第二十話 再開in食堂

「ピ~ヨピヨは~! 頑張れのピ~!」


「どういうこと?」


「ピ~ヨッピ~は~! プリンのヨ~!」


「………どういうこと?」


「ピヨピッピ~は~! おうまさ~ん!」




「………歌うのやめない?」


牢屋や拷問部屋が並ぶ魔王城地下一階の廊下に、異常な歌詞が響く。

俺はピヨコにその常識に囚われない歌をやめてほしかった。


ただ、歌詞が正常だったらいいわけではない。


今俺は拷問部屋を脱走した死刑囚であり、ピヨコは脱走に加担する共犯者なのだ。

そして、今俺達は拷問部屋を出てすぐの廊下を歩いており、本当は声どころか音さえ出したくない状況なのだ。


それなのに、この二十歳の赤ちゃんは陽気に歌いながら、俺を拘束椅子ごと乗せた車輪付きの棚―――お手製車椅子を押しているのだ。


もしかして散歩だと思ってる?

ポカポカ陽気の春の川沿いを歩いてると思ってる?

違うよ?ここ魔王城。危ないとこ。


「あ、ごめんなさいピヨ。やっぱり人前で歌うのはもっと練習してからピヨね………」


「いや、そうことじゃなくて………。上手だったよ?」


「そ、そうピヨ? ふふふふ!」


褒められて上機嫌のピヨコは、てくてくと廊下を進む。


本当は歌ったらダメ!って叱ってやりたいところなのだが、ピヨコは赤ちゃんだし、ここで投げ出されてしまったらお終いだ。

現状はこのふわふわ赤ちゃんの機嫌を取りつつ、上手く誘導してあげる他道は無い。


とにかく、今俺に必要なのは布だ。

俺は顔が丸出しだから兵士に出くわせば確実に捕まる。

大きな布で俺を覆い隠すことが出来れば、少しは気が楽なのだが。

幸いここ魔王城地下は使っていない看守室があり、そこに寝具の類があるだろう。

まずは看守室を目指してもらおう。


「ピヨコ。看守室には誰かいる?」


「たぶんいないピヨ!」


「そっか。それじゃあ大きい布を被せて欲しいから、看守室に向かおう」


「分かったピヨ~!」


「うん。元気なのはとってもいいことだけど、ちょっとだけ声抑えよ? お願いだから」


歌いたくて喋りたくて堪らない元気なピヨコを諫めながら、なんとか兵士に会うことなく看守室前に到着する。

ピヨコがドアを開け、電気をつけるが、


「何もないな」


戦争が終わってからほとんど使われていなかったこともあり、看守室は既に整理されてしまっていたようだ。

中には寝具類はおろか布一枚として無い、ただの箱となっていた。


ここになければ、おそらくこの地下には布類はないだろう。

一階にさえいけばカーテンやらがたくさんあるのだが、時間帯によっては人も多く、かなり危険だ。


「今の時間は分かる?」


「分かんないピヨ!」


「そっか………」


「じゃあ行くピヨ!」


さてどうするか?

