第6話

平蔵は一本道をひたすら歩いていた。


「はあ、この道、いつまで続くんじゃ」


祖父と別れてからもう一日中歩いているような気がする。農道のような細い道は当然ながらアスファルトで舗装などされておらず、小石の多いでこぼこ道をひたすら歩いているとどこまでも続く菜の花畑が見えてきた。 


一面に咲く菜の花は風もないのにゆらりゆらりと揺れている。


平蔵はしばらくの間、菜の花畑の美しさに魅了され、綺麗な景色だと喜んでいたが、あまりにも長い道のりを歩き続けたためか、平蔵はすっかりとただ歩くことに飽きてしまい、早く次の場所につかないかと愚痴をこぼしている。


周囲は全方位周囲を見渡しても一面菜の花しかなく、それは地平線の彼方まで続いている。平蔵は延々と続く菜の花畑の一本道に辟易としていた。


平蔵が菜の花畑を歩き続けて体感時間で約二日ほど経ったころ、


ようやく菜の花畑が終わり、次は渓谷のような山路を降っていくことになった。


道はゆっくりと下に向かっており、降るうちに少しずつ視界は薄暗くなっていく。


山路を歩き続けると、今度は両側が崖に挟まれた道を歩いていく。


体感時間で半日ほどだろうか。平蔵は崖の中へと続く小さな洞窟を発見した。ちょうど人が二人入れるかどうかといった洞穴だ。


平蔵はなんの迷いもなく洞穴の中へと入っていく。


「なんか暗いのう」


平蔵は松明を持っているわけがない。しかし、しばらく歩いていくうちに暗闇に目が慣れたのか少しずつ洞窟の中が見えるようになった。


鍾乳洞のような洞窟は、ただひたすら一本道が続いており、平蔵は前に進むしかなかった。たとえ薄暗い場所であっても祖父に言われた道だからと平蔵は素直に洞窟の奥へ奥へと突き進む。


「しばらくすると洞窟は急に大きな空間となり、そして目の前に大きな寺院が姿を現した。


「おお!ここが関所かのう!」


なんと立派な寺じゃと平蔵は驚いている。

そしてそのまま寺院の門をくぐり中へと入っていった。


『閻魔庁』という名の看板も見ずに……。



「くそっ!離せっ!!何をするかっ!!」


平蔵は縄で手足を縛られていた。


それも閻魔庁に入るなり、突如として大きな体躯をした赤鬼たちに囲まれ平蔵はすぐに拘束されてしまったのだ。


「ワシを誰だと思っとる!!」

「東島平蔵だな。どこぞの会社の社長だったそうだが、ここでは関係ない。それとお前がここに来るのはとうにわかっておる」

「なっ!ワシを知っておるのか」

「そうだ。ここは閻魔庁、生前のお前の所業を裁く場所だ。この金棒で殴られたくなかったらしばらく大人しくしていろ」

「な、なんじゃと、こ、ここが、え、閻魔庁、じゃと!?」


鬼たちは大きな鋼鉄の金棒を持って威嚇する。平蔵はわなわなと震え、そして祖父に裏切られたのかとショックを隠せない。


「じいちゃん、アンタもワシを裏切るのか」


唯一、平蔵を可愛がってくれた祖父に対して平蔵は不信感を募らせる。そして悲しみに支配されるが、すぐに恨みの感情に変わり、そして恨みは祖父への怒りへと変換されていった。


「おのれ!」

「平蔵よ、怒りのままにおれば、いますぐに地獄に堕ちてしまうが良いのか?」

「な、なんでじゃ!?」

「ここはあの世だ。怒りや恨みの心のままで極楽に行けるわけないだろうが」

「そ、そんな……」

「まあいい、もうすぐ閻魔様のお裁きの時間だ。覚悟しておくといい」

「ひいぃ」


赤鬼に両手を縛られた縄を引っ張られ、平蔵は落ち込むように赤鬼の後ろをトボトボと歩いてついていく。


閻魔庁をしばらく歩くと平蔵以外にも両手を縛られて連行されてきた者たちが現れた。


五、六人はいるだろうか。

どれも皆赤鬼たちに対して怯えており、恐怖のあまりに全身をガクガクと震わせている。


赤鬼たちは囚人を連れ歩くように平蔵たちを後ろに連行させ、そのまま閻魔庁の中央にある裁判所の法廷のようなところに連れていった。



「それでは、罪人をここに、これより裁判を始める」


閻魔大王の声と共に、地獄の法廷が今開かれた。


法廷の中央に大きな大きな、それはもう、絵巻の通り、イメージ通りの閻魔様がそこにいる。閻魔大王のオーラというべきか、存在感は凄まじく、近くにいるだけで恐怖心に支配され畏怖させられる。


罪人として連れて来させられた平蔵は、奈良の大仏ほどの大きさだろうか、閻魔大王のその姿と大きさに愕然とし、瞬く間に恐怖が平蔵の心を支配した。そして閻魔大王に慄いた平蔵は全身を震わせながら顔中に脂汗を流している。


