トロピカル因習アイランズ

@jijijienjijijien

第1話

 私の乗った飛行機が不時着水したのは、9月15日の早朝のことだった。出張先のオーストラリアから2時間半、機体の故障により機長が選んだ着水先は海である。幸運だったのは、救命ボートがとある島に漂着したことだろう。


 緑が茂っている島には、つたないWELCOMEと書かれた看板が置かれ、同時に左向きに矢印が書かれている。30人ほどのけが人と数人の女性が救命ボートのそばに残り、私含め他の動ける者は看板に沿って島の探索をすることにした。運が良ければ英語を介す人間とコンタクトが取れる、これはかなり嬉しいニュースだった。とはいえけが人の中にはかなりの重症を負い、一刻も早い治療を望む者も多い。急がなくてはならない。


 「Hi!How are you?」

しばらく道なりに進むと、開けた広場に出た。話しかけてきたのは20代くらいの青年で、他の住民がすべて違う言語で話しかけてきたところをみると、この青年が唯一の英語話者であるようだ。

「Thank you!」

機長が代表でそれに応じ、握手を交わすと我々の事情を簡単に説明した。青年は聞き終えると島民に通訳し、沿岸に残っているけが人も来れば、ここで応急処置ができる。その間、けが人の迎えに行かない者は市民館のような場所で休んでいてくれ。というような内容を私達に話した。そして青年は続ける。この村ではしてはならないことがある。

「What is that?(それはなんですか?)」

「It is prohibit singing.(歌を歌ってはいけない)」

意外と難しそうな条件である。私達は神妙に頷き合い、一番重要な質問を彼に投げた。

「Where is here?(ここはどこですか?)」

それはあるいは緯度や経度、所属する国や州を問うものだったが、彼の答えは少し違った。ずっと英語で話していた彼は流暢な日本語で確かにこう言ったのだ。

」と。


 その日の夜、島では歓迎の宴が催された。私達としては命からがら助かって一息つきたい思いだったが、善意での大掛りなご馳走に酒らしきものまで振る舞われ、重篤なけが人以外はほとんど参加することになった。地元の男性たちが代わる代わる絡んできては私達の背中を叩きながら地域語で談笑するので、飛行機内で腰を痛めた私にとってはかなりの苦痛である。

 「この酒って飲んでいいのか?」あの青年に聞くと、青年はにっこりと笑いながら樽を模したコップへ酒を注いでくれる。赤ワインだろうか、言ってしまえば悪酔いしそうな風味だ。私が飲み干すと既に先程の青年の姿はなく、酔った親父がこぼしながら注いでくれた。そして私は、頭と腰の痛さを感じたまま意識を失っていた。


 朝、女性の甲高い声で目が覚める。のそのそと行ってみると、私の飛行機の席が隣だった男が死んでいた。変死、と呼ぶに差し支えないほどにねじ切れて。叫んだのは第一発見者である島民の女性だった。まさかこの孤島で、誰もいなくなったが起こるのではないかーーー。そんな考えはすぐに払拭された。島民たちは踊りだした。そして歌いだした。マツケンサンバⅡを。

「なぜその歌を知っているッ!?」

飛行機に乗っていた日本人たちは皆、突然歌いだしたマツケンサンバⅡにも、死者に平然としている島民の態度にも怒り出した。島民はノッてきたところを邪魔されて不機嫌になり、アイフォン14の角で日本人を殴り始める。

「アイフォンまであるじゃねぇかッ!はやく貸せ、日本の警察と連絡を取らなければッ」

大乱闘になるが、当然アイフォンを持っている島民が武力で勝っている。急に私はとんとん、と肩を叩かれ振り向くと、昨日飲んだおっちゃんが私に向かってアイフォンを差し出している。なぜ日本人に武器を?と思っていると、私は自分が島民たちの民族衣装を着ていることに気がついた。カラフルで様々な種類の鳥の羽根をつるに括り付け、下半身にスカートのように穿くスタイルである。そういえば昨日、酔ったおっちゃんのゲロをワイシャツとズボンにこぼされて着替えたような気がする。ともあれ私には日本人を殴ることなどできない。迷っているとあっさりと決着がついたようだ。

「ここを日本国の占領地とするッ!村長は私だ!」

「ウオオオ!」

機長がいつの間にか旗を持ち、日本人たちは円陣を組んでいる。30人ほどの捕まった島民は文明の利器を取り上げられ、縛られていた。英語を話すことができる青年だけは拘束を逃れ、その浅黒い童顔は不安そうだ。そして島民の服を着ている私に話しかけてくる。「お願いです、このままでは島民もあなた方もみなが死んでしまいます。あの変死体、あれは祟りなのです。古くからよそ者は島に入れてはいけないという決まりがあったのに、僕が無理矢理島の皆を説得してあなた方を留まらせたから……」アイフォンを持っている島民が祟りを話すのはおかしい気もするが、とかく青年は焦っていた。機長の一存で青年他の島民はとなり、は日本人が占拠していた。そう、ここは正式名称を、つまり正5角形のポ◯デリングのように、5つの小島が点在する諸島海域だったのである。