今すぐ一階に行くのは危ない。

まずはピヨコに偵察させ、あわよくば布も調達してもらうのがいいだろう。

その間俺はこの看守室にでも隠れておけばいい。


それにしても地下に人が居なそうなのは本当に良かった。

今後人が降りてこない保障はないが、とにかく地下ならある程度動いても問題ないだろう。


って


「え? どこに行くの?」


「一階ピヨ!」


ピヨコは意気揚々と歩き出し、一階へ続く階段を目指す。


「じゃあ人がいたら危ないから、先にピヨコだけで行って見てきてもらえる?」


俺がそうお願いすると、ピヨコは「ううん!」と首を振り、


「一人でいたら危ないから、ボクが一緒に連れて行ってあげるピヨ!」


「………ありがとう! でもね? 俺外出てるのバレちゃったら殺されちゃうから、慎重に行かないといけないんだよ?」


「大丈夫ピヨ! ボクに任せてピヨ!」


「………前向きでいいね! でもね? こういう時はちゃんと考えてから―――ってちょっと!? ピヨコちゃん!?」


階段の直下に着いたピヨコは俺の制止を意に介さず、早速一段目に俺を乗せようとして、


「ちょっとピヨッぐぶう!!!」


失敗。

俺は前のめりに落ち、椅子に拘束されて受け身を取れずに顔面を強打する。

鼻からは血が出て、口の中も血の味がしている。


「あぁ~! ごめんなさいピヨ! ごめんなさいピヨ!」


ピヨコは上司の顔にケガをさせてしまったことで慌てふためき、その場で羽毛を散らす。


「ち゛ょっ、まずはおごじで、ぐれる゛?」


「あっごめんなさいピヨ!」


ピヨコは俺が顔面に全体重を乗せた半逆立ちの状態となっていることに気付き、急いでそれを改善しようと拘束椅子を掴む。

そして棚に乗せなおそうとするが、棚は前の車輪だけが一段上がっている状態の為ナナメになっており、上手く乗せることが出来ない。


「ピ!?」


「え゛?」


そして狭い段の上に乗っていたピヨコはバランスを崩し、後ろ向きに倒れる。


「ぶべらっピイ!」


「ぢょ! ぢょっどやばッ!」


仰向けに倒れたピヨコは自身の弾力で更に後ろへ向かって跳ね、俺を抱えたまま―――頭から床に落ちる。


「ンビイ゛イ゛!!!」


「ンギイ゛イ゛!!!」


二人の呻き声と「ゴッ」という鈍い音が廊下に響き―――



………



……





「……ピチ?」


「……パチ?」


ぐわんぐわんと乱れたようなまどろみの中に、聞き知らぬ声が届く。

ぼんやりとしたまま、なんとなく声の主の顔を確認したくなって目を開ける。


「起きたパチ」


「死んでないピチね~」


変わった語尾で俺の無事を確認したのは、ピヨコと同じような見た目をしたヒヨコ魔人の二人。

場所は何も置かれていない部屋、おそらく看守室だろう。


俺はとにかく身体を起こそうとして、自分が椅子に拘束されていること、そして―――何故拘束されているかを思い出す。


バレた。


俺は拷問部屋を逃げ出した死刑囚。

直前の記憶は、一階へ登る階段で俺を抱えるピヨコが倒れたこと。

そして、今目の前にいるのは別の兵士。


つまり、逃亡の現場を見られたということだ。


拷問、処刑、といった物騒な単語が次々と頭に浮かび、身体からは冷たい汗が噴き出す。


もはや抗う手段はない。

しかし受け入れたくないと脳みそが叫び続け、頭痛が一層強まる心地がする。


何を言うか、何をするかなんて考える余裕もなく、ただただ絶句していたところ、ヒヨコ魔人の一人が立ち上がって少し歩き、


「ピヨコ! ブレイン様が起きたピチ! 早く起きるピチ!」


「へっ!? あっ! 寝てないピヨ! ずっとブレイン様を見てたピヨ!」


どうやら近くで寝ていたらしいピヨコが飛び起き、起きるや否やなにやら言い訳を始める。


「ウソつくなピチ! ピーピー鼻が鳴ってたピチ!」


「まあまあピーチク。それくらいにしてやるパチ! ピヨコも眠いのに頑張ってたパチ!」


「確かにそうピチね! 教えてくれてありがとうピチ。パーチク!」


「どういたしましてパチ!ふふふ!」


「「ふふふふ!」」


お互いをピーチク、パーチクと呼び合ったヒヨコ魔人達は顔を見合ってニコニコと羽を動かしている。


「「「ふふふふ!」」」


ピヨコも加わり、まだニコニコしている。


「「「ふふふふ!」」」


まだニコニコしてる。


長いな!


脱走した死刑囚を捕らえたというのに、なごやかな時間を過ごし続ける三人。

割って入るのは少し申し訳なさがあるが、見せられているこちらはそれどころではない。


「これから俺をどうするつもりだ?」


なりふり構ってられない。

もう小手先でつついて慎重にやる意味がない。

今一番聞きたいことを素直に聞く。


「どうするって言われても………ねえ、ピーチク?」


「う~ん。よく分かんないピチ。」


「「う~ん」」


ピーチクパーチクは頭を傾げ、なにやら考えている様子。

そして一分、二分と過ぎ、ようやく答えが出たらしいパーチクが、


「そういえば、ブレイン様とピヨコは何をしてたパチ?」



どういうことだ?


