チワワとトロッコ係

結来月ひろは@京都東山ネイルサロン彩日堂

チワワとトロッコ係

ブログやTwitterでも何度か話題にしているが、我が家にはチワワがいる。名前は坊(ぼん)。本名ではない。あだ名のひとつで、この子が気に入っていることもあって、ネット上ではこの名前にしている。


坊は3月で3歳になる、甘ったれチワワだ。

犬種としては超小型犬であるはずなのだが、足が筋肉質でガッチリ、骨格もしっかりしていて身長もある。重さは3キロちょっとと、チワワにしてはでかい。


こうして文字に起こして初めて気づいたが、3が並んでいて、なんともめでたい。そんなことを思ってしまうくらいに坊が好きだ。愛しい。


丸い目に成長と共にピンッと立つようになった耳、常に高速で振られるしっぽにツヤツヤでふわふわの毛。どこをとっても可愛いしかない。


犬を飼う前はTwitterで犬を吸う、いわゆる犬吸いを見かけると「いくら好き言うても、それはちょっと……」と思っていたが、今では気づくと1日1回は躊躇なく犬を吸っている自分がいる。坊は慣れたのか「またやってるよ」という顔で受け入れて(あきらめて)いる。


鼻に入った毛はどうにでもなる。そんなことよりも可愛いから吸いたいし、絶妙な配置の可愛いマロ眉をうにうにしたいし、ふわふわでたまにヒゲが痛いほっぺだってぷにぷにしたい。


とにもかくにも可愛い。人間が好きで愛想がいい。人見知りという言葉はおそらくこの子の辞書にはない。おかげでどこに行っても、いろいろな人から「可愛いね」と言ってもらえる。


「可愛くて愛想がいいて、最強やな」

この子を見ていると、純粋に思う。


ただ「人間全員が大好き!」でもないようで「逆にこの子が威嚇しまくる人間はヤバいな」というのが家族との共通認識だ。さいわい、そんな人間とはまだ出会っていないので、ずっと出会わないままでいてほしい。


ついでに犬や猫なども好きで、動物病院の待合室で出会った子たちにも「こんにちは」とご機嫌でしっぽを振っている。大型犬にもまったく怯えることなくしっぽを振っていくので、大型犬が困惑していたくらいだ。


ちなみに、うさぎやフェレットに出会った時もご機嫌にしっぽ振ってたので、多分、鳥やハムスターに対してもこんな調子なのだろう。


たまに「なんで、こんなコミュ力全開の陽キャみたいなんやろな。うちと似てないし真逆やん」と思うが、そもそも自分はこの子を産んでもいなければ、血も繋がっていないから当たり前だ。この子のご両親には感謝しかない。


そんな坊にもちょっと困ったところがある。

まともに散歩に行けない。

正確には散歩には行く……行くには行くが、歩かないのだ。


「散歩に行くのは人間と会うため、そしてかまってもらうため」

そう、坊にとっての散歩は手段のひとつなのだ。


そのことに気づいたのは散歩にも慣れて、まともに散歩に行けるようになってしばらくたった頃。


向こうから歩いてくる人を見つけるとピタッと歩みをとめ、そしてジィッとその目で見つめるのだ、ひたすらに。


この子の目力は動物病院の看護婦さんのお墨付きで、私や家族は気づかない位置にいた受付の看護婦さんを見つめ続け「そんなに見つめられたら困る」と言われたことがある。申し訳ない。それくらい目力が強く、しっかりとした意志を感じる。


そんな強い意志と目力もあって、犬が好きな人は坊に気づいてかまってくれる。ただかまってもらうのは、向こうからこちらに来てくれたり「さわりたい」と言ってくれた人に限っている。犬が苦手な人もいることは一応坊に言い聞かせているし、犬が苦手な人にとっての坊は恐怖でしかないと思う。


ひとしきりかまってもらった後の坊の足取りは軽やかで、満足げな笑顔を浮かべている。帰宅すると満足げな表情で丸くなり、ふくふくと幸せの余韻にひたっている。その姿は推しのイベント帰りのファンのようだ。


