「乙女は髪が命」と聞いたので
日の出が昇り始め、空が白み始める頃。
緩やかな傾斜が続く丘に、交差する剣戟の調べ。左手に盾を、右手に片手剣を装備するシエルは、相対する人物を見据える。いつになく真剣なシエルと獲物を打ち合うのは、レイピアを携えたルーナ。二人は鍛錬中であった。
右手にレイピアを握り、シエル目掛けて疾走。左腕を後方へ引きながら突き出されたレイピアを、視界が遮られるのも厭わず盾で防御。間髪入れず左へ飛び退けば、足元を狙ったルーナの一閃が丘草を散らす。
限りなく実戦に近い模擬戦。互いに武器のみを使用し、超えてはならないギリギリのラインを攻める。このような形式での鍛錬は、今日までの間幾度に渡り行われてきた。初めはルーナ相手に腰が引けていたシエルも、回数を踏めば正面を切るようになり、ルーナもまた応えようとレイピアを突きつける。
幼き頃よりレイピアを極めてきたルーナと、戦闘時はハンマーを主軸とするシエルとでは、剣術に大きな差が存在する。顔に汗を滲ませながら必死に食らいつくシエルに対し、ルーナは持ち前の速さを生かしたヒットアンドウェイを繰り返しシエルを翻弄する。ルーナのレイピアがシエルの腕や脚を掠めることはあれど、シエルの剣がルーナに届くことは殆どない。
それでも──。一歩前へ踏み込んだシエルの剣が、ルーナの不意を突き顔を掠めた。やるな、とルーナが不敵に笑ったのもつかの間。酷く怯えた様子のシエルに、動きを止めた。
「ど」
「ごめんなさい‼︎」
突然。盾と剣を放り出したシエルは深々と頭を下げて謝罪。困惑するルーナだったが、視界の端にぱさっと青い髪──自身の髪が落ちていくのを捉え、髪に触れる。ごっそりと抜けたルーナの髪に。シエルはいつしか地面に頭を擦りつけていた。
「──そういうことだったんだね」
時は流れ数分後。事の顛末を聞いたリアムは、会議室の隅っこで三角座りとなって蹲るシエルに視線を送る。自己回復する哀れなリアムとは異なり、ああなってしまったシエルはなかなか復活しない。リアムは苦笑いを浮かべた。
「隙を晒した私の失態だから気にしなくていいとは言ったのだがな。切られるのが嫌であれば、縛るなり短髪にするなりしている」
「うーん、ごもっとも」
左側の半分より下の髪が無くなってしまったルーナは然程気にしていないようだ。髪の一房を人差し指に巻きつける。
「これを機に短髪にするのも悪くはないが……ミエールに止められるだろうし、侍女達も良い顔をしないだろう」
「良い顔云々はともかく、僕もルーナの髪型は今のままが良いなぁ。カッコいいし」
「そ、うか……」
リアムはシエルの隣に屈んではその肩を優しく叩いて微笑む。
「元気だして、シエル。自分より落ち込んじゃってルーナ困ってるよ」
「かみのけ……」
「なる早で生えてくるように育毛に良いものを集めようよ。ねっ」
リアムの提案を聞き、その手があったかと言いたげにシエルが背負う負のオーラが霧散していく。
「ワカメとか良いって聞きますよねっ!」
「あ、ワカメは大して効果ないらしいよ。それより育毛剤! 育毛剤をリーヴから借りてこようよ! 持ってそうだし‼︎」
「あの男のどこに使う要素があるんだ。それに私は薬に頼る気はないぞ」
「えっなんで⁉︎」
「近いうちに生えるものに使う必要はないだろ」
「若いって良いね」
腕を組みリアムを蔑視するルーナは溜息を一つ。
「シエル。さっきも言ったが、私の髪が切られたのはお前が私の不意を突いたということだ。もう少し誇ってほしい。せっかくの努力が報われないだろう」
「ルーナさん……はいっ!」
ようやくシエルはルーナの言葉に頷き、立ち直ることに成功した。一人腑に落ちない様子のリアムであったが、まあいっかと切り替える。
「そろそろ朝ごはんができるかな」
「もうそんな時間か。なら支度をしなくては」
支度? 首をかしげるシエル。リアムは思い出したように「そっか」と声を上げる。
「確か今日お城に戻るんだよね」
「ああ、会合があってな。チトニアからも数人参加する大事な──」
あ、とルーナの台詞が止まる。
「髪の毛……大丈夫?」
リアムの言葉を引き金に。またもや「ごめんなさい」と連呼するシエル。今度ばかりは窘めることもできず、頭を抱えるルーナ。
最終的に──切れた部分を隠すような髪型で会合に出席したのだった。
「次にシエルと模擬戦するときは髪の毛縛ってね……」
「……そうしよう」
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