 各島から島までは浅い海を渡ればすぐで、青年のみが食料調達のために島間を行き来できることになった。最初に到着した島以外には住民はいないらしく、その理由は神々が住んでいるかららしい。青年は私にだけ心を開いてくれ、私達はお互いに名前を交わしあった。

 島からの脱出口は見いだせなかった。少なくとも衣食住は確保されたので、日本人96名は市民館に集まると話し合いを始めた。アイフォンはすべて圏外で、島民たちは写真をとったりマツケンサンバⅡを流したり殴り合ったりするためにこいつを使っていたようだ。飛行機の遭難信号をもとに救助を待つしかできない、というわけである。死体はWELCOMEという看板の近くに埋葬した。


 最初の死体が発見されてから次の日から10日間、死体は出なかった。しかし私達は気がつくべきだった。この島の些細な違和感を、確実に突き止めておくべきだった。

 私は青年から簡単な地域語を教わった。5つの島は連なっており、その一角、一番大きな本島に住民が住んでいるらしい。聞くと青年はこの島で生まれこの島で育ち、いつかこの島以外の場所で就職するのが夢なんだという。だから英語を独学で習得した。教師はSiriだということだ。青年は18くらいの歳で、島の中でマツケンサンバⅡを踊るのが一番上手いらしい。それほど歳も離れていない私と青年はすぐに仲良くなった。

 

 島に漂着してから13日目、その日はなぜか蒸し暑かった。そういえばこの島で暑さを感じたことなどなかったのに。そして看板の下に埋めたはずの死体が掘り返されていた。死体は島と島をつなぐ浅瀬にあった。同じように捩じ切れた青年とともに。青年は私のスーツを羽織っていた。

 私には明白である。祟りだ。日本人たちは青年を島民の拘束されているところに当てつけのように持っていった。島民たちは声を上げてマツケンサンバⅡを歌っていた。最初の死体は看板の下に埋めた。


 「私、これ、埋める、いいね?」

私は島民に確認を取り、青年の遺体を埋葬した。島民は解放してくれと叫んでいたが、今どうこうできないような状況であるから待っててほしい、食料は私が代わりに持っていくと伝えた。

 島民の中で最も年季が深そうなじいさんに話しかけ、祟りについて教えてもらうことにした。じいさんが言うには、この島ではマツケンサンバⅡを歌って踊らないと神々の怒りに触れる。もともと5つの諸島であったこの島の本島に島民たちの祖先が住み、神に贄を与えながら食物そのものを乞うことで暮らしてきた。島民たちが住まないのは4つの島であり神々も4体祀られているが、島に人間が来てしまったことでもともとこの島に祀られる神が特別怒っている。島民たちはこれを鎮めるため日夜マツケンサンバを奏で、私達日本人を犠牲に贄にして自分たちを助けるように神に懇願しているらしい。こちらとしてはたまったものではない。

「どうしたら、怒りなくなる?」

じいさんは言った。踊りが下手な奴を60人、神の御前に差し出すことだと。


 かくして猛特訓が始まった。依然として蒸し暑い中、アイフォンの充電が切れぬ限り96名がマツケンサンバⅡを踊るのである。1人、高校生くらいのパツキン男が「こんなのやってられっかよ!」と言った途端、捩じ切れたのを他の全員が目撃した。祟りを疑う者はもういなかった。私は青年にかわって長老らしいじいさんに地域語を教わり、じいさんに日本語を教えた。どうやら私は島民の服を着ていたので見逃されたらしい。ラッキーである。それはそうとオ〜レ〜!オ〜レ〜!が耳にこびりついて無限ループするので辛い。

 

 ついにその日は来た。それまでに16日が経ち、16人が看板の下に埋められた。夜、残った日本人は最初の夜に宴をした広場に集まり、そして一人5分3秒、必死に踊った。78人中60人が落ちる歌とダンスのコンテストである。ジャッジをするために島民は拘束を解かれ、上がったバイブスに抗えない若者が踊りだす。

 朝になり、合格者と不合格者は決まった。夜に、私と長老で生贄を運んで隣の島に行くらしい。不合格者の一人が死んだので、1人の合格者が繰り下げ不合格になった。


「騙されたッ!あのじいさんどこ行ったんだ!」

私は2つ目の島で力強く叫んだ。私の前に置かれた60名は縛られて這いつくばっている。ダンスと歌の出来で審査したから子供が多い。命の危機を感じた彼らは泣きながら寄り添いあっている。

