窃盗犯は許される
しんたろー
第1話 ありえない事件
僕はしんたろー。市内にある藤沢高校の二年生だ。今日もいつも通り、学校へ向かって歩いている。
「おはよう。しんたろー」
「あ、おはよう。西松さん」
後ろから女の子がやってきた。僕と同じクラスの
「今日は一限目英語やったよね?」
「うん。そうやね。英語やね」
西松さんが、僕の問いかけに返答する。僕は英語の授業は好きだった。だが僕のクラスは、英語嫌いの子が多く、授業は結構荒れている状態なのだ。
「僕は英語の授業好きやけど、クラスが結構荒れとるけん、集中して授業受けれんのよね……」
「まあ。確かにそうやね……」
僕の言葉に、西松さんは頷いた。どうやら西松さんも、日頃の英語の授業に違和感を覚えているようだ。
だが僕は、授業が荒れているくらいなら、まだマシなのではないかと同時に思った。僕の学年は、いじめや窃盗など、過去に様々な事件が起きているからだ。そう言えば最近、そのような
「そう言えば最近、学年で起きた事件の話、全然聞かんよね?」
僕は西松さんにそれとなく聞いてみた。すると西松さんの顔が、少しだけ引きつった。
「いや実は……。最近また事件が起きたんよ」
「え?」
西松さんが下を向く。そして覚悟を決めた様子で、ゆっくりと僕の方を見た。
「誰にも言わんといて」
「――うん」
西松さんが僕に言った後、再び下を向いた。そんなに重大な事件だったのだろうか? 自分の心臓の鼓動が速くなり、ますます気になってきた。
「
「川原純也?」
「うん。そう」
西松さんが、一人のクラスメイトの名前を挙げた。川原純也。僕たちと同じクラスの子だ。僕の中では存在感が薄く、一度も話したことはなかった。それにしてもその子が、一体どうしたのだろうか?
「――実は昨日、あの子からメールが来たんよ。どうやら川原純也は、
「……え?」
僕は返す言葉が見つからなかった。川原純也と吉原琢磨、そして倉田祐飛は、僕たちと同じ一組で、三人とも仲が良い。そして彼らと三組の山中君も、結構仲が良かった。それなのに何故、そのようなことが起きてしまったのだろうか?
「一体何故、そんなことが起きたん?」
僕はやや混乱気味で西松さんに聞いた。
「それがただ単に、川原純也が、最近の山中匠を気に入らんかったんやって……」
「え? 気に入らんかっただけで、そんな酷いことを……?」
西松さんが前を向いたまま、顔を引きつらせて頷く。そしてそのまま、僕の方を真っ直ぐに見てきた。
「絶対誰にも言わんといてよ。もし川原純也にバレたら、大変なことになるけん」
「――うん」
西松さんの強張った顔を見て、僕は恐ろしくなってきた。まさかそんな陰湿な事件が、裏で起きていたなんて想像もつかなかったからだ。
「川原純也があんな人間やったとは、私も大層驚いたわ。友達の財布を平気で川に捨てるなんて、本当に恐ろしい子よ」
西松さんが怯えている。僕は後ろに人がいないことを確認し、再び彼女の方を見た。
「先生はそのことを知っとん?」
「いや。まさか。知っとるわけないよ」
「そうなんや……」
西松さんが声を潜めて返答したため、僕も自然と声が小さくなった。それにしても先生もまだ知らない様子だ。これでは被害者である山中君も、まだ状況を把握していないだろう。僕はそう思ったが、念のため西松さんに聞いてみようと思った。
「山中君は知っとん?」
「いや、山中匠も知らんと思う」
「そうなんや……」
僕が予想した通り、山中君もまだ知らない様子だ。被害者本人すら知らないのだから、事は大きくなっていないのだろう。それにしても裏でこそこそと、こんな酷いことをするなんて卑怯だ。
胸糞悪い気分を抱えたまま前を向くと、正面玄関が見えてきた。すると西松さんが、少し焦った様子で僕に手を振ってきた。
「やっぱり今の話は全部忘れて。今日は日直やけん、先に行くね」
「――うん」
西松さんが小走りで中へ入っていく。僕はその様子をぼんやりと見つめながら、少し遅れて靴箱へと向かった。
*
教室に入り、自分の席に荷物を置いた。そして椅子を引いて、ゆっくりと腰を下ろす。
やはり先程のことが頭から離れなかった。本当にこのままで良いのだろうか? 僕は既に来ている生徒を見つめながら、モヤモヤした気分を抱えていた。
ふと視線を左側に移す。すると主犯格である川原純也の席が目に飛び込んできた。彼はまだ登校してきていない。それを見て、彼はいつもギリギリに来ていることを思い出した。
川原純也の席を見た後、僕は後ろを振り返った。共犯者である吉原琢磨、そして倉田祐飛の席が見える。彼らの席もまだ、空席の状態になっていた。
それらを見た僕は、思わずため息をついた。人の財布を盗んで川に捨てるだなんて、一体どんな神経をしているのだろうか? 僕は彼らの思考回路を、理解することができなかった。
それにしても、被害を受けた山中君が可哀想だ。自分の財布が突然無くなり、かなり不安な思いをしているだろう。一体どこにいったのかと、今頃必死で探し回っているかもしれない。
高校生にとって、財布の中に入っているお金は全財産だ。学校ではアルバイトが禁止されているため、それは尚更だった。きっと山中君も、両親からお小遣いを貰っていたことだろう。
それに財布に入っているのは、お金だけではない。お金以外に、生徒証やお店のカード、そして病院の診察券が入っている。もしかしたら保険証も入っているかもしれない。かなりの痛手であることは、想像しなくても分かることだ。
やはりこれは先生に言うべきだ。僕の中で反発する気持ちも生まれたが、先のことを考えるとそうするべきだと思った。このまま聞かなかったことにすれば、また新たな被害者が出るかもしれない。
――絶対誰にも言わんといてよ。もし川原純也にバレたら、大変なことになるけん
意思が固まった直後、先程の西松さんの言葉が脳裏を過った。だが僕は、それを振り払うかのように自分の首を左右に振った。
「ごめん。西松さん」
僕は周りに聞こえないように独り言を呟き、ゆっくりと顔を上げた。そして黒板の上にある時計を睨みつけ、先生が来るのを今か今かと待ちわびた。
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