閻魔大王は大きな眼をギロリとして平蔵を見た。


「東島平蔵、ここに来い」

「は?」

「ここに来いと言っておるのだ!」

「さあっ!さっさと行け!」

「ひあ!」


平蔵は鬼の金棒の先で尻を小突かれ、前のめりの体勢で躓きそうになりながら法廷の中央にある被告人が立つ台へと移動させられた。


恐怖で膝をガクガクと震わせる平蔵の前には閻魔大王が髭を触りながら何か読んでいる。


どうやら閻魔帳に記載されている今回連れてこさせられた死者たちの生前の人生に関しての資料を読んでいるようだ。


「よし、照魔の鏡を持ってくるのだ」


鬼たちは法廷の中央に二、三メートルほどの大きくて丸い鏡を運んでくると平蔵の目の前に設置した。


「なんじゃ?」


平蔵が鏡を見ると、なんと鏡から平蔵の生前の人生が映像となって浮かんできたのだ。


誕生から幼少期、そして学生時代から成人となり、結婚、晩年までの流れを一気に見させられる。そして、問題があったところは印象に残るようになっていた。


照魔の鏡によって一生を全て見させられた後、閻魔大王が平蔵の一生への総括を話し始める。


「東島平蔵、東島建設の先代社長。親の愛情に飢えておったお前は幼い頃はたいそうな悪ガキだったようだな。そして同時に毎日のように父親の暴力に悩まされていた。母親も父に虐待を受けておったようだな。中学生になると勉強に励み、進学校に入学しとるな。有名大学にも進学しとる。この頃までは目標に向かって一生懸命でとても努力家だったようだな。そして、父の会社に入社して見合い結婚をし、子供が出来、ううむ、家庭では妻に暴力を振るっておったな。家庭内暴力か、罵声を飛ばし、妻の髪を掴んで頬を叩いてと、よく物を投げておったな。かつて恨んだ父親と同じことをしておるか。親子揃って何をやっておるのかのう。息子にも恨まれておるようだ。仕事ではライバルを蹴落とし、役員会議で父を会社から追い出して会社の後を継ぐ。その後、あらゆる手を使って会社を大きくした。かなり悪どいこともしたようだな。うーむ、犯罪履歴はないが、近いところは、んー、詐欺まがいとヤクザとも交流ありと。うーん、まあ救われんな」


閻魔大王は延々と平蔵の人生を話し始める。

もう一度、閻魔大王はその大きな目で平蔵を睨みつけた。


「何か申し開きはあるか?」

「え?わ、ワシは、何も悪いことはしとりません!無実です!犯罪履歴もありませんぞ!」

「家庭内暴力は悪いことではないのか?」

「それには事情が……」

「何だ?妻が言うことを聞かないからか?気が利かない奴だといつも怒鳴っておったろうが」

「そ、そんな!」

無辜むこなる者がヤクザなんぞと付き合いがあるはずなかろう」

「それは、その、会社を守るためにやむおえず」

「会社を守る方法ならいくらでもあろうが!お前の会社以外のところはちゃんと健全な経営をしておったぞ!そこを騙して潰したのはお前だろうが!」

「そ、それは…」

「金に執着し、酒にも溺れ、酒の飲み過ぎで内臓をかなり痛めておった。あと愛人もおったようだな。まことに救い難い」

「な、何が悪いのです!?不倫なんぞワシだけじゃありませんぞ?誰もがやっておったことです!酒だって、飲む過ぎたわけではない」

「ほとんど毎晩飲んでおったではないか」

「それは、その、仕事上必要でして」

「会社のお付き合いだと?愛人とホテルに行っておったのも仕事か?」

「え?あ、はい、その」

「そんな人生で天国に行けると思っておるのか?」

「え?」

「やれやれ、お前の祖父が悲しむのも無理はない。孫がこんなにも悪餓鬼になっておったのだからな」

「そ、祖父が、ですか?」

「途中で会ったろうが!お前の祖父はお前の生前の行いを全部知っておるんだぞ?祖父から何も言われなかったのか?」

「え?いや、その、そんな」

「哀しそうな顔をしておったろうが!」

「あ……」

「道案内される前に、祖父から声をかけられておったろうが!」

「はい」

「生前あれだけやさしくしてもらっておきながら、恩を仇で返すとはな」

「え?」

「祖父の墓参りもせず、法事も出ず、供養も一切せんかっただろうが!」

「は、はい」

「あの世も信じておらんかっただろうが!」

「は、ははあ!」

「死んでこんな目にあうとは思ってもおらんかったろうが!」

「は、はいぃ!」

「どれ、お前の罪はどうなるかな」


閻魔大王の前には人頭杖という死者の罪の軽量を量る際に使う杖が立っており、杖の頭には男女の頭が乗っている。

そして人頭杖は男相の方の口が開き、いきなり火を吹いた。それを見た閻魔大王は平蔵に判決を言い渡す。


「東島平蔵!お前は地獄行きだ!!百年地獄で苦しみ、反省せよ!!」


「ひいい!そ、それだけは!ご勘弁を!!」

「ならん!そんな汚い心のままで極楽に行けると思っとるなら大間違いだ!!地獄で反省し、心を浄化して来い!!」

「百年だなんて、あんまりじゃあ!!神も仏もあったもんじゃない!」

「黙れ!そもそもお前は神も仏も信じとらんではないか!!仏への信心の無い者が極楽に行けるはずなかろう!!」


閻魔大王が判決を下すと同時に赤鬼たちは平蔵を地獄の門へと連れて行った。

平蔵は泣き叫びながら暴れるものの、赤鬼たちの力にはとても敵わず、無駄な抵抗も通用しないまま縛られた縄を引っ張られて地獄の門をくぐっていった。


これらのやり取りを聴取していた榊 源三郎は額に冷や汗を垂らし、果たして自分はここにいていいのかと自問自答するのであった。

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