そうしたことが何度かある中で、散歩はすっかりかまってもらう時間という認識になってしまったらしい。


もちろん、いつもそうした人に会うわけではない。

時間やタイミングによって、誰にも会わない時も珍しくない。

そんな時は、それはもう不満げな顔を私に向けてくる。

出待ちのファンか。出待ちはダメですよ。



「なんで誰にも会わないんですか!?」

不満たらたらな顔で、その場に座り込んで動かないチワワ。


「みんな忙しいから坊にばっかりかまってるわけにはいかないの!! 帰るよ!!」

そんなチワワを必死に説得する私。


実際にあったやりとりだが、文字にしてみるとかなりシュールだ。

見る人が見たら、なんというか……あれな光景だなとも改めて思う。


ちなみに祖父母も犬好きで、わりと人間に話すのと同じようなかんじで犬に声をかけていたので、それがふつうと思っていたが、そうでもないということに犬を飼い出してから気づいた。ただずっとこうだったので、きっとこれからもこんな感じだ。


そんな一方的な対話を繰り広げること数分。坊を抱っこして帰宅するのがお決まりだ。座り込むのはまだいい。ひどい時は道路のど真ん中で拒否犬をすることもある。


手足を八の字に開いた全身を使っての拒否は可愛いが、道路のど真ん中ではやめてほしい。こんな時はリードを引っ張っても絶対に動かない。


ガッチリした手足をフルに使ったそれは「テコでも動かぬ」という強い意志を感じる、むしろそれしかない素晴らしい拒否犬を披露する坊を速やかに抱っこで回収する。シンプルに通行の邪魔な上に危ない。


そんなこんなで散歩の半分くらい、ひどい時はそれ以上抱っこしている。

もはや犬の散歩か、人間の散歩なのかわからない。

3キロちょっとの可愛くてふわふわしたダンベルを持ったウォーキングだ。


「あんた犬やろ、これでいいの?」


そう聞いてみるが、甘ったれの坊は抱っこも大好き。

こっちが降ろさないかぎりはいくらでも抱っこされていたい「抱っこはなんぼされてもいいですからね」な子なので、満足そうな顔で聞かなかったふりをする。抱っこ中にたずねると、いつもこうだ。


ちなみに抱っこの最長時間は母親の2時間半。

腕の中で寝始めて降ろすに降ろせなかったらしく「さすがに腕がもげるか思った、肩と腕と腰が痛いわ~」と坊を降ろしたあと、すぐさまネットで犬用スリングをポチっていた。そうだけどそうじゃないと思うのは私だけだろうか。


歩かなかった日は家の中で、その分、オモチャを使って運動させているので運動量に問題はなく、太りすぎでもないと動物病院のお医者さんに言われている。


ただ、そんな坊を見ていて浮かんだのは「ライブでのアイドルとファン」だった。


可愛いと言ってくれる人に嬉しそうにしっぽを振って笑顔を見せる坊。

たしかにアイドルとファンのそれと似ている。

そうなると自分はさながらファンの近くにアイドルを連れていくトロッコ係か。


トロッコについて簡単に説明すると、アイドルたちを乗せて動く小さなステージだ。会場などにもよるが、客席の本当にすぐ近くまで来ることもあるらしい。


トロッコはいい。今の状況では難しいところもあるが、アイドルとファンの距離をぐっと近づけてくれる。トロッコがどういう原理で動いているのか正確なところはわからないが、トロッコの制作関係者の皆さんには感謝しかない。


そこまで考えて思った。


「坊、アイドルとファンどっちや?」と。


じっと人がくるのを待っていたり、じっと見つめたりするところから「ファンサうちわを持ってアイドルを待っているファン」だと思っていた。


いや、でも待てよと。この子、もしかしてアイドル側と思っていないかと。

自己肯定感は高い方だと思うが、ただ変なところで自己肯定感が低い。

たまに何かに失敗するところを私や家族に見られると「見られてしまったか、こんなところを……」とすごくシュンとするのを「大丈夫やで、そんなんで嫌いになったりしいひんから」と励ます。


アイドルの素質はある、十分すぎるくらいにあるぞ……。

ペットを飼っている人あるあるだと思うが、家の中ではもうアイドルのようなものだ。


でも待ってる方が多いし、ファン側かなと思っていたが、先日知り合いに話したところ「いや、アイドル側やろ」と言い切られてしまった。


そうなのか、アイドル側なのかと。

驚きと納得が入り混じった感情を抱きながら、トロッコ係の私は今日も坊と散歩に出かける。

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