「まずい、今本島にいるのは日本人18名に対し島民30余名ッ、武力制圧が可能だ!」

一刻も早く本島に戻らなければ、という思いが頭を駆け巡る。自由に動けるのは私だけなのだから。だが。

「長老!今まで何を…?」

「お主が踊るのじゃ」

「は?」

「本島はすでに島民が奪い返した。よって、ここにいる贄候補の者を救いたいなら」

「私がマツケンサンバを踊るということか?」

声が裏返った。もし、私がマツケンサンバを踊ることを拒否したら、否、拒否としようとしただけでも、私もろとも61人が死ぬ。まずい、イントロだッ!題字が出ているところだッ!「たたけボ〜ンゴ……」イントロが終わると歌パート、これがきついッッッ!歌だけならまだしも足のステップが疎かになるッ!いつの間にか集まった島民たちが私を見守っている。さらに「上げろ!上げろ!死ぬぞ!」と野次を飛ばしてくるので気が散る!地域語習わなきゃよかった〜ァ!総勢90人近く、いやもっと恐ろしい神の前で踊るのは、緊張で声が2オクターブくらい上がってしまう。これきついから途中で原キーにしたら殺されるかしら?!「オ〜レ〜オ〜レ〜ッ」溜めが!溜めの息が持たない!だいたいなんで日本とオーストラリアの間でスペイン語を歌わなければならないのだッ!

 「ビーバ!ビーバ!サンバ!マツケンサンバァア!オ・レッ!」歌い終わった!これほどマツケンサンバのアウトロに感謝したことはあっただろうか。

「ヒュ~!」

バイブス上がってる!花火上がってるし!長老が拍手しながら近づいてくる。

「生贄は君一人で我慢してやるらしいぞ!」

「俺〜?!俺〜?!」

「マツケンサンバ!」

住民たちが声を合わせる。違うから!俺!?っていう驚きだから!なんでもかんでも踊ればいいってもんでもない!

「なんとかして助かる方法はないのか?!」

「待てい……なんか今来てる。……何!?もう殺した?!」

「俺も!」「私もよ!」島民たちが次々に話し出す。そんな意思疎通簡単なの!?しかも全員ができるの!?

「わしにはどんな事情かはわからんが、君はもう死んでいるそうだ。よって、贄はなしッ!!!」

「やった〜ッ!」

なにもやっていない。なんだ、死んでるって?

「どうやら、君たちが最初に来た日に案内役をした青年と君を間違えてしまったそうじゃ。なんとも数奇なことよの……」

 あの青年は、まだ8つのときにこの島に辿り着き、その後島で育てられたらしい。そもそも余所者は祟られるという信心はあったが、青年の踊りがあまりに上手なので見逃され、衣食住をくれる島民にお返しにとアイフォン5を持っていた青年はアマゾンを駆使し、踊り、神々の力でアイフォンを次々と取り寄せ、歌とダンスを効率よく舞えるマツケンサンバを島の踊りとして体系化したと。そして英語を学んだ彼はWELCOMEの看板を立てて、漂流者を待った。村の皆に腹いっぱい食べさせてやりたい、その一心で贄としたい私達に嘘の掟を教え、私と仲良くなると罪悪感からか服を盗み、死体と馴れ合って余所者のフリをし、一日分の死者となったようだ。

 「そんなッ……!」

私はこの事実を受け止めきれない。教えてもらった青年の名前、長老が言ってるやつと違うじゃないか。

「落ち込むな。まだ君にはやってもらわなくてはいけないことがある」

「なんだ?」

「あと3島、踊りを捧げる神々が残っておる」

「え〜ッ、終わりじゃないのか!」

「仲間内の一人が虐められたから全員が贄を望むのは当たり前じゃろ」

「なに〜ッッッ!」

「あと1人で行ってくるのじゃ。わしら行くの怖いからこっちで踊ってるぞ」

「俺が怖すぎる!!死ぬ!!」

というわけで、私は残る3島を完璧に踊りきり、日本人と島民の間の救世主となった。


 そして別れは突然にやってきた。ヘリコプターが来たのだ。どうやらこのアイランズの他のどこか1つの島に漂着した船を探すためにやってきたらしい。、長老と別れの挨拶をする。季節は巡り5月くらいだろうか、もう随分時間が経ってしまった。ヘリコプターが降り立つと、救命士の1人の体が捩じ切れた。瞬間、全員が私を見る。誰かがマツケンサンバのイントロを流しだす。早く帰らせてくれ〜ッ!









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