よくよく考えてみれば、こいつらもピヨコ同様ぺギルについてきた拷問官だ。

ぺギルから俺の拷問をする指示が出た以上、ピヨコだけでなくこいつらも当然俺の罪状や処遇についても知っているはず。


拷問する側とされる側のはずの二人が、拷問室を出ているのだ。

普通に考えれば、俺が何らかの手段でアホのピヨコを言い惑わし、脱走に協力させていると判断するはず。


なのに、何故こいつらはこんなとぼけたことを?


まさか―――こいつらもアホなのか!?


確かに、魔人の中でも異常な語尾を用いる種族は知能が低い傾向があるが、それでもピヨコほどのアホはいない。

が、もしヒヨコ魔人という種族全体がピヨコ程度の知能しかないとしたら―――?


可能性は十分にある。

見た目なんてほぼ一緒。言動も幼稚そのもの。

みんなピヨコみたいなアホの顔をしていて、もうどれがピヨコか分からん。


となれば、俺が今置かれている状況は劣勢に見せかけた好機!

こいつらを引き入れ、協力者を増やす!


―――だが待てよ?


これが罠である可能性は?

そもそもピヨコも含めたヒヨコ魔人はあの狡猾な男ぺギルが連れている者共だ。

こいつら自体がアホで、むつかしいことが考えられないとしても、そう俺に油断させることがぺギルの意図だとしたら?


十分にあり得る。

おそらくピヨコを拷問官にしたのも、こいつらと出合わせたのも、ぺギルが思い描く「何か」へ向けて俺を誘導している、と考えるべきだ。

だが何だ? 拷問の後処刑が決まっている俺に何をさせたい?


まさか俺を助けようと?


いやそれはあるまい。

それなら俺を事情聴取の時点で助けるはずだ。

それどころかヤツは「ウンチ」の分析結果を持ち込ませたり、ライオネルを誘導したり、完全に俺を殺そうとする動きだった。


そう見せかけつつ脱走させようとしている、というのも違うだろう。

それならこんなヒヨコではなく、ある程度使えるヤツを寄越すはずだ。


ふむ。現時点では分からん。

が、とにかく俺は今「ぺギルの掌で踊らされている」のだ。

こいつら二人が現れたということは何らかの動きがある、と見て警戒するべき。


ここは一つ、こいつらがぺギルに何を命令されているのかを聞き出そう。


「それより貴様らこそ何故こんなとこ」


「お散歩ピヨ~! これから一階に行くピヨ!」


「ちょっ、ピヨコちゃん!?」


拷問椅子に繋がれたヤツに「お散歩」なんてあるはずがないだろう!

アホすぎる! さすがにこんなウソ、お前らピヨコ魔人でも


「あっ!それなら食堂でごはんにするピチ~!」


「え!? まだ夜ごはんの時間じゃないパチよ?」


「大丈夫ピチ! 『魔王城の食堂は夜じゃなくても夜ごはん作ってくれるよ!』ってぺギル様が言ってたピチ!」


「えぇ~!? それはすごいピヨ! そういえばお腹空いたピヨ~!」


え? ちょっと待って?


お散歩、っていうのは気にしないのか?

いや、そんなことより今食堂に行こうよって話をしてるのか?

拘束された俺を連れて? 脱獄中よ?


「だ、だめに決まってるだろ! 食堂なんて兵士が山ほど」


「大丈夫ピヨ~!だってまだ夕方だからお料理無くなったりしないピヨ!」


「いや、だから料理がどうとかじゃなくてさ? 俺達が今何してるか、ピヨコも分かってるでしょ?」


「え、それはさっきも言ったピヨけど―――」


こいつ………いやまさか。

だって拷問部屋で話したばっかりだぞ?

さすがのピヨコでもそこまで―――はっ!?


もしかしてこいつ、頭を打ったから………!?


ピヨコはきょとんとした後、ニコニコ笑顔で元気良く、


「お散歩ピヨっ!」


―――脱走だってことを忘れちゃってるぅ!


拘束椅子に固定されたままの俺は、三人のヒヨコ魔人に抱えられながら一階へ続く階段を登ることとなった。

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