少年の巾着袋の財布を奪った。
「やめて! それは給金が入っているんだよ……!」
少年の目に涙が滲み、顔を歪めたその時。
「やめてやれよ」
金属の擦れる音と共に、宇宙人の背後に別の少年が一人、現れた。
年齢は十六歳頃だろうか。ベレー帽を目深に被っており、目元は見えにくい。控えめな鼻筋に薄い唇。黒髪で横髪が頬にかかる。後ろも長めのため、一つ結びをしている。
上は白いワイシャツにループタイを結び、留め具は翡翠色の七宝焼きだ。皮ジャケットを羽織り、下は膝下丈の袴に右足はブーツを履いている。
だが、よく見れば左足は鈍い色の金属製義足だった。金属の擦れる音は、この義足から鳴っていたのだ。
「お、何だ?」
一目で健常者でないことがわかったからだろうか。それとも小柄でか弱い印象だったからだろうか。宇宙人からは侮蔑の響きが感じられた。
義足の少年は口を開いた。
「あんまりそいつにかまうなよ」
ベレー帽をあげて、大きな黒目が真っ直ぐ異星人を射抜く。
それまでの雰囲気と一転して、少年はにっと歯を見せて生意気に笑った。
「痛い目を見たくなければな」
「なーにがお人形の足だ! そのお人形の足の蹴りで倒れてるんじゃねーぞ」
義足の少年──
知り合いである
徹の義足は蒸気圧を利用した動力義足である。膝関節より下に装着しているため、動きは滑らかで、多少の負荷にも耐えられるのだ。
「助けてくれて、ありがとう」
幹太は巾着袋を受け取りながら、心の底から安堵した表情を浮かべた。
彼は徹より一つ年下で、蒸気機関車に憧れた整備士の卵だ。
「どーいたしまして。お前も災難だなあ。いきなり絡まれるなんて」
「でも、僕があんまり周りをよく見てなかったから……」
幹太は眼鏡を押さえた。
すると呻き声がしたかと思うと、倒れていた宇宙人がむくりと起き上がってきた。
「おい、てめえ! 覚えていやがれ!」
そう徹に向かって捨て台詞を吐くと、一目散に路地の曲がりくねった道へと逃げて行く。
「弱い奴ほどよく吠えるとは聞くけど、実際に見るとダサいなあ。……さ、早くここから逃げるぞ。あのウィザック、腹いせに仲間を連れて来るかもしれない」
幹太は不安げに眉を寄せて、頷いた。
ウィザックとは今、地球に来ている宇宙人の名称である。彼らは生まれつき魔力(と地球では称される宇宙エネルギー)を持ち、地球人にはない能力で優れた文明を築き上げている。
彼らの体にはコアという身体に魔力を集積する器官が存在しており、宝石のような見た目で存在する場所・大きさには個体差がある。
地球人から見れば万能に思える力だが、その魔力は代を経るごとに弱まっているらしい。
「ウィザックは表向きエネルギー問題解決のため、蒸気機関の資源の研究や学習をしているって言っているけど、裏では地球人を見下し、その魔力で地球に攻撃をするっていうのは本当なのかな……」
幹太は呟いた。
「さあな……少なくとも、治安が悪い連中がいるのは間違いないっぽいな」
下町の道は狭く混沌としている。建物の合間の路地を二人が走り抜けようとしたその時。
「てめえ、よくも俺を吹っ飛ばしやがったな! これでも食らえ!」
先程のウィザックがどこから調達したのか、金属やパイプを多量に持って、鉄骨で出来た建物に横付けされた、階段の踊り場にいた。
「おい、馬鹿! 宇宙人は知らねーけど、地球の人間はそんなの頭上から食らったら……!」
徹が言い終わる前に、ウィザックの落としたパイプなど金属が降って来る。
一つ一つは、彼らにとって微々たる物質に見えているかもしれない。
だが、ある程度の高さから落とした金属の物質は、恐ろしい凶器になる。
狭い路地だ、逃げ場はない。
徹は幹太と共に頭だけでも庇って、来た道に逃げようとしたその時。
頭上に鋭い風が走った。
金属のぶつかり合う音は響いたが、パイプは二人にぶつかることなく、地面に転がった。
「大丈夫か」
二人の前に、一人の少年が現れた。
徹と年齢の近い少年だった。赤みのかかった髪を後頭部で結い、少年の動きに合わせてさらりと揺れる。
身長はわずかに徹より高い。男性にしては小柄だが、それなりに鍛えてはいるのだろうということは衣服の上からでもわかった。衣服は黒の忍び装束で、その手には忍びらしく苦無を持っている。
徹は足元の地面に刺さった苦無に気付き、彼の投げた苦無が、落ちてくる鉄骨の軌道を逸らしたのだということがわかった。
少年は徹と幹太の前に立ちはだかると、足を肩幅に開いて臨戦態勢で構えた。
「国際異星間交流管轄機関、軍事部所属、
九繰は壁とパイプを伝って、一気に建物の上階へと駆け上がった。
「う、うわあああああ!」
そこから先は一瞬の出来事であった。まさか階段も使用せずに上階に上がってくるとは思わなかったウィザックは、階段を転がり落ちるように逃げた。
しかし九繰は重力を感じさせない身体能力でそれを追いかける。すぐに追いつかれたウィザックは捕らえようとした九繰の腕を掴んで、その勢いのまま振り飛ばそうとした。だが、九繰の方が一枚も二枚も上手だった。
空中で体勢を変えると、手摺を掴んだかと思うと逆に遠心力を利用してウィザックを持ち上げて投げ飛ばした。転倒したウィザックに一撃を浴びせ、あっという間に戦闘不能にしてしまったのだ。
「お前凄く強いんだな!」
徹は目を輝かせて、ウィザックを背負って地上に降りて来た九繰に言った。
「お前じゃない。九繰だ。危ないんだから、とっとと下がっていろよ」
だが、徹は引き下がらなかった。
「機関って噂にしか知らなかったけど、こういう仕事なのか?」
「俺達の仕事は一般市民を守ることだ。ウィザックもそうだ。お互いに禍根の残るような交流をするべきじゃない」
「え、でも今、相手を気絶させ……」
「捕えて、地球人には手を出させないようにするために機関の方へと送還する。人間とウィザックの交流を円滑にするため秩序を守る。そのための機関だ」
九繰の強い目の輝きに、徹は惹きつけられた。
「じゃ、俺は本部へ戻るから。気を付けて帰れよ」
ウィザックと共に去って行こうとする九繰の背に、徹は声をかけた。
「あ、あのさ……俺もその機関に入れる、かな?」
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